第045話『撤退戦・魔法少女ガラテア』


「あぁ、畜生! これ絶対に試験どころの話じゃないだろ!?」

「……伊織さん。前に出過ぎないで下さい」

「とは言ってもな。このままだと、コイツ等に包囲されかねないぞ!」


 ──考える限り、最悪の現状である。

 確かに、伊織たち四人はあの後、“ケモノ”が出現したと思われる場所へとたどり着いた。

 だが、そこに至るまで、何故か逃げ惑う人の姿が妙に多かったのを覚えている。不意の非現実的な出来事に現実との認識が合わない事による擦り切れて逃げ出す事もあるのだが、その数が平時と比べて恐ろしいほどに多いのだ。

 その事実に、試験官たる涼音も怪訝な表情を浮かべた。

 と言っても、伊織たちは現場に行って“ケモノ”を討伐する必要があり、現場に行って行う事はそう変わりないのだ。


「──三時の方角。敵増援を視認!」

「あぁまたかよ、畜生!? これまで何時まで続くんだよ!」


 しかし、そんな考えが甘かったのだと、現場に到着して伊織と涼音はその認識を改めるのだった。

 少なくとも、五十を超える“ケモノ”の群れ。前に伊織は鎧武者のケモノとその軍勢を一人で相手取った事があるのだが、明らかのこの場にいる“ケモノ”の数はそれを超える。


「(数が、──多い! 私と涼音の機動力ならどうとでもなったものを、がいる以上にはそこまで全力で掛かれない)」


 足手纏いと、伊織は心の中で杏と優子をそう称してしまったのだが、実際問題最低ながらもその通り。

 この選択を人は、冷酷な人だとか冷ややかな視線と態度を向けるものだが、それは平時において通用する理屈だ。少なくとも、戦場を知り戦場にいる者ならば、心の中限定の足手纏い程度の荒い言葉は窮地であれば、そう指摘されるいわれはない。

 それ故に、油断は実力が同じぐらいの魔法少女同士で小隊を作るのが通例だが、──。

 本当に、危機的状況というものは、不意に現れるものだ。


「……なぁ、涼音。矢の方はあと残り何本だ」

「筒が一本と少しですね。元々私は、機動戦を得意としているのは伊織も知っているでしょう。そのため、あまりストックは持って来てないです」

「──そうか」


 筒が一本と少しという事は、おそらくもう少しだけ防衛線は対処できる。

 それに、たとえ涼音の矢の在庫がなくなったとしても、彼女の体術なら両種程度の“ケモノ”なら十分に対処も出来るし、撃破も可能だろう。


 ──だがそれは、問題の先伸ばしでしかない。

 未来を前借りした報いは、予想外に早く伊織たちに降りかかる筈だ。


 しかし、そうは言うが、案外このまま伊織たちが防戦を続けていれば、その報いの前に人死にが出るのも時間の問題。

 時間は過ぎ去っても、その労力は支払い続けなければならない。

 それは現実の常である。


「それなら、──走るのは得意、か?」


 なればこそ、今その嫌な時間の流れを止める必要がある。

 唐突に突然にと伊織が言った事がいまいち分からない杏と優子は少しぽかんとした表情であったが、なんとなくは理解できた涼音は少し無謀だと思いつつも出来るのだという確信を持っていた。

 ──如何やら本当に、走る事になりそうだ。


「え、えぇ。一応走るのは苦手ではないですけど」

「わ、私もです」


 了承の弁は貰えた。

 その事実に伊織は、少しだけやる気に満ちた口角がつり上がる邪悪な笑顔をした。

 ただ、これは伊織も知っている事だが、まだ試験官な涼音からまだ了承の言葉を貰っていないのだ。たとえ、多数決の理論に基づいて推し進めたとしても、内容は予めに伝えておくべきなのだろう。


「──じゃぁ、私が“ケモノ”たちを蹴散らして道を作るから、三人はその後付いてきてよ」

「「──、えっ!?」」


 正直言って、杏と優子は肩透かしを食らった気分であった。

 先ほどの伊織の子区画の釣り上がった邪悪な笑顔を見るに、もっと無理難題を押し付けられるのかと思っていたのだが、実際はどうだ。ただただ走るという行為だけな上に、障害物は先行して取り除いてくれるという、至れり尽くせりと言えよう。


「(……、はぁっ)」


 その一方で、涼音は伊織の事を知っている。

 知っているからこそ、こうも溜息をつきたくなるというものだ。

 だが、現状このメンバーで“ケモノ”の包囲網を突破できるとしたら、残念ながら涼音自身は候補に上がらず、確実性があるのだとしたら当の伊織なのだろう。

 とはいえ、伊織のペースに追いつけなくて包囲網の中に置いて行かれる展開なんて、避けたい話であるのと同時にかなりあり得る話だ。

 故に、三人と伊織が言った以上は、結果的に涼音自身が殿を任させる羽目になるだろう。


「……、分かりました。では、杏さん優子さん、──死ぬ気で、いえ死んでも走って付いてきてくださいね」

「「──えっ!?」」


 先ほどの杏と優子の反応が下振れの予想外の出来事に対するものであれば、今回の二人の反応は上振れの予想外の展開のものである。

 ──だが、待ってはくれない。

 それに対して涼音は、自らの気を更に引き締める。

 そして、涼音の了承の言葉を確認した後、伊織は一歩前へと足を踏み出した。



 ──その瞬間、地面が弾ける。



 《柳田我流剣術、白疾風》



 ──それはまるで、台風一過のようであった。

 寄るもの、近づくもの全てを薙ぎ払っていく、暴虐の嵐。

 飛び交う“ケモノ”の血飛沫は、一時の絵画を作り出していた。


 別に、今現在進行形にて伊織が蹴散らしている“ケモノ”は、そう弱くはない。確かに、“ケモノ”の分類として弱めな両種ではあるが、それでも基本的に魔法少女と“ケモノ”は同数にて戦うのがセオリー。

 通常の実弾兵器が効かない魔法少女と言えど、“ケモノ”の攻撃は爪で木を裂くよりも易し。簡単に、肉身から鮮血を撒き散らす事になるだろう。

 ただ例外として、歴戦の魔法少女という者は、複数の“ケモノ”を相手取ったりするが。


 だが、そんな歴戦の魔法少女と言えど、この光景には驚愕しか覚えない。

 少なくとも、“ケモノ”との戦闘は報酬あれど生きるか死ぬかであって、こんな無双のような状況なぞ、そうそうある話ではないのだ。


「──、っと」


 心臓を一突きにて絶命させた伊織の隙を付くように、狼型の“ケモノ”が襲来する。

 残念ながら、死体から太刀の切っ先を抜くのにほんの少しだけ時間が掛かるし、それに無理矢理にでも死体が突き刺さったままで薙ぎ払う事も可能だが、生憎と当の伊織が携えている刀はであって、どれだけか続く“ケモノ”との戦闘を考えれば避けたい話だ。

 なればこそ、一体伊織はどうするつもりなのだろうか。

 バックステップと同時に“ケモノ”の死体から刀の切っ先を抜いて、それから襲来してきた方を切り刻むつもりか。

 いや、──。



《柳田流体術、五刺・派生技》



「──あぁ、うざい。順番はしっかり守れよ」


 そう、まるで雑事でもこなすかのように、伊織は低く呟く。

 牙を濡らして襲い掛かる狼型の“ケモノ”の喉から掬い上げるようにして掴むと、そのままアスファルトの地面へと叩きつけた。それをただの暴雑な一撃だと思う事なかれ。当の“ケモノ”を叩きつけたアスファルトの地面は、まるで蜘蛛の巣のように亀裂を走らせている。

 勿論、絶命を果たしたようで、痙攣を繰り返した後に動かなくなった。


『他ス毛テ、他ス毛テ』


 その一瞬が、伊織にとっては十分過ぎる時間であった。

 伊織が“ケモノ”の死体から刀を抜き取ると、そのまま流れるように振るう。

 そして、あっけがないほどに首が跳ねとんだ。


『──唖、唖ァァァァ』


 しかし、その背後。

 先ほどの“ケモノ”やそれまでに倒した死体を使って、上手く隠れ潜んでいた奴が期を見て襲い掛かってくる。普通なら簡単に気付くのだろうが、死山血河のご様子で少しだけ伊織の反応が遅れた。

 とはいえ、無双をしていようとも安全マージンは取っているようで。

 だが──。


「……何だ。私がその程度でやられるとでも? 涼音」

「なら、もう少しだけ背後にも気を配ってください、伊織。折角、ボクを殿に置くのだから、それなりの成果を」

「分かっている、分かっている。──ほんと、カレンあいつの時にも見たけど、相変わらずの強弓だな」

「とは言っても、弾数はあるのだけどね」


 本当に、ただ矢を飛ばしている技法とは思えないほどにね。

 実際、先ほど伊織の背後から襲撃してきた“ケモノ”なんかは、頭蓋骨があるかは知らないが、見事に砕け散っている。それも、肉塊が四散しているのだから、その威力は押してしかるべき。

 しかも、今現在は涼音が殿を引き受けてくれている上に、彼女の武器は和弓よりも少しだけ小型な弓術である。

 つまる話が、伊織の危機とやらに反応をして、振り向きざまに和弓による、“ケモノ”の頭部を四散させるほどの剛射。本当に、たとえ伊織とても恐ろしくもある、強弓だことで。



 ♢♦♢♦♢



「──、凄っ」


 それらのどこぞの無双ものを思い出される現実的風景に、杏は意識せずとも言葉が漏れ出した。一方の優子も、驚愕のあまりに声が出なかった。


 杏と優子は、魔法少女を間近で見た事がある。

 ──だがそれは決して、伊織や涼音のようなとしての魔法少女ではない。ただ、身近な人が戦ってくれている、人間としての強さを感じさせるものだったのだ。

 しかし、今はどうだ。

 目の前にいる見習いと正式な魔法少女は、杏と優子の見たあの時助けてくれた魔法少女を軽く凌駕していた。それはもう、天と地ほどの差というべきか、それとも絶望的な差というべきか。

 杏と優子は、目の前で起きている事が殆ど分からない。

 ただ分かっている事があるのだとすれば、──私たちはきっとだという事だ。




 ──突然、爆破。



「──っ!」


 皆の思考が一点に集まる。

 一瞬、何が起きたのか。

 此処にいる彼女等には、何が起きたのか分からなかったのだ。

 そもそもの話、目の前に今だ広がる“ケモノ”の群れは、その殆どが弱めな丙種に分類されるものばかり。確かに、中にはその分類の中でも比較的弱めな乙種の端くれなやつもいたのだが、それらの“ケモノ”に、爆破なんて高等技術を使えるやつはいない。

 もしも、“ケモノ”の分類を参考にするのだとしたら、ソイツは恐らく乙種として何ら可笑しくないレベルのものだ。いや、それは最低ラインであって、それ以上の可能性がある。


「(……一体誰ですか。この辺りは確か、巡回ルートから外れていた気がしますけど)」


 彼女等の中で、今回の第三次試験の概要を知っている涼音は、ふと怪訝な表情を浮かべる。

 そもそも、“ケモノ”が敵意であれ殺意であれ、反応を示すとなれば人間だけだ。他の生き物───例えば、犬や猿といった生き物などには反応しない。

 となれば、先ほど爆発があった高いビルの何十階か辺りには、誰か避難が遅れた人がいたのだろうか。

 残念だと、そう思うしかない。




『──目標対象者、発見』




 だが、如何やらその予想は不可思議なほどに外れるのだった。

 魔法少女や魔術師、それに人類の敵たる“ケモノ”が同世界に存在するという混沌としたものであるが、──それは驚くほどにであった。




 ──人形。

 彼女らしき人?を表すのに、一番適している言葉なのだろう。

 確かに、実際会った人の中でまるで人形みたいなだとかの感想を抱く事があるが、ソレは今までの想像を遥かに超えていた。

 伸びる四肢は、しなやかなほどに長く細く、まるで雪原のように白い。

 そして、それらの恐ろしいほどの特徴よりも先に目に入るのだとしたら、それは恐らくその顔なのだろう。

 人目見て、美人だと断言できる。確かに、伊織や涼音などは容姿が整っていると自他共に評価しているが、だが彼女の美人というベクトルは人とは違うのだ。

 精巧な、彫刻を思い浮かばせる。

 ……しかして、そのバイザーは、一体何の意味があるのだろうか。


「(そう思えば、確かにこいつの体はまるで彫刻。──本当にか?)」


 まるで、彫刻のような伊織たちの目の前に現れた彼女。

 伊織がそう評するのは、可笑しな話ではない。


 だが、原則として魔法少女に成れるのは、十代から二十代の女性に限られる。

 確か、前に涼音から流してもらった情報では、男性が魔法少女に成れるのかという戦力増強に関する実験が何ヶ国かで共同であったのだが、残念な事にその実験は失敗に終わったらしい。

 ちなみに、男性を女体化させて魔法少女にするという計画もあったそうだが、それも失敗に終わったそうだ。

 というかこれ、涼音が集めた情報でもあるのだが、話して良かった内容だったのだろうか。


「──魔法少女、ガラテア」

『自己固有名詞の発言を確認。えぇ、私は魔法少女ガラテア』


 そう彼女──魔法少女ガラテアは、初めて此方へ明確に意識を向けた。

 というか、そんなガラテアという名前よりも、涼音がその名前を知っている事実の方が、伊織にとっては驚きなのだが。


「……。なぁ、彼女?は一体誰なんだ?」

「はぁ、前の講習会の話、聞いていましたか?」

「いえ、聞いていましたよ、聞いていますとも」

「……」

「……。はい、聞いていませんでしたとも!?」


 窄まるような声。

 無言の圧力が痛かった。

 これはもしかして、散々伊織が蓮花に言いつけていた補習というやつを自ら食らう羽目になるのか。涼音の性格を考えれば、九分九厘あり得る話だ。

 しかし、今現合の非常事態において、そんな事を考えている余裕はなさそうで、涼音は溜息をつきつつもそのガラテアという魔法少女について話し始めるのだった。


「一応、私たち魔法少女には、序列というものが存在しないです」

「ん? “ケモノ”を倒した総数とかで、測ればよくないのか。それとあと、討伐の貢献度数とか」

「……えぇ、伊織みたいな野良の魔法少女がいなければ、ですけどね」

「──、うぐぅ!?」


 野良の魔法少女だっただけに、伊織は言葉が詰まった。

 伊織は元同業者には会った事はないが、それなりに野良の魔法少女という者がいるらしい。

 ただ勿論、彼女等は魔法少女として、大して強くはない。具体的に言うのだとすれば、大体丙種の“ケモノ”を複数人にて討伐できる程度の力量しか持っていない。誰しも、伊織だったり彼女のような戦闘の師匠と会える筈がないのだ。

 そして、当然の流れと言うべきか。野良の魔法少女の中には、“ケモノ”に負ける奴だっている。要救助者という訳である。

 だが、そんな彼女等を見捨てる事は、魔法少女等にはできない──のだ。


 と、話が逸れてしまった。

 つまる話が、魔法少女にとって野良の魔法少女というのは、口悪く言うが邪魔な存在なのだ。涼音や凪や雫といった面々がかなり特殊なだけであって、歓迎される筈がない。

 何故なら、──野良の魔法少女という者等は、助けたところで民間からの評価が高くなる程度で、魔法少女としての報酬や評価というものは芳しくないのだ。


「で、話を元に戻しますけど。そんな魔法少女の中でも、“第三次攻勢計画”において活躍した歴戦の魔法少女の彼女達を私たちは、“帰還者”と呼んでいます」

「“帰還者”………」

「ちなみに彼女───魔法少女ガラテアは、その内の一人で、その戦闘スタイルは武装兵器による面制圧と、音速に近しいほどの高速戦闘です」

「──、ほぅ……」


 伊織たちは、魔法少女ガラテアの先導により“乙女課”への道を歩いている。先ほど、魔法少女ガラテアにより“ケモノ”の残りは全て排除されたために、邪魔者の類はいない。

 伊織は、その後ろ姿を眺める。

 魔法少女ガラテアに、武芸の習得の痕はない。

 だが、その面制圧に適した武装兵器は、“ケモノ”に対して下手な《マホウ》よりも効果がある。それに、その高速戦闘は対しても有効打を取れるだろう。


「(もしそれが本当だとしたら、──戦いたくないなぁ。音速の剣戟な受け流せても、音速の移動速度はどうしようもないし)」


 魔法少女が魔法少女を相手取る事はそうない。

 しかし、昨今の世界情勢を考えるとそうも言っていられない。

 また、魔法少女同士での腕試し的なイベントがあったりするので、無駄だという事はない。


 だが、所詮は今だ他人事。

 正式な魔法少女にすら成れていない、伊織たちにとっては関係のない話だ。


 伊織がそう感じたのは、彼女の境遇と自身が武芸者だったからだけに過ぎない。

 ──そう、伊織もまた今も自分の世界で生きている。



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