第065話『馬鹿馬鹿しい話』
「……」
夕暮れ時の町並木の中を、伊織は歩いていた。
何かをする訳でもなく、何か用がある訳ではない。
ただ、考え事をするのに家では不都合で、こうして散歩と言いつつ梓ヶ丘の活気ある町へと繰り出したのだ。
「(……私が本当に、蓮花の奴を助ける必要があるのか?)」
義務感なんて、ない。
少なくとも、魔法少女になったのは、伊織に対して戦闘技術を学んだのも、その蓮花の判断によるものだ。
たとえ、伊織に影響されたからと言っても、その責任までも彼女が背負う必要はない。
もしそれを、勝手に自らのものだと責を負うのだとすれば、それはきっと阿保と呼ばれる類であろう。
けれど、知り合いを助けたいと思うのは、果たして間違っているのだろうか。
それは、純粋な親切心の類ではなく、このもうあまりの衝撃に忘れてしまいそうになる『花咲く頃、恋歌時』という乙女ゲーにおいての方向性故だ。
当の伊織のせいでかなり前倒しとなってしまったのだけど、一応は『花恋』においてのエンディングを迎えた。だがその一方で、蓮花が誰かと付き合っているという、ハッピーエンドへと向かうための要素が、一切存在しない。
それによる、───バグ技めいた矛盾。
そもそも、魔法少女や人を喰らう“ケモノ”がいる時点で、かなり歪曲している。乙女ゲーとしてもシナリオが機能しているとは考えづらい。
けれど、一応は添加物が掛けられている現状でも、一定の大枠でありながらもルートを通っている。
まぁ、話がとても長くなってしまっているが。
要は、此処で鈴野蓮花という主人公がリタイアした時に起きる、余波をバタフライエフェクトを伊織は危惧しているのだ。
勿論、ただ蓮花を心配しているという一面もあるのだが。
「……助ける理由はなくとも、助ける必要はある、か」
これじゃぁまるで、魔法少女と一緒だ。
人を態々助ける理由はなくとも、“ケモノ”を倒して得る“己が願いを叶える奇跡”必要性。
……馬鹿らしい話だ。
「ん? あれは……」
なんて、魔法少女の話をしていたから、こう縁を手繰り寄せてくるのだ。
そんな伊織の瞳に映るは、
実際、伊織がそれらを始めて見た時は、とても驚いたものだ。
何せ、伊織の前世や他の趣味などそういった嗜好を持つ彼等彼女等は、人前ではそれらの趣味を見せつけるという行為はしない。精々が、同種の仲間内で語り合う程度だ。
しかし、魔法少女関係は別らしい。
少なくとも、こうして店先に展示されていようとも、何かしらの罵詈雑言は聞こえない。
「──お。
そもそも、動物耳と尻尾なんて伊織の部屋にはなくて。
そもそも、フレイメリアがたとえ伊織のお願いであろうとも了承してくれるとは限らない。少なくとも、目元表情を歪ませた顔で対応してくれる事間違いなし。
──嗚呼、前途多難だ。
そんな時だった。
そうやってガラス越しに伊織が涼音フィギュア(結構完成度は高い)を見ていると、──不意に掛けられた声。勿論彼女とて、その声色は誰かは知らぬ関係のない人のものだ。
故に、少々の警戒心と共に伊織は、自身の背後へと振り向いた。
「なんだ君も、魔法少女が好きなのか……」
「……いや別に」
「何だと!? この可憐な衣装に身を包み、そして誰かのために戦う献身さ。それの何処が不満だというのか!」
伊織は、思ったよりも厄介な男性系オタクに捕まってしまった。
もし、肩などを掴みかかってくるというのならば、警察にでも突き出すつもりだ。まぁ、今のところは、そんな不埒な真似をする様子もなく、現状観察に留めているが。
さて、どうするべきか。
このまま、見知らぬ他人としてこの場を立ち去るべきなのだろうか。
「……お前は魔法少女に詳しいのか?」
「あぁ。少なくとも、この梓ヶ丘にいる魔法少女の名前は全て覚えているし、……だけど、使える《マホウ》は全員分分からないかな」
「じゃぁ、このフィギュアの魔法少女は?」
「……名前はそこに書いてあるからカンニング臭いが。おほん。彼女は魔法少女アーチャー、使える《マホウ》は身体強化系。それで主武装が、普通よりも短めな和弓といったところか」
「へー」
「でも、この魔法少女アーチャーのフィギュアは、少し、いやだいぶ残念だな。衣装な表情、それにスタイルも似ているのだけど、この彼女が持っている和弓が少しだけ大き目だ」
話半分に聞き逃すつもりだった。
けれど、この伊織に対して話し掛けているオタクな彼は、思ったよりも魔法少女に対して紳士らしい。勿論、
だからこそ、伊織はつい聞いてみたくなったのだ。
──その問い、を。
「魔法少女に詳しいと、お前は言ってみたよな……」
「あぁ」
「なら、一つだけ聞かせてくれ」
「──お前たちのために戦って魔法少女が死んで、それで何とも思わないのか?」
あの事件から、数日の時が過ぎ去った。
犠牲者は、数えるのも億劫になるほどに多くて、死者に至っては数える事は別の意味で苦しくなる。
けれどそれは、一般市民な彼彼女等からすれば、関係のない話。
それを踏まえた上で
そして──。
「その事については、……勿論、あるさ」
「……」
「でも、俺が何かを出来る筈もない、何もないんだよ。俺には力がなくて魔法少女に助けになんてなれないし、人を扇動するような演説や発言ができない。……だからこうして、汚いものに蓋をするしかないんだ」
──そう、か。
無表情なまま伊織は、少しだけ無意識的に首を傾げた。
そんな、道端で偶然出会ったような一般男性に、何かしらの期待をしていた訳ではない。そんなもの、時間の無駄だと分かり切っているからだ。
けれど、
もう、いいだろ。
「……そうか。その言葉が聞けて良かったよ」
「……良かったって、一体どういう」
「じゃぁ。会う事はないだろうが、さようなら」
そう言って伊織は、この場を去って行った。
もう、伊織が彼に会う事なんてないだろう。
なんて恰好良い事思ったのだけど、そんな事はない。精々が、もう会いたくない程度の軽蔑だったりする。
「誰かのために戦うなんて、──くだらない」
「──誰かのために戦わなくてもいいんだな」
そんな、当たり前の言葉を虚空に浮かべて──彼女はまた修羅へと戻るのだった。
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お疲れ様です。
感謝やレビューなどなど。お待ちしております。
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