第046話『撤退戦・魔法少女ミコト』

 思ったよりも状況は芳しくない。

 それは蓮花が思う、今現在の状況についての話だ。


 蓮花はそれまで、“ケモノ”には一体ずつしか出会った事がない。いや、二体ぐらいまでは会った事がある気がする。

 だが今蓮花の目の前に広がるのは、嫌な意味での壮観過ぎるほどの“ケモノ”の群れ。少なくとも、十や二十は超えている、そんな状態。

 そしてこれは、凪と雫の話を聞くに、不意の危機的状況らしい。まぁ、この数の“ケモノ”がポンポン出現しようものなら、この梓ヶ丘と言えど人口面も金銭面も閑古鳥が鳴く羽目になるだろう。


「(……伊織さんに多数の敵を想定した訓練を施してもらって、本っ当に丁度良かったです)」


 そして、蓮花自身だけの不幸というものは重なるようで、この場にいる魔法少女は誰も他に前衛を張れる人がいない。烈火とティファニーは勿論の事、凪と雫も前衛を張れない後衛職であるのだ。

 それを言うなら、蓮花自身もあまり近接戦闘は得意ではなく、それどころか運動自体が苦手な部類だったりする。


「───、凄っ!」


 ──だが、現実としてはどうだ。

 此方のB班も伊織たちのA班と同様の選択肢を取ったのだが、それは伊織と涼音によるコンビがいたからこそ、あそこまで強引な選択肢を作り出した。

 しかし、此方にはあれほどの前衛を務められる魔法少女はいない。



《柳田流杖術、胡桃割り》



 ──如何にも、魔法少女らしいひらひらとした服と杖が、血濡れの戦場にて舞う。

 垂れる口を開き襲い掛かってくる“ケモノ”。それを蓮花が振り向きざまに一閃、顎の骨が砕ける鈍い音が聞こえる。

 そして蓮花は、止めと云わんばかりに杖の鋭い先端にて、心臓に当たる部分を突きさした。


『菟ォォォォ』


 迫りくる二体目。

 危なげあって“ケモノ”を弾き飛ばすと、蓮花の背後から飛び交う圧縮水弾と不可視の刃。幾つもの風穴を作り出して、止めと云わんばかりにソレの頭部が跳ねとんだ。

 多少無理している感があるが、それでもつい最近伊織に教えて貰ったでは納得できない近接戦闘技術。

 勿論、各自への《マホウ》によるバフを忘れてはない。


「──、っと」



《柳田流杖術、流麗水打》



 そして、三体目。

 完全にフリーな状態なら、何ら問題はない。

 その“ケモノ”の爪を蓮花の持つ杖にて受け流すと、そのまま一転。攻撃を受け流した事による加速力を持ってして、彼女は杖を振り抜いた。

 ───鈍い音。何度かのバウンドを経て、その“ケモノ”は地面へと倒れ伏した。


「(……、伊織さんのようには上手くいきませんね)」


 まぁ、そこまで出来たら苦労も失礼な話である上、そこまでの成果を蓮花自身期待はしていないのだけど。

 それでも、蓮花の武芸の実力は、練度に掛かる時間を考えれば相当に優秀だと言える。初歩の初歩だけを教えた現段階ではあるが、それでもその成長速度はあの伊織を凌駕しているのだ。


 ──早熟の天才だと、呼べばいいのだろうか。

 だが、物事は現時点で評価される。過去の出来事なぞ、今現在を評価する要素を構築するためのパーツでしかない。

 つまる話が、今現在というものは過去というピースの積み重ねで、後はどう見せるかというデコレーション。

 実際、柳田家次期当主と目されている伊織でさえ、昔はそれほど強くなかったどころか弱かったなんて。あり得ない類の笑い話だ。


「──鈴野さん。そちらは後どれくらい持ちますか?」

「凪さん。此方は後、もう五分も持ちそうにもないです。ぶっちゃけ、もう限界です」

「そう、ですか」


 ──現実が、そこにはある。

 蓮花は、自分の力量を把握した上で、ここまでやって来れた。その実、彼女自身の自己評価はを除いて間違ってはいなかった。

 そう、蓮花は自身の能力値については間違っていなかった。

 間違っていたのだとするのならそれは、鈴野蓮花という個人ではなく、人間には誰しも限界が考慮に入っていなかった。


 誰しも限界がある。それは当たり前の事実だけれども、それと同時にとても曖昧なものであるのだ。

 蓮花は伊織に武術を習ってからそれほど時間が経っておらず、実力ではなく経験が足りていなかった。それ自体は一朝一夕でどうしようもない要点であるのだが、こと理不尽が雨あられに降り続いている戦場では、そんな言い訳通用しない。


「──、っ」


 “ケモノ”の群れを前衛にて此方有利に相手取る蓮花の表情が、何故か歪む。

 何故と言うが、それはとても簡単で分かり切っていた事だった。

 目の前に迫る複数の敵の撃破順位を選定して、数少ない経験でソレ等を倒す。勿論、他メンバーへの《マホウ》による強化を忘れてはならない。


 もう既に、蓮花自身の精神は消耗限度を超えていた。

 先ほどからの頭痛は鳴りやまないし、視界のくすみも酸素を新たに取り入れたところで変わらない。手足の感覚が徐々に失われてきて、思考に深い靄が鬱蒼と掛かり続ける。

 だがそれは、蓮花もいつかは起きるのだと覚悟はしていた。

 しかし、これほどまでに早いとは思ってもみなかった。


「──、ぁっ」


 反応が遅れた。

 今しがた蓮花は、目の前にいた“ケモノ”を吹き飛ばしたのだが、それに交差するようにソレは襲い掛かってきた。

 別に、何かしらの秘策があった訳ではない。

 蓮花自身の精神が蒙昧した、当然の結末に過ぎない。


「鈴野さん──」



《柳田流体術、杭打》



 顎を叩き割るような、一閃。

 骨が砕けた感触を蓮花はその身で味わいつつ、返す足で威力よりも反動を目的にしたハイキック気味な蹴りが“ケモノ”の胴体へと突き刺さる。筋肉が軋み、悲鳴を上げる。

 そして、蓮花からその“ケモノ”が離れたのを確認したのか、鋼の杭が幾つも突き刺さる。


 蓮花が間一髪のところで助かった。

 ──ただ、それだけの話だ……。


「(──不味い、ですね!? 元々、鈴野さんに負担を掛け過ぎていた負債が、今来てしまうなんて!)」


 そう、ただそれだけの話。

 ただそれだけの話が、凪たちに重く現実としてのしかかる。


 前衛の蓮花は、──今は頑張っているがそれももう限界。それどころか、もう頑張っているという執念も尽きかけようとしている。しかし、彼女が皆に撒いている《マホウ》によるバフが、この班の死線を潜り抜けないようにしているのもまた事実なのである。

 一方で、同じく第三次試験を受けているというか、今では体を成していない烈火もティファニーも、かなり消耗している。確かに、重大な任務を二役こなしている蓮花と比べればまだ余力が残っているが、それでも初の実戦による精神負担の度合いがかなり高い。

 そして、凪自身と雫も、かなりの消耗を強いられている。《マホウ》を使う度に軽く眩暈を起こすし、うち漏らしを重点的に排除しているために精神的に消耗も激しい。


 正直な話、伊織がどういった《マホウ》を保有しているのか知らないが、涼音には此方の班に来て欲しかった。……いや、試験官として凪と雫は配置されたためにそんな希望的観測はまずありえないのだが、そうあって欲しかった。



 ──いや、今はそんなを考えている暇ではない!



「──鈴野さん。一度後衛に下がってください! それまでは私たちが前衛を維持します!」

「でも凪さん。私が抜けたら──!」

「そこは何とかします」

「……分かりました。でも、バフは任せて下さい!」


「烈火さん。まだいけますよねそうですよね。貴女の《マホウ》による弾幕で、どうにか前衛を維持していてください」

「いぇ、私もそろそろキツイと思い……」

「それなら大丈夫です。そこは、雫にも加勢してもらいますから」

「分かりました、凪」


「ティファニーさん。貴女にはこれまで通り、後衛にて敵を広範囲で仕留めて行って下さい」

「了解しましたわ!」

「ですが、先ほどよりも人員が減っていますので、──もっと頑張ってもらいます」

「……、はい」


「勿論私は、うち漏らしや指揮に尽力します」




「──皆さんで、生き残りましょう!!」




 そう、このB班の役割再配分の上で、凪は皆に発破を掛ける。

 正直な話、“乙女課”としてはこの役割を蓮花に担って貰いたかったが、この消耗では無理な話だ。


 ──戦況が立て直される。

 先ほどまでの窮地。彼女等は何をすればいいのか分からなかったが、ある程度の行動指針ができた事により、危なげなく事を進む事ができている。勿論、不意の事態があれば、その時その時に応じて指揮を預かる凪が修正つもりである。

 ただ、忘れてはならない。

 此方の戦力は、もう底を尽き掛けている。

 今現在は、どうにか誤魔化しているに過ぎなくて、もう既に消耗戦に突入している。


 とはいえ、やるべき事は変わらない。

 決死の覚悟を胸に。足は前へと踏み出すのだった。

 彼女達はどうにかして、この“ケモノ”により包囲網を抜けなければならないのだ。

 そうしなければ生き残れない。

 ──あの暗闇だけは、何もないところは嫌いなのだ。


 

  /12



 それから、幾らか時間が経ったのだろうか。

 時間の経過は、もう分からない。数分が、それとも十数分か、それ以外かもうどれかも分からなくなっていた。

 ただただ、何時終わるのかも分からない時間の流れが、目の前に聳え立っている。


 そう、彼女等は今だ“ケモノ”の包囲網の中にいる。

 たとえ、蓮花の《マホウ》によるバフがあったとしても、突破力に欠けるB班では包囲網の突破は困難を極める。





「──ほぅ。実力は足りずとも、その気迫。中々のものじゃな」



 ──足音がカラカラと聞こえる。

 彼女はまるで、武芸者のようであった。

 シルエットを隠すほどの黒い着流しに、腰に差すは数振りの太刀。そのどれもが一級品の刀工による一品。そして、彼女の立ち振る舞いは、悠々としつつもどこか隙のない足取り。“ケモノ”がいるにも関わらず、その足運びは健在なようで。

 一瞬だけ柳田伊織を思わせる振る舞いであるが、彼女の心象礼装は羽織であって着流しの類ではない。それに、からんからん鳴る下駄ではなく、運動性を求めた軍靴であった筈だ。


「──ぁっ」


 朧げな思考が少しだけ晴れ渡り、そこで蓮花は彼女が伊織ではない事を確信する。

 いやまぁ、伊織たちの班も“ケモノ”の襲撃を受けている可能性を考えると、そんな事なぞあり得る筈がないのだが。それでも、選択肢の中に彼女の名が出て来るという事は、それだけ信頼しているという事か。


『絵モ野、絵モ野』


 そして、当然と言えば当然の話なのだが、近くにいた複数体の“ケモノ”が当の彼女に向かって襲い掛かる。

 “ケモノ”には、人類を殺す事が至上項目で、それにたとえ彼女が殺気を放っていたとしてもそれは変わらない。そもそもの話、危機察知能力なぞは備わっていないのだから、当然と言えば当然なのだが。

 ───そう、殺気。前に蓮花は伊織に軽く見せて貰った事があるが、それ以上の悪寒と硬直を覚える。

 であるのならば、それらの“ケモノ”の末路。日の浅い蓮花にでさえも分かり切っていた事だったのだ。



《■■流剣術、■■■》



「──っ!」


 そして、次の瞬間──彼女に襲い掛かった“ケモノ”の体がバラバラに切断される。

 蓮花はその技の美しさにも息をのんだのだが、それ以上に彼女が抜いたその瞬間が見えなかった事に驚愕した。


 蓮花は理解できなかったのだが、もしもこの場に伊織がいたのだとしたら、明白たる確信を持ってして答えるのだろう。

 彼女が鞘から抜く刀身が見えないほどに、抜刀が速かったのだろうか。

 いいや、抜く速度はそれほど速くはない。伊織の抜刀速度はそれに比例するが、彼女の抜刀は如何やら自然なのだ。抜いた事に気付かなかった、とでも言えばよいのだろうか。

 そして、伊織でさえも来栖の時と同じような、研ぎ澄まされた感覚へと至る事だろう。

 それほどまでの、剣技の名手、だという事だ。


「──魔法少女ミコト」

「ほぅ。儂の名を知っておる者もおるようじゃな。それだけ儂の名が広まった結果じゃな」


「(……)」


 実は知らないなんて、蓮花は言えそうにもない。下手をすれば、この距離でも彼女自身の首が飛んでしまうそうだ。

 とはいえ、このまま話を続けられて此方に話を振られるのも、同様に避けたい話。

 鈍る思考をフル回転させ蓮花の出た結論が、魔法少女ミコトを持ち上げる感じで、先ほど知っているような口ぶりをした凪に対して聞くしかなかった。


「あの、魔法少女ミコトとは、凪さん」

「そうでしたね。彼女は第三次攻勢計画の中心メンバーだった、皆から畏怖と敬意を以てして、“帰還者リベンジャーズ”と呼ばれている魔法少女です」


 その話なら、蓮花も聞いた事がある。

 あれは確か、伊織の意識が別の何処かへと向かっていた時の話だった。

 人類は、“ケモノ”による攻勢で地球上の領土と数億人単位の人間の命を失うに至った。しかし、それでも攻勢は終わらず、人類滅亡がありないと断ずる事ができないほどの劣勢。

 その暗黒の時代の中でなんやかんやあって魔法少女が生まれたのだが、各個人の力だけで人類の戦線を押し返すのは、当然の話と言えば当然の話無理であった。

 そしてその結果、今だ力を残している先進国同士が同盟を結んだ、『7ヶ国同盟』。

 その同盟の人類攻勢による第三次光景計画の主力戦力であった日本の魔法少女を、彼女等は畏怖と敬意を込めて“帰還者リベンジャーズ”と呼ぶのだ。

 まるで、再び地獄へと、自らの足で戻ってきたとでも言うように──。


「うむ。その通りである。儂こそが“帰還者リベンジャーズ”の内の一人たる、魔法少女ミコトじゃ。休暇のために此処最近は梓ヶ丘におったのじゃが、賀状の奴に頼まれてな。安心せい。儂が“乙女課”までの道のりは保証してやるからに、遠足気分でも味わうがいい」


 死山血河の遠足とは、これ如何に。

 とはいえ、ミコトがそう言うのだからそうなのであろう。

 ──その殺気、いや今は闘気か。ソレがそう言っているように、蓮花は朧げながら思うのだった。



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 お疲れ様です。

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