第067話『意味不明な事の始まり』
「──プレイボール!」
そんな事で、あまりにも唐突に始まった野球試合。
半分強制的に連れて来られた、ここ最近気分が沈みがちな蓮花とて、事態を把握するのにそれなりの時間を要した。
けれど、そんな一々時間が待ってくれる訳もなく、刻々と時間は過ぎていったのだった。
「……」
整列にて、相手チームとの顔合わせをする。
年齢的には、此方のチームとあまり変わりない。けれど、蓮花も知らない、おそらくは梓ヶ丘にある別の学園の生徒達なのだろう。
そして、蓮花自身のチームはその殆どが蓮花と顔見知りだ。
まずは、蓮花をこの場に連れてきた伊織と、学年は一つ違うのだけれども同じ聖シストミア学園の学生たる涼音の姿がそこにはあった。
それに加えて、蓮花にとって結構意外だったのが、徹と健人、それに啓介のよく彼女自身とつるむ男子生徒三人組だった。発案者たる伊織にそれに付いてくる涼音自体は、まだ理解できる事だったのだが、彼等三人組が参加してくる事についてはとても驚いた。
それと、健人の知り合いの男子生徒が二人。
合計で、8人と野球をするのにはあと一人足りないのだが、あと一人はどうしても集まらなかったらしい。
それに対して、相手チームの方はというと、かなりの野球慣れをしているようだ。
おそらく、ユニフォームとグローブは自前の物を使っていて、それらの風格には年期を感じさせる。
そして、これは当然の話なのだが、9人全員がそろっているのだ。
片や殆どが経験ゼロな、男子女子混合チーム。
片や経験豊富そうな野球青年たちで構成された、男子オンリーなチーム。
これだけの文字列を見ただけでは、碌に勝負にもなりそうにない組み合わせだ。
さて、何故そんな
♢♦♢♦♢
「──おーい、蓮花ぁ、野球やろうぜ!」
そんな言葉から始まった、夕暮れ前な放課後。
蓮花はというと、いそいそと言えに帰る準備をしていたので、そんな彼女の思惑を外れるような形で伊織が話しかけてきて、少しだけ眉をひそめた。
いやしかし、それは蓮花自身の感想であって、傍や当の伊織からすれば、かなり嫌な顔を蓮花がしていたに違いない。
「……伊織さん。一応今日は用事があるので遠慮させてもらいます」
「ん、用事? 私が前もって行っていた調査によると、丁度今日は暇だった筈だが。ま、お前に用事があろうがなかろうが、連れて行くつもりだけどな」
「……私の話聞いていました?」
「あぁ勿論。でも、聞いただけであって、それを遂行するつもりはないんだけど」
そんな、会話のキャッチボールが乱雑に繰り返されている中、当の蓮花はじりじりと荷物を以って教室を後にしようとする。
それに対して、今現在伊織がいる位置は、教室の窓の先を越えた中庭だ。
だが、油断はできない。伊織と蓮花が通っている教室は丁度一階で、十分伊織の位置からでも干渉する事は可能なのだ。
「おーい、蓮花ぁ、逃げるなー。逃げるとこう、アレだ。アレをするぞー」
「……いえ、それよりも早く帰りたいですから」
何か意味不明な事を言いつつも伊織は、蓮花がいる教室の窓の外の向こうにまで寄ってきた。
だが、──何もしない、恐ろしい事に。
蓮花の知る伊織ならば、これくらい走ってきて教室の中に飛び込んできそうものだが、何故か当の伊織は窓際辺りで立ち止まるぐらいだ。もっとも、今にも飛び込んできそうなほどに、伊織は乗り出しているのだが。
──嫌な予感がする。
あの時は、魔法少女になるための試験だというのに、大量の“ケモノ”による梓ヶ丘襲来。
そして今回は、何が起きるのかは当の蓮花にも分からないのだけど、もわもわとしたタイプの嫌な予感がするのだ。
──もっとも、そんな蓮花の危機感知能力が働いたところで、当の彼女が打開するための行動ができない時点で意味はないのだけど。
「──ほぉっ。どうしてもと言うのか」
「まぁそうですね。どうしても帰りたいです」
「でも、私にも事情があってな、そうはいかない。──うぇいくあっぷ、
今なんて?
「はーい、伊織。貸し一つですからね」
「それを言う暇があるなら、さっさと捕まえるぞ。勿論、
そう、伊織が言う涼音という彼女の声が、蓮花の背後から聞こえてくる。
散々、蓮花が訓練で扱かれた黒辺涼音の姿がそこにはあった。
そして、背後と言えば、廊下と教室を繋ぐ扉がそこにはあって、──それは蓮花が持つ唯一の逃げ道だった。
勿論、扉はそれ以外にももう一か所ほどあるのだが。
けれど今現在蓮花は、前門の伊織に後門も涼音といった具合に危機的状況に挟まれている。しかして彼女とて、腕前は意気消沈になりつつもそれなりで、けれどこの状況を打開をするには、あまりにも非力であった。
──万事休す、か。
「……」
いや、まだだ。
まだ、何処かに逃げ道がある筈だ。
そうでなければ、伊織に何されるか分かったものではない。
ただ、もしもこれがいつも通りの日常にての誘いであれば、蓮花だって快くとまでは行かないにせよ承諾していたのかもしれない。
しかし──。
「──ぅわっぷ!?」
なんてしている間に、いきなり当の蓮花に対して頭からかぶせられた袋。
内側からは何の袋かは分からないが、当のかぶせた本人たる伊織から見れば、息のしにくいビニール袋の類ではなく、茶色い紙袋の類だと推察する事ができる。もっとも、息のしやすさに差はあれど、どちらにせよ息苦しいのは確かだけど。
そして、良い子はやってはいけない事をされて困惑している隙に、蓮花の体は宙へと上がった。感覚からして、伊織辺りが彼女の体を持ち上げたのだろう。
そのまま、袋をかぶされた蓮花は二言目を呟く前に連れ去られてしまうのだった。
♢♦♢♦♢
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