第071話『真子島攻略作戦1・民主主義による戦場の誉』

 あの野球の試合から、数週間の時が過ぎた。

 今日は丁度、休日だ。

 だが、今日という日は、穏やかな週末を夢見る事すら許されないのだろう。


「──なるほど。前にあった“ケモノ”の襲撃の際に残った奴等が、真子島を占領したのか。それで、魔法少女になるための試験を兼ねて、討伐しろって話か。──まったく、何処のどいつだ? 案外優しいんだなって言った奴」


 それは私ですと、言わない伊織であった。

 いや今は、魔法少女グレイとしてだが──。


 元々、“真子島”という島は存在しない。

 真子島は、“ケモノ”に乗っ取られた沖縄への前線基地がある島だ。故に、政府直轄の一般には公開されていなかったりする。

 そして、それと同時に真子島なんて島は存在しないという言葉の意味は、もう一つあったりもする。

 先ほど、対“ケモノ”への前線基地と言ったが、たとえ最新鋭の整備をされたからと言ってもソイツ等相手では少々心許ない。何せ、本格的に前線を構えるとしたら、少なくとも数万匹もの“ケモノ”を相手取らなければならないのだ。

 故に、前線基地としての役割を果たすだけの基地、いやそれは無理な話なので、真子島という人工島を作り出した。


「……伊織さん」

「今は一応。ま、いいか。お前も魔法少女名がある訳でもないし、最悪不味い事になっても権力で握りつぶせばいいし。……それで、一体なんだ?」


 一応、今回の真子島攻略作戦において、伊織たちの班は試験部隊としての名目で此処に来ている。勿論、その上に彼女たちを統括する魔法少女が三人ほどいるが、一応直轄部隊という話だ。

 そして、その他の部隊はというと、他魔法少女で構成された部隊がほど。それに加えて、機甲突撃部隊アイアンストライクなどの、魔法少女以外で構成された部隊がおおよそほどだ。

 ──これが、本作戦における、地上戦力である。


 と、話が逸れてしまった、か。


「……震えている、のか」

「え、えぇ。何ででしょうね。もう何度か“ケモノ”と実践で戦って、克服したと思っていたのですけど」


 そう、当の蓮花の表情は悪くはない。

 緊張を内側に抱いている、典型的な自分責任系ではあるが、それでも一定の解消は行っていそうだ。一定の緊張感を持つ事は、本番においてとても重要で、その点で言えば蓮花の調子は悪くない。

 だが、手が。そう、蓮花の両手が小刻みに震え続けているのだ。

 最初伊織は、大規模な初めての作戦で蓮花が緊張しているのかと思ったが、如何やらそうではない。もしそうだったら、表情ももう少し悪いか硬くなっていたりするだろう。

 しかし、先ほども言ったように、表情もましてや硬くはなったりしていない。

 と、いう事は、だ──。


「……まだ、“ケモノ”との戦闘の後遺症を引きずっているのですね。もっとも、前に行った複数の“ケモノ”という話ではなく、大規模な“ケモノ”等という話ですけど」


「あ、涼音。──よ、体調はどうだ? あっと、魔法少女アーチャーの方が良かったか?」

「今のところは、特に別に問題ないですね。それと蓮花たちとは違って、何度かの戦場を潜り抜けていますし。それくらいの調整、ボクにだって出来ますよ」

「それで。一体どういう事」


 伊織たちの目の前に、そして会話に入ってきたのは、彼女等のよく知る黒辺涼音だった。

 相変わらずの、何処か別の制服を思わせる心象礼装に加えて、その動物耳と尻尾だ事で。正直言って、妹のフレイメリアと一緒に並んでピース姿を取ってもらいたい。

 それはそうとして、──はて、後遺症が治っていないとは、一体どういう事なのだろうか?


「おそらく、あの時の記憶がフラッシュバックするのでしょうね。ボクも、そういった人たちを散々見てきました」


 そう、涼音は何気ない言葉で意味を紡いだ。

 おそらくは、涼音が『あの時』と言っているのは、伊織や蓮花以外に内容が伝わったりするのを防ぐためだろう。それか、他の人に意味が伝わってしまったとしても、隠し通すためか。それとも、その両方か。

 だが、問題は蓮花自身だ。

 蓮花自身がどうにかしなければならない問題なのだ。


「……それで、どうする蓮花さん。って、もうどうしようもない、か」

「伊織の言う通りですからね。ですから、──はい、これ」


 そんな時、涼音が懐から取り出したのは、強化プラスチックで作られたと思われる、艶なしの黒塗りのケースだった。

 傍から見ている伊織からすれば、かなり軽そう。

 そして、それを受け取った蓮花はというと、恐る恐るではあるもののケースの蓋を開けるのだった。


「何だこれ、薬か何かか?」

「……薬、ですよね」

「ま、薬ですよ」


 そう、艶なしの黒塗りケースの中に入っていたのは、おそらく三種類程度の薬の数々。

 蓮花も、ましてや蓮花は、薬の類にはあまり詳しくはない。

 であるならば、それを蓮花に渡してきた、当の涼音に聞くのが一番なのだろう。


「ややこしい話はボクも嫌いなので、端的に言いますと、“興奮剤”と“鎮静剤”、それと“鎮痛剤”ですね」


 そう言って涼音は、指を折りつつ単純に名称だけを述べるのだった。

 というか、名称だけ知れば十分だろう。薬の混成物質を知ったところで、どうにかする事も出来ないし。そもそも、この手の薬は使わないに越した事はないだろう。

 だが、危機的状態に陥っている蓮花からすれば、使う必要のある薬なのだ。


「──“興奮剤”、か。それでどうにか、蓮花の後遺症を誤魔化すのか?」

「この手の後遺症を患う人が多くて。ましてや、ボクたちのような幼い年端のいかない魔法少女なら、それ以上に」

「年端のいかないって、自分で言うか」

「ま、事実ですから。──ですから、伊織も一応これを持っていてください」


 一応、伊織にも渡す気だったらしく、先ほど蓮花に渡したのと同様のケースを涼音は取り出すのだった。勿論、中身は同様の薬が入っていたりする。


「ありがとうな。流石に私とて、気分を一定にしたり痛みを意図的に消したり出来るけど、結構精神を使うからな」

「……てっきり、伊織の精神は鋼鉄かと思っていたのだけど」

「鋼鉄だって、金属疲労を起こしたり、薬品で溶かしたり出来るだろ」


 そう言って、伊織は当然の事を言うように、そう返した。

 というよりか。

 先ほどから伊織は気にしていて、それでいて気にはなっていたのだけど。そろそろ、彼女の我慢の限界だった。

 主に、精神的な話なんだけど。


「──というよりか、涼音。何で私とお前だけ、隊服を着たままなんだよ。流石に、比較的涼しい海上の夜中だとはいえ、少し暑いし動きにくいんだけど」


 今現在の、伊織と涼音の服装は、魔法少女たちが使っている心象礼装ではない。勿論、その下には着ているのだが、上に伊織の言うように濃い紺色の隊服を着ているのだ。

 それは、機動力を頼みにする伊織からすれば、動きにくい事この上ない。


「あぁ、それですか。そう言えば伊織に、少し言い忘れていた事がありました。」

「……もしかして、攻勢計画の際の配置故か?」

「流石は伊織。鋭いですね」



 ──そう、今回の作戦は。



 ♢♦♢♦♢



 真子島奪還作戦の、数週間前。

 丁度、蓮花が立ち直ったぐらいの辺りだった。


「……しかし、一体こんな時期に呼び出しなんて。“乙女課”上層部のの奴等は、何を考えているんだか」


 賀状はそう、厄介ごとじゃないかとの嫌な予感と共に廊下を歩くのだった。

 “乙女課”の室長を務める賀状とて、一番偉い役職に努めている訳ではない。所謂、中間管理職か何かを思い浮かべれば丁度いいのだろう。

 そして、そんな室長の賀状の上にいるのが、委員会と呼ばれる日本政府の息がかかった奴等で構成されている“乙女課”のトップである。

 第二次攻勢計画の偉業を忘れ去る。ほんと、クソ野郎なもので。


「──っと、此処かぁ」


 そんな、後ろ向きな気持ちはそこまでに。

 ようやく、賀状が無駄に長い廊下を歩いた先にあるのは、会議室と書かれた一室だった。

 気持ちを切り替え、そして扉を叩く。


「──日本国特戦軍、梓ヶ丘支部室長、皆森賀状。ただいま到着いたしました!」

「……入れ」

「失礼します!」


 そして、許可を得た賀状が扉を潜ると、既に役員は揃っているらしい。

 重厚な威圧感。流石に、中東亜戦線の最前線ほどではないものの、それなりに威圧感が賀状を襲う。しかし、それくらいなんだと云わんばかりに、彼はその場に立っている。


「賀状君。この際長々しい話は無視をして、我らが君を呼んだのは、他でもない。──君に、真子島奪還作戦を指揮して欲しい」

「はっ──」

「そして、人員については、そちらの魔法少女たちと、此方の機甲突撃部隊アイアンストライクでお願いしたい」

「は──?」


 開いた口が塞がらないとはこの事で。

 今、役員の中でもトップな委員会の委員長は、一体何と言った?

 、真子島に存在する“ケモノ”等を排除しろと、本気で言っているのか。

 これには賀状も、比喩表現ではなくとも、開いた口が塞がらない。




「……本当に。本当に年端も行かない子供たちを、見殺しにするつもりかっ!!」


「君は勘違いしているようだから、この際言っておく。──そもそも我が国は、である。国民の意思によって物事は決まり、そしてのだ」


「……」


「それを覆す事は、わが国の──民主主義国家としての滅亡を意味する」


「その意味を、知らぬ貴様である訳ではない」




 返す言葉がなかった──。

 人は大なり小なり、犠牲の上に成り立っている種族だ。

 今回の件だってそう。

 老人が半数近くを占めるこの国において、彼等彼女等民間人は、自分のために死んでくれるというなら万々歳という訳だ。

 そして、それを本気で咎めようとする人は存在しない。

 それは彼もまた、心の何処かでは──と、そう思っているのだから。


「我らとしても鬼ではない。だが、君が挙げてくれた記録の中に、魔法少女に敵対する組織の事が記されていただろう。それに加えて、今は

「(……そうか。もうそんな時期か、クソッ!?)}

「しかし、それは我々政府の都合だ。民間人には、一切の関係のない事実であるが故に、今回の九州襲撃の不満が爆発する危険性がとても高い。──故に、元中東亜戦線の英雄殿に、現場での指揮を取ってもらいたいのだ」


 ──中東亜戦線の英雄、なんて賀状が呼ばれたのは、少し前の過去の話だ。

 だがそれよりも、問題なのは先の委員長の言葉である。

 確かに委員会の委員長の言葉は、的を得ていると言っても過言ではない。実際、市民からの魔法少女や“乙女課”への印象は、悪感情よりの無関心さだ。だからこそ、此処で過去の英雄を活躍させて、汚名返上と行きたいのだろう。

 いや、それ以上に──。


「であれば、彼女等──第三次攻勢計画を共に戦った“帰還者”の許可を下さい」

「……許可できない」

「──っ、何故!?」

「先も言ったであろう、時期が悪いと。少なくとも、此方が出せる部隊は、先ほど言った機甲突撃部隊アイアンストライクだけだ」


 最悪一歩手前の判断だ。

 もしかしたら、強化スーツを纏った陸戦部隊で構成された機甲突撃部隊アイアンストライクすら寄越してくれないのだとしたら、恐ろしい事この上ない。

 だが、それでも現状がかなり厳しい事は、そう変わりはしないのだ。

 あの事件の際に、梓ヶ丘だけではなく、それなりの被害が九州各地で発生した。

 勿論、それが実害的な建物などの崩壊などではあるが、それ以上に精神的な被害がかなり不味い。場合によっては、暴動が起きたり“乙女課”の支部の戦力を割く訳にはいかない可能性がとても高い。

 ───故に、梓ヶ丘以外の“乙女課”各支部からの、魔法少女の応援は期待できないのだ。


「………。(さて、使えそうな魔法少女は、一体誰がいったけな?)」


「ところで、皆森君」

「はい、何でしょうか?」

「──君の“000部隊”は使わないのかね?」


 思考が、途切れる。

 まさか、そこまで“乙女課”の上層部が感づいていたのと、その手際の速さには舌を巻きたくもなる。普段は重い腰だというのに、こういう裏の情報に関しては手早い事で。

 だが、賀状とて、このまま簡単に認める訳にはいかない。


「はて? 確かに、“000計画”というものはありますが、000部隊は今だ設立していませんよ」

「──とぼけるなよ、賀状。お前の言い分は、まだ魔法少女としての正式な登録をしていない事であろう。ならば、試験自体をにすればいい筈だ」


 あまりにもそれは、暴論だった。

 いや、そこまでして000部隊の実戦投入を見たいのだろう。前に賀状が叩きだした00ダブルオー計画の成果を鑑みれば、一定の納得は出来る話だ。

 何せ、──第三次攻勢計画の中核を担っていなのが、賀状の00ダブルオー計画によって設立された00部隊なのだから。


 しかし、それならば適当な“ケモノ”の占領地に、000部隊を派遣すればいいと思うかもしれない。だが、そう簡単にそれに適した戦力を用意は出来ないし、そもそも世間がそれを

 だからこそ、少々バレたら面倒な事になるだろうが、この機会しかないのだ。


「(……となると、俺がどれだけ正論をぶつけても、特に意味はない、か。どう考えても、強権で押し潰すつもりだろうからな。なら、俺が此処この場面でやるべき事は──)」


「……分かりました。──勿論、それに掛かる経費と、奪還作戦が成功した場合の報酬は期待してもいいんですね? 何せ、一流の魔法少女を揃えた上で攻略に掛かりますから」

「……あぁ。皆森大佐、──期待しているよ」



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