第058話『名もない彼女』

 当日、“乙女課”にて──。

 その日伊織は、美琴との模擬戦のために“乙女課”へと訪れたのだった。

 けれど、今回に至っては室長室へと直行したりはしない。一応まだ伊織は部外者的な扱いな上に、今日の行き先はそこではないからだ。


「……」


 そう考えてみると、この光景は伊織にとって初めてのものである。

 何せ、初めて訪れた顔合わせの際には、最短ルートを通ってきたために、ロビー辺りは殆ど使わなかったのだ。態々、野良の魔法少女を“乙女課”に招き入れるなんて、外聞的にも悪いからである。それは、第二次試験においての他の女子生徒の反応をみれば分かる事だ。

 そして、先に挙げた第二次試験においても、確かにロビーを横断する形にはなったのだが、そこにはあまり人はいなかった。何か用事でもあったのだろうか。

 だからこそ、こうした人が行きかうロビーという光景は、伊織にとって初めての光景だった。


 人混みの中をスルスルと、伊織は歩いていく。

 その足取りに、何ら問題はない。

 そんな、人並木の中に隠し進んでいく伊織に対して、彼女も知らぬ誰かからの声が掛けられた。


「──少しいいかな? そこの人」

「……私か?」


 そう言って伊織が振り返ると、何処かの礼服を思わせる服装をしている女性。濃い茶髪でありながら、丸っこい少しぼやっとした瞳を持つ彼女。

 こうして振り返ってみても、当然の如く伊織が知らぬ人であった。

 しかし、向こうの反応を見る限りでは、伊織自身に何かしらの接点があるようで。

 もしかしたら、今日行われる模擬戦の件なのだろうか。


「……やっぱり」

「? やっぱり?」

「あぁ、すまない。以前というか少し前、この町に“ケモノ”の大群が押し寄せてきた事があって。その時貴女を見かけたけど、“乙女課”に確認してみたけど記録がなくて」


 そんな事もあったなと、思い出す伊織。

 だが、今伊織の目の前にいる彼女について、何かしら思い出す事は一切なかった。

 その一方で、予想は付くという話だ。

 おそらくは、一度此処にたどり着いた時にでも、伊織の姿を彼女は見たのだろう。“ケモノ”討伐の際には、他の魔法少女とは碌に会っていなかったから。


 しかし、そうなると、だ。

 何故、伊織の目の前にいる彼女が、態々話し掛けてきたのか。その理由について、検討もつかないほどに不明である。

 少なくとも、“ケモノ”から彼女を助けた訳でもないし、当の伊織も他の行為で誰かしらを助けた記憶がないのだ。


「──それで、私に何か用か」

「いえ、特に用ってほど、何かある訳じゃないけど。でも、あの時の貴女の戦いぶりを拝見しまして、一体どんな魔法少女かと思いまして」


 なるほど。

 確かに伊織としても、第二者目線からは想定していなかった。

 それに、あの時というか戦っている時の伊織は、第三者からの観察を察知する事はあまり慣れていない。基本としては、不意打ちなどを起点とした、殺気や闘気を彼女は特に察知できるようにしているからだ。


「………。それでどうだ? 実物を目の前にして。期待外れでもしたか?」

「いえ全然。それよりも、正式の魔法少女ではないのですね」

「まぁな。元は野良の魔法少女、今は正式な魔法少女になるために追試中といったところだ」

「……不思議」

「不思議、だな」


 とはいえ、伊織が《マホウ》を虚偽報告というか適当に誤魔化していたのは、流石に不味かったと言えよう。

 だが、そんな事実をぺらぺらと喋る訳にはいかない。

 詰まる話が、伊織の評価としては能力としては問題ないが、素行に問題があるという。とある職種の人からすれば、頭が痛くなる人種なのだ。


「……いたのぅ」

「──補足」


 その瞬間──いやより正確に言うとなれば少し前に、当たり障りのない雑談や行きかう連絡事項。それらが互いに交差をして、ジェンガの如く奇妙な調和を作り出していた。

 それが消え去ったのだ──。

 理由は此処からでは分からずじまい。

 だがしかし、伊織にはある程度の予測が立てられるほどの要素が、予め用意されているのだった。


「……やっぱり、ミコトとあとは……、誰だっけ?」

「──魔法少女ガラテア」

「あぁそうそう。ガラテアさんだ」


 そう、伊織が言うように、彼女の目の前には美琴と本名は知らないが魔法少女ガラテアが、そこに立っていた。

 しかして、その二人の彼女の服装が、少しだけ驚く物だった。

 いや別に、予想は出来るだけの要素は揃っていた筈なのだ。だが伊織は、その要素などを不必要なものだと、そう判断してしまった。


 ──紺、それも黒よりの。

 きっちりとした礼服は、上着とズボン。一瞬伊織には男性用にも思えたのだが、よりじっくりと見た後ではおそらく女性用なのだと判断できる。

 そして、そんなにじっくりと見ていれば相手方を気付くのは当たり前で。

 ──にやりと、ミコトの表情が変わったような気が……、いや絶対確信犯だアレ!?


「良いじゃろぅ、良いじゃろーっ。正式な魔法少女になった際に貰える隊服じゃて、通気性防寒頑丈性、どれも優れておっての」

「隊服。……礼服の類じゃないのか」

「……礼服かの。前にこれと一緒に貰ったがの、態々あんな動きづらい物、着る訳がなかろうて」


 確かに、正式な魔法少女用に用意された隊服だと考える事ができるのだろう。

 前にあった“ケモノ”による攻勢の戦闘時にも、他の魔法少女等が着ていた筈。隊としての一体感なども考えれば、そうあり得ない話でもない。

 何せ魔法少女とは、人を喰らう“ケモノ”等を倒す者の名である。

 だが、魔法少女と言えど、“ケモノ”の物量の前には敵わない。

 故に、隊という形で運用する事で、数万という“ケモノ”の相手を取る事を可能としているのだ。


「(……というか、一体どんな仕組みになっているんだ? 心象礼装を脱ぐ訳にはいかないし、上着にでもなっているのか?)」


「知り合い、なんですね」

「まぁ私の古い知り合いってところかな? ガラテアさんの方はこの前が初めてだけど」

「……」


 ちなみに、伊織が魔法少女ガラテアにさん付けをするのには、何か大きな理由が……なかったりもする。所謂、呼びやすいから『ちゃん』や『君』を名前の後ろに付けるのと、大体同じである。

 だが、美琴に関しては呼びやすいかそれ以前に、伊織としてはそう呼ぶ事は、彼女自らのプライドが許さない。

 巷では、プライドなんて碌でもないと言うのかもしれないが、正規の手段で勝ち取ったものであればそれは誇りであり勲章だ。それ自体もくだらないものだとそう断ずるのかもしれないが、伊織としてはくだらないものではない。


「っと。そうそう、もうそろそろ模擬戦を始めるからの。付いてきてくれないか」

「えーっ、まだ時間早くないか。正確な場所は私は知らないけど、そこまで掛かる距離でもないだろ」

「良い場所を取りたいじゃろ。時間ギリギリに行ったとしても、貧相な模擬戦場しか残っておらぬ事もあるからの」

「なら、先に取っておけよ、それくらい。──それじゃ、またな!」


 そう言って伊織は、ぶつくさ文句を言いつつも美琴と魔法少女ガラテアの後に付いて行くのだった。

 その足取りは、あまりよくはない。

 確かに、伊織の訓練相手になれる数少ない一人であろう、美琴は。

 だがしかし、こうした何かしらの裏事情が絡んだ中で模擬戦を行うという事は、たとえ伊織でなくてもあまり気乗りしないものだろう。


「……そう言えばさっきの人、名前を聞き忘れていたな。私もだけど」



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