第061話『違和感と錬金術』

 ──。

 その飛行機の中では、客として使用している人たちは、思い思いに到着までの無為な時間を過ごしていた。まぁ、中には仕事だろうかパソコンを叩いている生産的な音が微かに聞こえているが、しかして殆どは関係のない話だ。


 ちなみに、飛行機とは言っても、他国へと移動する事は叶わない。

 何せ、“ケモノ”がこの世界には存在している。万が一、レーザーなどの攻撃を受ければ、ほぼ確実に墜落を免れない。レーザー攻撃などに耐性を持つ装甲版なんて、そうそう民間に配られたりはしないのだ。

 ただ、もしそれを可能とするのならば、それこそ軍事用の航空機にお邪魔するしかない。もっとも、それをお偉いさんたちが許可をする訳がないが。

 詰まる話が、──人々は世界を、外の世界を知らないのだ。


 故に、この飛行機便もその例外からは免れてはいない。

 出発地点は、長崎県から。

 到着地点は、この国日本の首都である、京都へ。


「──まだ、たどり着いていないのかの。思ったよりも、京都への道のりは長いのぅ」

「──肯定。到着時間は15;00。今だ、一時間以上を残しています」


 此処にいる、その全ての人には心当たりの類なぞ一切ない声が聞こえる。

 勿論、そんな独り言に対して反応をしてくれる、自称親切な人なんて存在はしない。

 だが、もしこの場に柳田伊織という彼女がいたのだとすれば、きっと声を掛けるだろう。



 ──そう、彼女達の名は、魔法少女ミコトこと九重美琴と、魔法少女ガラテア。



 しかして、そんな彼女等二人の正体に、この便に乗る人たちは誰もたどり着けない。

 確かに、魔法少女となった時の彼女等の姿は、平時とあまり変わらない。別に、体を変質させている訳ではないのだ。

 だからこそ、こうして変装もせずに人前に魔法少女が出歩ける様子は、異質で──恩恵であった。


「──それにしても、あ奴は思ったよりも成長していたの」


 思い出すは、先日の模擬戦で戦った柳田伊織の事だ。

 こうして思考する中でしか美琴は言えないが、彼女は今まで

 何を馬鹿な話だと思うかもしれないが、それは純然たる事実。あの光景の、一体何を見たというのか。


 あの激戦を、当の伊織は一切の《マホウ》を使用せず、横やりが入るまで戦い抜いた。

 その一方で美琴は、《マホウ》の一種とそれと魔法少女の最淵たる『心象之具現化』を使ってまで戦った。

 もしも、あの模擬戦にて伊織が何かしらの《マホウ》を使えたのだったとしたら、それほど恐ろしい話はあるまい。



 ──いつか見る、光景を見た。



 バチン!



「代替わりも、そう未来の事ではないか、の。──ぬ?」


 20代後半だというのに、感慨深げに思考する美琴。

 ──そんな時に、無粋ながらも感じ取った違和感。だが、それが一体何かは、感じ取った当の美琴でさえも分からない。


「──疑問。何があったのですか?」

「……いや、気のせいかの」


 そう、言うしかない。

 だが、美琴が感じた違和感は、彼女自身が信じるに値する感覚によるものだ。おいそれと、勘違いだったと、そう結論付けられない。

 とはいえ、その違和感を調査するだけの技能を、美琴は所有していないだ。

 しかも、ここ最近の情勢が悪いだけに、下手な手は打ちたくもない。

 ──見逃す他、ないか。



 ♢♦♢♦♢



 ……波が不規則に揺れる。

 けれど、地面はコンクリート造りで。まるで、実感のある道のりを歩いているような気分になるのだった。

 潮の香りが、すっと鼻の奥へと通り抜けていく。

 魚でも持っているのかと、この辺りを根城にしている猫共がすり寄ってくる。


「……いやないから。魚なんて、今持っていないから」


 そう伊織が言うと、しげしげと猫たちはこの場を去って行った。他の釣り人にでも、釣った魚をねだりに行くのだろうか。

 それはそれで、ご愁傷様で。

 猫よりも高い位置から俯瞰している伊織の瞳には、この海岸に誰の姿もない。

 もしかしたら、他の目的でもあるのだろうか。


「──ま、私には関係ない、か」


 そして、伊織は再び歩き出した。

 そう、伊織が今現在立っている地は、何も彼女がいつも過ごす梓ヶ丘ではない。確かに、梓ヶ丘にもコンクリート造りの海岸なんてそう珍しくもないが、そことは全然潮の香りが違う。向こうがべたっとした感覚ならば、きっと此処はさらっとした感覚。



 ──そして私は、きっと洗っても洗っても流れ落ちぬ、べたっとした感触なのだろう。



 /10



 樹海にて伊織は、一人旅中。

 一応伊織は、梓ヶ丘で魔法少女をやっていて、高校にだって通っていたりもする。別に彼女は、勉強に特別優れている訳でもなく、特段優れた技能がある訳でもない。

 ──ただ、環境が人より恵まれていた。

 それだけの話なのだ。


「──さて、富士の樹海。思ったよりもだな」


 そう伊織は、休日の休みを利用して富士の樹海へと足を運んでいた。

 勿論、理由があって伊織はこの場へとやってきた。

 梓ヶ丘から直通の飛行機の便なんてなくて、船と飛行機と電車を使って此処まで来た。それで収穫ゼロで旅行にでもなっていたとしたら、損をした気分にでもなっていたのだろう。


 歩き続けた。

 伊織の訪れた富士の樹海は、自殺スポットや遭難区域として有名だった。今はどうか知らないけど。

 だがそれは、富士の樹海のではない。

 もっとも、これは人からの受け売り的な話なのだが──。



 ♢♦♢♦♢



『──なぁ、ノーラ。何か防御に適している魔道具はないのか?』

『ぬ──?』


 あの模擬戦を終えた伊織が訪れたのは、馴染みの店な『魔野屋』。

 階段を下りた先、いつもの玄関を通り抜けた先。そこにいたのは、椅子にて流れゆく時間を潰しているシェノーラ・ノーレッジが、如何やら此方に気付いたようだ。

 そして、伊織が何か真剣そうに質問をする様子に、シェノーラは少し驚いた表情をしていた。

 ──だが、それも束の間の事で、にやりと表情を歪めるのだった。


『すまぬが。確かに在庫はないがの』

『在庫ない、か。確か前に言ってたよな。此処にある魔道具の類は、昔仕入れた物もあれば、お前が作った物もある、と』

『まぁ、そうぞよな。だが、お主の遠距離攻撃の対応力は、聞いた限りだとそれなりに高い。詰まる話が、お主自身以上の対応を魔道具に肩代わりさせるつもりかの』

『……話が早くて助かるな』



 確かに伊織には、遠距離攻撃手段が碌になくとも、相手からの攻撃を対応する能力だけはそれなりに揃えてある。

 射線を切るようにして動く体捌きと規格外な身体能力。また、限定的とは言え、《暖簾》による攻撃の無効化。

 それらの話を聞く限りでは、伊織には十分なほどに遠距離攻撃に対しての対応が、彼女自身に存在している。


 しかし、伊織が言うには、“それでは足りない”、と。

 前に模擬戦にて、魔法少女ミコトから受けた50にも至る刀の掃射を食らってまで無力化した、そんな伊織が言うのだ。

 シェノーラの伊織の力量が分かっているだけに、この『魔野屋』の在庫には彼女のお眼鏡にかなうほどに高性能な魔道具は置いていないと、そう答えるのだった。

 だが──。


『……これはもしもの話だが、材料さえあればその私が言う魔道具は作れるか?』


 含みを利かせたシェノーラの言葉に、伊織が反応できない訳ではない。

 だが、そう聞いた伊織にも少しだけ不安要素は存在している。

 何せ、ここまで態々隠し通した上で含みのある言葉。何かしらの裏があると、思った方が良いのだろう。


『まぁ作れるがの……。じゃが生憎と、素材の在庫が足りなくてのぅ』

『素材、か』


 勿論、魔術師たるシェノーラ・ノーレッジが言う素材とは、市販で手に入るような高価であろうとも普通な素材ではない。

 それを説明するには、少しだけ魔術師に対しての話──寄り道をする事となる。




 ──そも魔術師とは、魔術を用いて“深淵”を探求する、一種の学徒である。

 確かに中には、魔術を学問としてではなく手段として見ている者もいるが、今回は省かせてもらおう。

 そして、彼等魔術師は様々な魔術を探求していて、四大元素魔術に魔女術、死霊術に錬金術、他にも伝承魔術と多岐に渡る。シェノーラ自身も、錬金術を専攻しているらしい。

 ──全ては、“世界の深淵を覗くために”。

 これがおおよその、魔術師についての概要である。


 その中でも、錬金術はかなり俗界にはみ出た──いや、はみ出してしまった魔術である。

 例えばそう、中世で流行ったようなは、本来違う目的を達成するための副産物であったのだが、それが時の権力者などに見つかって、一旦魔術の実験の長期的な中止を余儀なくされた。

 だがそれは、錬金術の本質ではない。


 ちなみに、シェノーラ・ノーレッジは、何でも“エルキア院”という魔術協会出身らしい。

 だがシェノーラ自身、全ての魔術師たちが追い求める“深淵”には興味がないらしい。聞くところによると、何でももう手遅れだそうで。

 そして、そんな魔術師街道を外れたシェノーラは、特に錬金術による魔道具の作成を得意としている。それも、現代に存在する物品を使用した近代錬金術の類ではなく、神秘宿る古の素材を活用した中世以前の神代の錬金術であるそうだ。




『──それで。もう嫌な予感しかしないが、どんな所謂神秘的な素材が必要だ?』

『察しが良くて此方としても、助かるがの』


 息を呑む。

 対価は、一体何なのか。


『まず、その素材の名前を言う前に、行ってもらう場所を先に言っておくかの』

『……採取クエストか、一昔前のRPGの武具屋か?』

『そう思って間違いはないぞよな。──それで、お主に行ってもらう場所というのがの、かの有名な富士の樹海じゃ』


 思ったよりも、普通だった。

 身構えていた伊織としては、てっきり未開の地を探検する羽目になると思っていた。それか、海の底か。

 だが、その伊織の嫌な予感というのは正しかったのだろう。


『富士の樹海か。思ったよりも、普通、だな』

『ははっ。お主は富士の樹海をどれくらい知っているかの』

『そりゃ、有名な自殺スポットとか、あとは方位磁石が効かなくなるとか』


 十分じゃと、シェノーラは頷く。

 だが、今だ伊織の嫌な予感は晴れない。

 そして──。


『それらの噂はの、表向きの話しぞよな。実際は、神秘的な問題が起きたが故に、そう処理をするしかなかった、というところじゃの』

『……それが、今回の採取クエストと関係しているのか?』

『解答不足により、50点ぞ。もう少し話とすれば、富士の樹海は半ば異界と化していて、そこに生息していた奴等に殺されたり行方不明となったりの』


 異界。

 それは、現世でも幽世でもなく、何処かある種の世界として定着した場所だ。昔話やファンタジー小説に現れる『妖怪の里』も、その異界の一種である。


 当たり前の基礎知識であるが、シェノーラの言っている事に一つ可笑しなところが存在している。

 異界を形成するためには、その世界を存続させるだけの核と、現世と異界を区切るだけの壁がが必要になる。少なくとも、富士の樹海にある異界に掛かる量は、1000年クラスの幻想種か、それに応じた呪物を必要とする。

 ───嗚呼、そう言う事、か。


『なるほど。その1000年クラスの呪物をかっぱらってくればいいのか?』

『正解ぞ。まぁ、これで富士の樹海にある異界は消えるがの、そもそも最近不安定になってきて消えそうになっているぞがな』

『……この際、その異界が消え去る未来は置いておいて。それで、一体私はを持ってくればいいんだ?』


 ようやくその話ができると、シェノーラはこれ見よがしにほくそえんだ。

 それに対して伊織は、嫌な予感という曖昧なものがより現実感を増す。直感ではなく、事実めいた予知。


『──そうぞよな。を何枚かかっぱらってくれば良いぞよな』



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