第066話『表裏一体』

 黄昏時。

 地平線の向こうが、紅く染まる。

 そんな、一種の幻想的な風景の中を、あの後別れた伊織は海岸沿いを歩いていた。


「……」


 別に、先ほどの嫌な気分とやらを紛らわせるためではない。

 というか、それはもう、既にだったりする。伊織とて、ストレスの類は抱えているものであるし、それを解消する術を知っているだけだ。

 

 けれど、その一方で問題解決が一歩進んだのと同時に、新たな問題も発生をした。

 それは、どうしようもないほどに他人事で、問題を抱えている伊織からすれば他人事。正直言って、彼女には関わる必要性がない事だ。

 だが、伊織の人生がたとえ死山血河の道であろうとも、そこをどう歩くかは彼女の勝手。

 そうだ。──他人な蓮花のためではなく、伊織自身のためなのだ。


「そうと決まれば、さっさと蓮花には立ち直って欲しいけど。……そう簡単に上手くはいかないよなぁっ」


 伊織は、自らのために蓮花を助ける事を決めたのだが、それがうまくいくとは限らない。


 ──『PTSD』、“心的外傷後ストレス障害”と言うのだろう。

 普通は、自らが命の危険に晒された場合によるストレス障害だが、生憎と蓮花のものは少しだけ様子が異なる。

 そう蓮花は、人をとしてではなく、として捉えてしまった。

 故に、たとえ自身ではなく他人であろうとも、それが発現する可能性がある。特に、親しい間柄の関係を持つ、故人たる凪やティファニーなら尚更に。

 そして、そこに発生する問題が、がうまくいくとは限らないという点。案外目的に対しては真面目な蓮花の事だから、早々心理的治療や薬物的治療がうまくいくとは限らない。

 実際、政府の医療機関に蓮花は足を運んだ事があるが、結果はあの通りだ。


 伊織に何かができるなんて、それは思い上がった思い込み。

 誰かが誰かのためにできる事なんて限られていて、今回はその役目ではない。

 ──けれど。


「───ん? あれは………」


 そんな、失墜の中、海岸を歩いていた伊織が目にしたのは、徹たち男子生徒等三人組だった。

 ……嫌な予感がしないというのは、嘘になるのだろう。実際、今日の朝なんて、嫌な予感を今現在進行形で思わせるほどに衝撃的であったし、彼等のシルエットがそれを更に駆り立てる。

 けれど、そんな嫌な予感がする伊織は、少しだけ気分が悪い。

 少しだけ、馬鹿な出来事に付き合うのも、悪くない気がする。


「よっ! お前等。そんなところで何をしているんだ?」


 ──ざっ、ざっ、ざっ。

 伊織が歩く砂浜の沈みこませるような音が、辺りに聞こえる。

 勿論、伊織の呼びかけや彼女の足音で、彼等三人組は此方に気付いたようで振り向いた。


「あ、柳田さん」

「よっ、伊織さん」

「お疲れ様です、伊織さん」

「……。何やってんだ、お前等……」


 頭が別の意味で痛くなってくる。

 いや実際、早朝学園に向かいながら朝食を食べるというシーンは、ある種のフィクション小説ではありふれたイベントだ。勿論伊織とて、その題材となった元ネタは知らないのだけど。

 だが、それはまだ序の口だったと、今になって理解ができる。

 何せ、伊織の目の前に広がる徹たち三人組の姿は───。


「何って、それは考え事をしているのだけど……」

「まぁ考え事云々はこの際置いておいて。誰が、──頭からを被る奴がいるんだって話だ!?」


 そう、非現実的な嘘偽りな馬鹿話かと思うかもしれないが、伊織にとってはこれが現実だ。

 一応、伊織としてはあまり関わる機会がない故に忘れがちになるが、徹や健人、それに啓介の三人は、誰もが別ベクトルにイケメンである。それも、外見だけの薄っぺらいものではなく、中身までイケメンなのだから、とても困った話だ。

 けれど、今日にしてみてどうだ。

 東西様々な朝食を食べつつ通学路を駆け抜けたと言う方がまだマシと思うほどの衝撃。しかして、波状攻撃を受けた伊織の精神はかなり限界に近付いている。

 ……頭が痛くなる話だ。


「あぁ、これか。そこらへんの砂浜で拾った海藻で、最初はバカ騒ぎのつもりだったが。いざやってみると、ひんやりとした冷たさで、結構いいんだぞ」

「いいんだぞ、って話じゃねぇんだよ。……それでお前等も、こうして付き合っているのか?」

「まぁね。けど、案外いいものだよ、これ」


 嗚呼、早朝の良心であった啓介もこの通り、か。


「……。それで、この際海藻を頭に被るという行為はいいけど。能天気なお前等だから、案外悩みなんてないか、それとも解決済みかと思っていたけど」

「残念ながら、俺は柳田さんの思っているような超人でもなければ、気遣い上手って訳でもないからな」

「ほぅ──」

「それよりも、丁度柳田さんが来てくれるというなら話は早い。──蓮花さんの事について何か知っていないか?」


 予想外の事が起きた。

 いや別に、予想外ってレベルの話ではないだろう。

 何せ、徹たち三人組は、当の蓮花とはかなり親密な関係だ。たとえ、恋愛関係にまで足を踏み入れていないとしても、十分な動機になるだろう。

 だが、伊織が予想外と思ったのはそこではない。

 確かに蓮花は、此処数日間を休んでいたのだが、今日に限って言えば学園へと来ていて通常通りに授業を受けていた。最初はそんな彼女に懐疑的な対応を取っていた他の生徒等も、案外すぐに手を引いていたのだ。

 けれど、──三人は違っていた。


「まぁ少し。流石にこれ以上は、機密的に下手な事は言えないけど、ちょっと精神的な障害があってな」

「「「……」」」


 一応、徹や健人、啓介の三人は、伊織と蓮花が魔法少女をやっている事を知っている、数少ない部外者だ。

 だが、ある程度の予想がついてしまう。

 この前あった事件で、“ケモノ”がこの梓ヶ丘に攻めてきて、それで決して少なくない死傷者を出した。それに加えて、重症者なども含めれば、かなりの数になる事だろう。

 そして、此処最近の蓮花の様子。

 何かしらのストレス障害に掛かっていても、可笑しくはないという話に繋がるのだ。


 しかし、此処にいる三人に薬学の知識もなければ、心理学の知識もない。

 いやそもそも、知識があってもそれを行うだけの資格も技術もなければ無理な話だ。

 他人に頼るという手も確かにあるが、少なくとも今だ元の生活に戻れていない人たちがいる現状。下手に権力ごり押しな手段は不味いのだと、彼等三人組は分かっているのだ。


 そんな、徹等からしたら八方は余計でも、六方辺りは塞がっている今しがた。

 ──衝撃は唐突に。


「──なぁ。海藻、残っているか?」

「……あるよ」

「ありがとう」


 そう、徹から例の海藻を受け取り何を思ったのか、伊織は──頭から被ったのだ。

 今現在、海藻を頭から海藻を被った奴が三人から四人になったところで、大した差は感じられない。精々が、知り合いが偶然たどり着いて、同じ事をやりだした程度の話なのだろう。

 けれど、その四人目が問題なのだ。

 一応、徹は良いところの出だけど、その継承順位は高くはない。

 しかし、伊織は違う。柳田家次期当主候補である彼女がこんな阿保な事をしていて、ジジィはともかくとして彼女を担ぎ上げている連中からすれば、頭が痛くなるどころか気絶する事間違い無し。


 だが、やってみれば分かるのだが、これが案外良さそうなのだ。

 視界は悪くとも、ひんやりとした感触が知恵熱を起こしかけている伊織自身の頭を強制的にひやしてくる。いや、先ほどの視界が海藻で遮られているのも、余分な事象を入れての集中力増大を狙っているのかもしれない。

 ただまぁ、少しだけ欠点を上げるとするのならば、潮臭くなるのと髪の毛に重大なダメージを与えるかもしれないという点だ。

 まだ男性陣であったのならば、その程度のがさつは許されていたのかもしれないが、生憎と当の伊織は女性である。

 他の人からぐちぐち言われる程度ならば、我慢をすれば問題はないのだろう。

 けれど、──フレイメリアに嫌われる事だけは避けたい!


「(……結構、いいなこれ。さっきまでの頭痛が止んだ気がする。……けど、この磯臭さは、どうにかならないのか)」


 そんな、致命的でどうでもいい事を思いつつも伊織は、思考を循環させる。

 もうかれこれ数時間以上は蓮花の事で悩んでいるのだが、纏まるどころか解答(仮)すら出ていない。これが、ある程度の蓮花との時間を過ごしていても心の溝が残っている、そんな伊織の限界なのだろうか。

 普通だったら、あまり諦めたくない問題。

 けれど、この場には悩み続けている伊織の他に、蓮花と親しい人がいるのではないか──。



「───なぁ、お前等。鈴野蓮花はどんな奴だと思っている?」



 ふと、ガラスのコップを傾けて垂れ落ちる水が如く、伊織は何気ない言葉を零したのだった。

 それに対して、徹や健人、それに啓介は何言ってんだと、不思議そうな表情をしている。唐突過ぎて、内容がまだ頭の中に入ってきていないらしい。

 しかし、一応の合点がいったのか、先ほどまでの表情に彼等は戻すのだった。


「うん、蓮花さんか。確かに良い娘だと思うよ」

「まぁ確かに徹の言う通り良い娘だと思うけどよ。なんか危なっかしいんだよな、アイツ」

「……例えば、どんな風に?」

「何て言ったらいいんだか。……アイツは普通に過ごせるだけのコミュ力はあるし、他人だって気遣えるんだけどよ……」

「……綱渡りをしているような?」

「そう! それだ、啓!」


 綱渡り。

 確かにそれは、的を射ている気がする。


 ──鈴野蓮花にはがある。

 それは、伊織が此処数か月を共に過ごして分かった事だ。なんとなくだけど、愛嬌良い感じで振る舞っていても、他人からすれば察知する事ができないほどの微かな陰り。

 けれど、それが一体何かは、驚異的な感覚で探り当てた伊織とて分からない。こういう、素顔を好意によって隠すタイプは、バレてもその内容を悟らせないものだ。

 ちなみに伊織は、プロフィールを碌に見ていなかったりするので、『花咲く頃、恋歌時』の時の蓮花の裏がどうなっているのか、全然分からなかったりする。


 どうするべき、か。

 どうにか蓮花に、抱えているを喋ってもらうのだろうか。

 いいや、それは悪手というか、そもそも無理難題なのだ。

 前に匂わせつつも裏を探ろうとしたのだが、伊織の他愛のない話は、さりげなく当の蓮花に受け流される事となった。格闘術は何かしらの癖があってうまくないのに、言葉の受け流しは達者な事で。


 ──で、あれば。

 少々、御膳立てをする必要が出て来るが。まぁこればかりは、蓮花が復活してもらうための必要経費だ。……なるべく、最低限の経費にしようか、ホント。

 だからそのためにはまず、──彼等にも頑張ってもらうとしよう。


「──なぁお前たち。少しだけ頑張るつもりはないか?」


 普通なら、何を唐突にと思うかもしれないが。

 生憎と、当の伊織と少しだけの関係であるにも関わらず、徹たち男子三人組はにっと笑った。


「柳田さん。俺にできる事であれば手伝いますよ」

「お。何か蓮花の奴のためになる事を思い付いたのか、伊織!」

「できれば、あまり動きたくないんですが。蓮花さんのためですし、出来る限り頑張ります」


 案外、ノリの良い奴等な事で。

 いやそもそも、ノリの悪い奴等が今朝の朝食の件や、今現在進行形で続いている海藻を頭から被っている行為もやらないか。

 最初の頃だったら、一線引いて蓮花の親しい友人程度の扱いだったが、今では案外ノリの良い奴等だと認識を改める必要がありそうだ。


「よし──! なら、明日の放課後を空けておいてくれ。私が後から、蓮花を無理矢理にでも連れて行くから」

「? そんなんでいいのか?」

「やる事が少ないって顔だけど、安心しろ。その後から、きっちり働いてもらうから」


 ──決行、明日の急行電車。

 どうなるかは、それを計画している伊織とて、分からないお先真っ暗闇なイベントになりそうだ。

 けれど、何故か伊織は案外どうにかなると、そう思っていたりもする。



 ──アイツも案外、ノリが良い奴だからな。



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 お疲れ様です。

 感想やレビューなどなど。お待ちしております。


 大規模戦闘については、もう少しだけ待って!?

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