第057話『さすさす。さすとーん』

 夕食を食べ終えた。

 そして伊織は、皿洗いへと取り掛かる。


「~~~~♪」


 基本的に、食事を作る係がフレイメリアで、皿洗いが伊織の担当だ。

 まぁ、料理が致命的に出来ないところはしょうがないとして。

 本来は皿洗いなどの後片付けも、フレイメリアが担当する筈だった。何でも、料理とは後片付けまでが料理だとか、手を煩わせる訳にはいかないなどと、あの手この手で伊織の手を借りる事を遠慮していたのだ。

 だが一方で伊織も、食事を作るという行為は自殺ものだとはいえ、その工程全てをフレイメリアに任せる訳にはいかない。

 この申し出がフレイメリアにとって、あまり好ましくない事だったら、伊織も遠慮していた事だろう。だが、そこまで本気ではない様子から、するりと伊織は自らの役目をもぎ取ったのだ。


「そう言えば、姉ちゃん。……これって姉ちゃんの事」

「ん?」


 いつの間にか隣に来ていたフレイメリアが指さす、スマートフォンの画面の中の文面などを、伊織は覗くようにして見るのだった。

 というか、伊織よりもスマートフォンを使いこなしていないのだろうか。

 少なくとも伊織は、ツイッターは碌に使えないだろうし。



『なぁ、最近現れた新しい魔法少女を知っているか?』


『興味ない』


『聞けって。あれは数日前の事なんだけど、俺は不幸にも“ケモノ”に襲われてさ。いやほんと、怖いのなんの。なんか他の人から聞いた話だと別に怖くないと言うけど、絶対あれは嘘。正直、ちびりそうだった』


『早く本題を話せ』


『嘘乙。前に“ケモノ”に遭遇した事があったけど、そんな言うほど怖くなかった』


『と言いつつ、実際は気分でも悪くなったりしただろ。それで話の続きなんだけど、そんな“ケモノ”に襲われてて動けない俺のところに救世主が現れたんだ』


『そんなん見ているんだったら、さっさと逃げろよ』


『腰が抜けてて、碌に動けなかったんよ。それで、その救世主、いやもう魔法少女でいいか。髪は黒色で何処にでもいそうな魔法少女なんだけど、滅茶苦茶かっこいいんだ。なんか、羽織なんか着ていて、なんて言ったらいいんだろう』


『そんな事言われても分からない。その魔法少女とやらの写真を上げろよ』


『ほい』


『結構かっこいいな。宝塚系とやらか』


『あぁ。それだそれ』


『“乙女課”のサイトで探してみたのだけど見つからなかったんだけど、もしかして野良の魔法少女か?』


『野良の魔法少女とか、最低じゃねーか。アイツ等、自分のやった事に責任を感じてねぇ、ただのキッズだし。前に俺の知り合いも、ソイツに愛車を壊されたとか言っていたし』


『そんな奴と同じにするなよ。“ケモノ”の討伐報告を見れば……ねぇな』




 ──……。




「……」


 伊織は、絶句した。

 これ以上ないってほどに簡素化された表情で、ネット上で繰り広げているやり取りを、当の伊織は見ているのだった。


「これは……、私の事……なのか?」


 伊織としては、何度も噂話の話題に挙げられた事なんて、両手の指では数えられないほどにある筈だ。

 例えば、好きな人についての話題を出された事もあった。実際は、伊織にそんな男性相手がいる筈もなく、特にやましい事もなくて何とも思わなかったけど。


 だが、これはどうしたものだ。

 流石の伊織としても、行動の端々についての感想をこうも書き並べられると、………こうも恥ずかしいのか。

 少しだけ伊織は、自分でも気づかないぐらいに紅葉した頬を、そっと掻くのだった。


「……! あぁ、止めだ! こうも自分についての感想を見せつけられると、恥ずかしくなるから!?」

「あとですね。他にも姉ちゃんの話題がちらほら……」

「あーっ! よし!御飯も食べたから、そろそろ風呂にでも入るかー!」


 そう言って伊織は、妹のフレイメリアしかいない理想的な空間だというのに、脱兎の如く逃げ去るだった。

 ………。急いでいた故に、その途中で着替えやタオルを忘れていた事は、内緒だという事で。



 /5



 ──ちゃぷん……。

 水音が、狭い浴場に木霊する。

 伊織が丁度、湯舟の中に体を沈めたタイミングと同時であった。


「……」


 先ほどの事を思い出す。

 そのせいで、少しだけまた紅葉してしまっているが、それはきっと、湯に当てられたという事にでもしておこう。

 それよりも、内容だ内容。

 伊織自身、己の行動には責任が生じるのだと、常々思っている。最近忘れそうになるが、一応彼女自身の数ある令嬢の内の一人で、その発言力は並の一般人のそれを大きく上回る。単純小さな行動一つで、問題になるかもしれないのだ。

 だが、貶される事はあっても、ちやほやされる事はまずない。

 慣れない他人からの評価故に、伊織自身が少しだけ恥ずかしい思いをしたという事は、しょうがない話なのだ。


「──っ、いや。そんな事よりもっ!」


 それよりも先に、伊織には考えるべき事柄が存在している。


「……帰り道に涼音が言っていた、美琴とも模擬戦。ああは言ったけど、どう考えてもがあるよな、絶対」


 これは自負であるのだが、そう簡単に伊織自身を相手取る事ができる魔法少女が、そうホイホイといるとは思えない。たとえ、彼女自身が《マホウ》を使えない魔法少女としては欠陥的だったとしても、──伊織が弱くなる訳ではないのだ。


 故に、という訳ではない。

 けれど、“予感”としてそこにある。

 別にこの梓ヶ丘に駐在している魔法少女は、何も涼音や雫といった伊織の知り合いで構成されている訳ではない。前の事件にて、話した事はないのだが、複数人の魔法少女を伊織は、見かけた事があるのだ。

 その中から、伊織と同等ぐらいの魔法少女を模擬戦相手とした方がいいのだろう。

 その方が、記録を取る上でより正確なものが手に入る筈だ。


「(……という事は、私と美琴をぶつけ合う事で、限定的な利益を得ようとしている? 美琴の奴が知っている事と言えば……。──っ!)」


「──っ!? ぅぇ、っげほげほっ」


 いつの間にか、湯舟に沈んでいたらしい。

 一応、湯舟の中のお湯を飲むという恥ずかしい行為はしなかったが、空気を吸わなかった事による酸欠状態に陥っていたようだ。おかげで、あと少しで湯舟の中で溺れるという、先の行為よりも恥ずかしい目に会うところだった。


「……はぁっ。……はぁっ。……はぁっ」


 息を整える。

 こういう時に、案外この丈夫な体が役に立つというものだ。


「……」


 ──さすさす……。


 ──さすとーん。


 ただし、貧乳だけは勘弁してほしいと、当の伊織は思うのだった。



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