第059話『特位の魔法少女VS見習いの魔法少女』

 “乙女課”の建物の中にある模擬戦場は、魔法少女同士が強くなるための施設だ。

 と言っても、“ケモノ”に対してだけではない。

 確かに魔法少女は、“ケモノ”と戦う事を求められているのだが、だがそれでも敵は何も“のだ。

 そのための模擬戦場。

 ──魔法少女同士も戦い合い、お互いの力量を高め合っていく場でもあるのだ。



「──さて、そろそろ始めようとするかの」



 あの隊服は羽織るタイプの上着だったのか、前に見た改造和服姿へと美琴は変じる。伊織は初めて見るものだが、如何やら改造和服は和服でも、かなり動きやすさを重視したもののようだ。

 そして、腰に差した二振りの日本刀つるぎ。──既に準備は万全らしい。


「それで。一体どうやって模擬戦をする。前にやった試験の時のようにでもするのか?」

「阿保か。確かに此処にはそれを行うだけの設備があるがの、──それではお主がを出せぬじゃろうが」


 ──嗚呼、納得をした。

 伊織の古い知り合いな上に、彼女でさえそう簡単に倒せない、九重美琴こと魔法少女ミコト。

 壁の向こうに見える、“乙女課”のお偉いさんな皆森賀状。

 それと、その隣に何故かいる魔法少女ガラテア。

 今回の模擬戦は、何も魔法少女グレイとしてではなく、としての実力を測りたかったらしい。如何やら、その辺の情報は涼音はないとして、おそらくは美琴辺りから流れた結果なのだろう。

 本当に、面倒くさい事をしてくれたものだ。


「……それで。まさかと思うけど、態々私が何の理由もなく本気で戦うと、そう思っているんじゃないか? ──まさか耄碌でもしたか美琴」

「阿保抜かせ、耄碌しておらぬぞ。──だからこそ、少々荒療治になるとは思うが、その本気無理矢理にでも抜かせてもらうぞ!」



 ──静寂が辺りを包んだ。




「──見習い魔法少女グレイ。見習いであるが、精々お手柔らかに」



「──特位階3位・魔法少女ミコト。特位に恥じぬ戦いを見せてやろうぞ」




「──いざ、尋常に」



「──勝負ぞ!」




 互いに駆け出した。

 結び合う刀々。

 甲高い、鋼の熱量が辺りに伝播する。



《九重流、椛》



 先に攻へと転じたは、ミコトの方だった。

 流麗の如く河の流れの如く、二振りの剣戟が舞う。

 伊織の対応は、最低限の受け流しに最大限の回避。受けたり受け流したりは、完全なる悪手であるの。もし、まともに受け流しなどで対応しようものなら、受け流しの隙を付け穿たれるか、対応しきれなくなるのがオチだ。



《柳田我流剣術、簪》



 だがそれは、相手も同じ。

 確かに、連続して技を放ち続ければそれは、無敵。

 しかしてそれは、一部の例外を除いて不可能であるのだ。技の継ぎ目には、必ずと言っていいほどに一瞬の隙が生じる。

 そして今回で言えば、相手がかなりの強敵、一連の技故に隙なんて存在しないのだが。

 ──ねじ込むだけの、一瞬の虚空は存在する。


「──っ!」


 流石は、九重流の娘と言った辺り、か。

 若干無理矢理にでもねじ込まれた雷の如くの一閃。

 それをミコトは、回避は不可能だと断じ、二刀の刀にて甲高い金音と共に防ぎ切った。


 そして、先ほどのお返しだと云わんばかりに、弾き飛ばす小太刀『夜空』に小太刀『小桜』による一撃。

 だが伊織も、その程度の一撃を食らう訳もあらず、いとも簡単にそれを避けるのだった──。



《柳田我流剣術、神薙》



《九重流剣術、波浪》



 だが伊織は、それだけでは止まらなかった。

 打ち込むは、前回の人型の“ケモノ”に打ち込んだ、鋭い二撃による斬撃。

 白閃、軌跡を描く鋼の小尾が斬撃の後を追い、それよりも先行するようにソレは刃物鋭く叩き込まれるのだった。


 しかし、それで終わるのなら、柳田本家次期当主候補である柳田伊織の相手が務まる訳がなかった。

 ──ましてや、九重流の娘たる九重美琴がその程度の些事で、終わる止まる訳がない。

 それを示すようにミコトは、伊織の白鋼の如く二撃を相殺するかのように、斬撃を放つ。

 そしてそれがミコトの目論見通りなのか、完全に先の伊織による二撃は互いにぶつかり合う波の如く、無効化されたのだった。


「……。」


「……。」


 ──勿論、ミコトも伊織も、両者共分かっている事実だ。

 これは、仕切り直し。

 相手と相手の実力差を確かめるためだけの、この一連の連撃等に一応の区切りをつけるためだけの、鋼の一閃。

 一種のお遊びのようなものだ。

 ──けれど、お互いの実力を知るに、十分過ぎるほどの剣戟の間であったと言えよう。


「──なるほど。魔法少女になると、《マホウ》によってそこまでの強化がされるのか」

「まぁ儂は、二重詠唱者ダブルキャストじゃからの。その内の一つが“演算能力の向上”。このおかげで、儂の技のキレも半端ないって」

「よく分かったよ。何故、魔法少女が──彼女等が保有する《マホウ》がそれほどまでに特別視されているのか」


 所謂、恩恵ギフトというやつなのだろう。

 けれどミコトは、それに振り回されている訳でもなく、むしろ十全に扱えるだけの練度を積んでいる。

 少なくとも、いきなり強大な力を与えられただけの魔法少女と、そう侮る訳にはいかない。もっとも、その比較対象が九重流の娘たる美琴であるが故に、その前提条件が間違っていると言うしかないが。


 だが伊織は、予想だにしていなかった。

 ──魔法少女の深淵は、まだ此処ではない、と。


「──ふむ。伊織よ、まだお主は魔法少女というものを分かっておらぬようじゃな」

「……──へぇっ。魔法少女はまだ序の口と言うか。──なら精々、その先を見せて貰うぞ」



 ♢♦♢♦♢



 模擬戦場外にて。

 皆森賀状は、己の幸運を噛み締めるのと同時に、ひたりと流れ落ちる冷や汗を感じていた。

 確かに、賀状本人の勘は外れてはいなかった。そもそも、かなり優秀な部類な魔法少女である涼音ことアーチャーの知り合いだとはいえ、野良の魔法少女を“乙女課”へと態々呼び出して誘うなんて、前代未聞の話だ。

 だが、賀状が伊織を一目見た際に感じた、──恐ろしいほどまでに研ぎ澄まされた、まるで刀身の如く。


「(……だがそれも、俺の予想を遥かに超えていたに違いない)」


 魔法少女グレイは、きっと強者であろう。

 そう、賀状の予想では魔法少女アーチャーに匹敵する、それほどまでに優秀な魔法少女な筈だったのだ。

 しかし、それならば目の前の光景は何だ。

 魔法少女という超常的な存在が一般的となった現代でさえ、その世界中の魔法少女の中で10本の指に入るほどの力量を持つ、魔法少女ミコト。そんな彼女がたとえ今だ《マホウ》を一種類だけしか使用していない現状であろうとも拮抗する、野良の魔法少女たる伊織。

 ──賀状と魔法少女ガラテアは今、あり得ない光景を見ているに違いない。


『『──っ!』』


 そんな驚きに満ちていると、──その瞬間感じた戦場が第二段階ツーフェイズを通り越して、最終段階ラストフェイズを至る、その悪寒。

 そして、俯瞰の景色の如く試合を見ていた賀状と魔法少女ガラテアには、今から起きる頂上決戦が理解できるのだ──。


「──っ、まさか! 君はそこまでだと思うのか、彼女伊織をっ」



 ♢♦♢♦♢



 仕切り直されて、少しばかりの時間を浪費した。


 ──戦場の空気が一変した。

 その感覚でしか押して図れない事実は、当然の如く伊織にも分かっている。


「──そこまで言うであれば、見せてやろうぞ!」


 そのミコトの言葉と同時に荒れ狂う、魔力や闘気の類。

 それらが暴風となって、辺りに吹き荒れる。動けなくなるほどではないが、それでも伊織でさえも動きに支障が出るほどの嵐。

 このままでは、伊織の戦闘力は各段に低下をする。


 その事実は、嵐を引き起こしたミコトでさえ、理解できるものに違いない。

 だが、嵐を越えた先にある凪の如く、──静けさを纏う。


「──っ!」


 ──予感が告げた。

 伊織の持つ死線を感じ取る未来視とは違う、純然たる第六感。これは火山噴火前の前触れのようなもの、この静けさも前振りでしかない。

 久しぶりと言うほどではないが感じる、死の脅威。

 そのひりひりとした戦場特有の空気に伊織は、刀を構えるのと同時に──少しだけ笑ったような気がした。




「──土塊に鋼。


 ──其のかいなに燈火を。


 ──幾千幾多の鍛造技法。


 ──今だ、無数を創りけど果ての『一』に至らず。」




 ──世界が変わる、そんな予感。

 しかして、事実めいた第六感。

 世界がまるで創り変えられる、神技にも等しい奥義。


「──っ!?」


 それを感じ取った伊織は、考えるよりも先に駆け出していた。

 駆ける速度は、一足単にて。

 神速の技を以てして、解き放つ。



《柳田我流剣術、第五秘刀・雷光》



「──さぁさぁ、我が世界御覧じろ! ──心象之顕象、“幾度万千の刀塚”」



 ──世界が、変わる。



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 お疲れ様です。

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