第060話『火之神具土』

 焔が走る。

 土塊の地面。

 光差さぬ、曇天模様。

 嗚呼、きっと此処は──。


「──鍛刀場、だ」


「惜しいのぅ。それでは50点じゃの」


 そう呟いた伊織の視線の先、先程彼女が外した当のミコトが腰を下ろしていた。

 ──正直、苛つく思いだ。


「──良い景色じゃろ。どれ、酒の一杯はどうかの?」

「何だ。さっきはあぁは言ったのに、訂正でもする気か?」

「そちこそ何を言うか、これだから最近の若者は。それだからお主は貧乳なのじゃぞ」

「──あ? 今何って言った?」


 と伊織は言うが、彼女の思考は冷ややかであった。


「──それで、此処は一体何だ?」

「おぉ、それを言うを忘れておったの」


 そう言ってミコトは、よいせっとの掛け声と立ち上がる。その足取りは、先程酒をかなり呑んだ者とは思えないほどに軽やかであった。


「まず、魔法少女としての能力と衣装はの、その当人の心象の具現化じゃ。お主は《マホウ》が使えぬから、あまり実感が湧かないじゃろうがな」

「……だがそれと、世界すらも塗り替える話とでは、また別の話ではないのか?」

「確かにの。当の本人と世界は、碌な繋がりなんてなかろう。──じゃが此処は、儂の世界じゃぞ」

「世界を侵食……。いや違う。──入れ替えたと言った方が正しいのか?」




 これは、魔法少女になって日の浅い伊織の知らぬ事である。

 そもそも、魔法少女の奥の手には様々なものが存在する。

 

 ──ソレを現実へさせる能力。


 ──ソレを現実へとさせる能力。


 そして、──ソレを現実と



 何せ、創世の逸話なんて神代の最高神が行うもので、同時に世界からの修正力が働く。───故にそれは、人の身に余る行為なのだ。

 しかし、それでも此処に新たな世界は成立した。

 そう、魔法少女は自らの内に世界を構築するのと同時に、“異相変換”という技術を使い、無理矢理にでも新たな世界を成立させているのだ。

 だがしかし、それでも世界からの膨大なまでの修正力が働くのも事実。

 それでもこの一時。この僅かな時間であろうともあまりにも十分過ぎる恩恵だったのだ───。




「流石は、柳田伊織。頭の回転が速い奴は、結構好き──じゃがな!!」


 ──ガァン!!

 甲高い鋼音が、辺りに鳴り響く。

 それは、ミコトから放たれた一撃を伊織が防いだ事による、結果。

 だがしかし、先の一撃を難なく防ぎきった当の伊織は、怪訝な表情をするのだった。


「──刀、か?」


 そう、伊織が言う視線の先には、地面に突き刺さった刀が一振。先の一撃でもあるのだ。

 ──刀の飛来。

 柳田流剣術のその曲芸、《刀穿ち》を思わせる一撃だったと言えよう。

 だが、ミコトにそのような一撃を放つ素振りは、一切なかった。

 詰まる話が──。


「刀を操っている、のか?」



 ──ガキィン!!



「何をしているぞ? ──此処は戦場。まだ戦いは終わっておらぬぞ」



 /6



 ──刀が飛来する。

 その数、おおよそ20ばかり。

 だがそれは、一撃に非ず。絨毯爆撃を思わせる、一殺を込められた刃の飛来。

 しかし、それと決定的に違うのは、装填の隙すら一切ない点である。

 おかげで、今は相手の手の内を探っている伊織でさえ、前へと進めていない。


「……厄介な」

「ほれどうした、足が前へと進んでおらぬぞ」

「──言ってろ」


 捌き続けて、回避をする。


 正直言って、手詰まりであった。

 何せ、下手にミコトとの間合いを詰めようものなら、先の伊織のように全方位からの多段爆撃を受けかねない。

 そのおかげで、幾つか見える、目新しい刀傷。


「(……。使うしかないのか、切り札を。──っと!)」


 そう、深く思考するだけの時間も余裕も、今の伊織には存在していない。魔法少女となった彼女でさえもギリギリな、処理をしているのだ。

 だが、本気の伊織であれば問題ない。

 ──詰まる話が、伊織が隠している本気を、出すか否か。


「嗚呼、もうこの隠し事は無理、か──」


 不意に漏れる、伊織の言葉。

 覚悟は未だ決まっておらず、けれど──無様に負ける結末を伊織は望んでいるのではない。

 ──これはきっと、間違いであっても、決して、間違いではないのだ。




「──基本術理、解析


 ──身体操作、投影


 ──使用武装、投射


 ──積載経験、憑依


 ──投影、全工程完了オールクリア



 伊織の愛刀『絶海制覇』を手に、彼女は構えを取る。

 これから放つは、伊織の本気。

 ミコトに傾いていた世界が、伊織の重厚感すら感じさせる怒涛の覇気によって塗りつぶされていく。

 ───そして放つは、過去の古強者のその絶技。



《模倣剣術、暖簾》



 迫りくる、剣戟の群れ。

 その数、おおよそ先の2倍と少し──50に届く刀の飛来。普段の伊織では、対応不可能な数であった。

 そして、飛来し突き刺さる、刀の数々。

 たとえ、魔法少女な上元より頑丈な伊織でさえ、その命の灯が尽きるのは間違いない。



 ──だがそこに、



「──なるほど、のぅ。《暖簾》か。──ようやく、本気を出したかの」

「元々、本気を出すつもりはなかったが。出すからには、──本気で行かせてもらうぞ」


 伊織の低く鈍い言葉に対して、ミコトはにっと邪悪そうな表情を浮かべるのだった。

 これから始まるは、頂上試合。

 ──終幕を告げる、地面を蹴る音が辺りに鳴り響いた。



 /6



 飛来する刀。

 止め通りのない銃撃。

 その数、当の伊織が対応しきれない、おおよそ50。

 しかして伊織は、その刀による銃撃の中を駆け抜けていた。



 ──間合いにして、三足単。

   そこは、ミコトの絶殺の間合いであった。



「──っ!」


 間合いを詰めにきた伊織の周りに展開される、幾多万千の刀塚の墓碑。先程よりも数が多い、確実に伊織を仕留めにきた、そんな一撃であった。

 先までの伊織であったのならば、きっと後退していたに違いない。

 だが──。



《柳田我流剣術、朧》



 ──それでも、前へと進んだ。



 けれど、他人から見ればそれは、愚直で引く事を知らぬ正真正銘の馬鹿である。

 無策無鉄砲の特効主義者。

 嗚呼、それでも伊織は、──未来を見ていた。


「──ようやくたどり着いたぞ、美琴ォっ!」

「じゃが、まだ儂が負けた訳ではあるまい。──いくぞ、伊織ぃっ!」


 ──現実が未来へと、たどり着いた。

 今日一番の、地平線の向こうへと届くまでの、甲高い鋼音。

 それに伴う、鍛刀如きの熱い火花。

 刀に人生を捧げてきた刃の如く鋭い表情が、お互いに映る。


 ──そこは、剣劇の間合い。

   伊織とミコト、両者の間合いだった。


「──っ!」

「──っ!」


 鍔迫り合いが続く。

 こうなれば、身体能力の差なぞ、誤差でしかない。たとえ魔法少女同士で優劣が付こうとも、技術の差で幾らでもひっくり返る。

 ──そう、どちらがこの鍔迫り合いで勝つ、か。

 その結果で、戦局の流れが変わる。


 腕が亀甲し合うのなら、後は所謂運次第。

 だが、運が良いと言うのは、運を掴みに行く行為そのもので。

 ──必然的に、伊織へと転がり落ちた。



《柳田我流剣術、鎧通し》



「──っ!」


 鍔迫り合いの、一瞬にも満たない、刹那僅かな影。

 そして、叩き込まれた伊織の一撃。



 ──後天的な祝福を、技量で以って凌駕する!



《模倣剣術、織神》




 構えは上段。

 適度な緩みを肉体に抱き。

 技の始発は、そこを以ってして放たれた。


 ──《立火花》。


 上段からの一撃。

 そして、振り下ろした刀の切っ先が切り替わり、跳ね上げるようにして伊織は、流れるように二撃目を放つ。


 ──《日和》。


 コンパクトにまとめられた、横凪による三撃目。

 そして、その軌跡をなぞるかのように、切り返して振るわれる切り返し。


 ──《葉月》。


 交差の四五撃目。

 まるで、そこに今だ軌跡が残存しているかのような、鋭さ目一杯の斬撃を放つのだった。


 ──《連鶴》

 ──《紅葉》

 ──《蓮》

 ──《和田津》



 これほどまでの、連続して放たれる斬撃。

 確かに、疲労などを無視して考えれば、攻め続ければ反撃される事はまずもってない。攻撃は最大の防御とは、上手く言ったものだ。

 だがそれは、机上の空論でしかない。

 息継ぎのタイミングでも僅かな隙は出来るし、技と技を繋ぐ際の硬直や選択肢、それにそもそも腕が耐えられない。


 だがここに、──それを可能とした技が存在する。

 武芸に通じし古強者が編み出した、《折り紙》その剣術の技にて。継ぎ手継ぎ手の間の隙を恐ろしいまでに減らした、攻防一体の剣技。

 しかして、人間の限界なぞは知れているだろう。疲れを極力減らす、脇構えがある時点で。

 だが、伊織ならば──魔法少女となった彼女ならば、その限界値なぞ当の昔に引き上げているのだ。


「──っ!」


 予想以上に続く、剣技の雪崩。

 美琴とて、伊織の実力は知っているつもりだ。そして、彼女はこの技を一度見た事があるので、対策は十二分に出来ると、そう思っていた。

 だが、美琴の予想を超える、伊織から放たれる隙のない剣技の嵐。

 美琴自身の限界も既に許容力を超えていて、──距離を取ってしまった。


「──っ、らぁっ!」

「──ちぃっ!?」



《柳田我流剣術、第三秘刀・天翔五勢ノ剣》



 そして、満を持して放たれる、一撃必殺の伊織の一撃。

 それをまともに受けてしまったミコトの刀は、甲高い鋼音と共に砕け散ってしまった。

 前は何やら違う感触と共に叩き切る扱いをしていたのだが、それは本来の扱いとは異なる。まるで、切っ先が伸びたかのような剣圧と衝撃波で以てして、広範囲の敵を倒すのが、本来の技であるのだ。

 だが──。


「──っ!」


 そんな伊織の視界外から穿たれる、刀の数々。

 だが、先までと違うは、伊織に向けてではなく、伊織のに放たれたという事だ。

 伊織の死線を感じ取る感覚は、確かに脅威である。何せ、筋肉運動から予測する未来予知の類ではなく、文字通り可能性の未来を観測するので、たとえどれだけ弛緩した予測不可能な動きであっても伊織はそれに反応をする。

 しかし、それはだ。

 ──もしも、伊織と戦っていたとしても、彼女を狙った一撃ではないのだとしたら、ソレは反応をしない。




「──っ、心象之具現化・火之神具土!!」




 そしてミコトは、必然的に生み出した伊織の隙を見逃す筈がない。

 砕け散った二振りの小太刀の柄からミコトは手を放すと、突如として彼女の背中に掛けるようにして現れた、を抜き去った。

 流石の伊織も、チリチリとした死線を感じる事はできても、それが一体何によるものかまでは予想が付かない。

 ──少なくとも、刀を正真正銘犠牲にしてまで打つ手があるとは、伊織も思わなかったのだ。


 だが、不意を突かれたと言っても、今だ攻へと踏みとどまっているのは伊織の方。

 であるのならば、

 ──“此処で引く道理が、ある訳がないのだ”!



《模倣剣術、燕返──》



《九重流剣術、奥義・零ノ太──》



 真っ向からぶつかり合う、剣の頂が垣間見えるかもしれない剣技同士。

 どちらが相手を上回るかなんて、とても難しい話で。

 ──けれど、この一撃の打ち合いにて決着がつく。それだけの話だ。



 ──ドスッ!!



 伊織と美琴の技が、今まさに打ち合おうとした瞬間、──ソレは二人の決着を邪魔するかのように穿ち突き刺さったのだった。

 ソレは、伊織にもミコトにも見覚えのある物である。

 そう、量産品的なであった。


「……なるほど、お前も来ていたのか」


 普通なら、一体誰だと勘繰るところだろう。

 けれど、たとえ魔法少女であったとしても、床を抉り罅穿つ剛射を放てる者は、伊織の知る限り一人だけなのである。


「先ほど、偶然その辺りを通り掛かりましてね。模擬戦が始まって少しぐらいから、見させてもらいました」

「ほぅ、魔法少女アーチャー。──それならば何故、この決め時に茶々を入れた。見ていたのなら見ていたいというのが、人の心だろうて」

「確かに。もし、魔──ゴホン、涼音が手を出さなかったら、私が勝っていたのに」

「はっ。阿保抜かせ。──あの勝負、儂が勝っていたじゃろうに」


 再びお互いに火花を散らし合う、伊織と美琴。

 先ほどの戦闘を見る限り顔を青くするのが普通だというのに、そんな一触即発な現状を見て涼音は、深い深いため息をつくのだった。


「──流石に、此処で勝負を付けるのは不味いですから。美琴さんにも、九重流の娘や強力な魔法少女としての象徴が必要ですし。伊織にも、柳田流の次期当主候補としての力量が必要ですし」

「「だけど……」」

「だけど、──ではないです。もし続けるのだというのなら、ボクも横やりを入れ続けますよ」

「「……はいぃ」」


 そう言って伊織と美琴は、不満たらたらではあるが、一応の了承をするのだった。

 先の一撃を見るに、涼音の言葉は嘘偽りの類ではなく、十分に可能だという事実を見せつけるのだった。実際、魔法少女としての力量では劣るだろうが、それでも武芸者としての力量ならば二人に十分並ぶほどに卓越している。

 その事実に対して流石の伊織と美琴も、興が削がれるのは勘弁な話。


「だけど、先の一撃を放つために溜めた力がまだ残っていて、正直消化不良だけど。──なぁ涼音。少しだけ手合わせを頼んでもいいか?」

「──あぁ、その事なんですけど……」



 ──キィィィン、──どかぁぁぁん!!!



 最初に聞こえた周波数ギリギリな音は、風鳴も混じっている事からおそらくは飛行音。

 そして、その次にて聞こえた鈍い音は、土煙を上げている事から確実に地面というかかなり頑丈に出来ていた筈の床が砕ける音。

 ──そう、土煙が晴れたその場にいたのは勿論。



「──標的確認。戦闘形態へと移行します」



 ガチャコンと、魔法少女ガラテアが手にした小銃と追加武装に備え付けている火器の銃口が、不満たらたらな伊織の方へと向けられる。

 そして、不意に唐突に感じ取る、死の戦。

 あ、これはマジの奴だと伊織が感じ取るのに、一秒も掛かりはしなかった。


「──っ、ちぃっ!」


 流石に、魔法少女ガラテアに備え付けられている全ての火器とその小銃、その全ての銃口が火を噴けば伊織とて無傷とは済まない。

 だが、明らかに手加減というか──いや、牽制の一射目としたのが当の伊織にとっては幸いした。

 最大限の回避と、最小限の弾き飛ばし。

 伊織が振り払った刀が静止すると、ふと目に入る銃痕が存在する。


「──伊織ぃ。確かにボクはミコトさんと模擬戦をして欲しいとそう言いましたが、何も別にミコトさんだけとは言っていません」

「ま、確かにそうだったな」

「と言う訳で、疲れているところすみませんが、魔法少女ガラテアとの模擬戦も続けて行わせていただきます」


 そう言って涼音は、近くにいたミコトを連れて模擬戦場から足を外した。

 そんなミコトはというと、近くで見ていたいという好奇心がくすぐられている表情をしていて後ろ髪を引かれる思いみたい。けれど、そんな事は許さないと云わんばかりに、涼音の手によって外へと追い出されるのだった。


 ──さて、伊織は視線を魔法少女ガラテアの方へと再度向ける。

 それに対して魔法少女ガラテアは、その何かしらの表情すら読み取れない鉄仮面で此方を見ている。また、今すぐに射撃を再開するといった様子も見えない。


 二戦目にしては、主食主食なカロリー満点。

 だが、今だ戦意残している伊織にとっては、主食こそがベストマッチな第二戦である。


「──さぁ、そろそろ行こうか」



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 ちなみに流石の伊織も、戦意の胃もたれでもしていたのか。

 戦った時間は、おおよそ一分も持たなかった。

 ちなみに、勿論伊織の完敗だった。彼女に碌な遠距離攻撃手段がない事を悟ってか、魔法少女ガラテアは遠距離射撃による面制圧で終わらせたという、単純明快な必然的な終わり。

 伊織としても、疲労が積み重なった点も敗因の一つであったが、面制圧は苦手だったのが一番の敗因であったのだろう。



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