第037話『夕食準備の除け者扱い』

 ──日は落ちて夕暮れ。夜の帳がひっそりと幕を下ろす。

 凪と雫の家は、大体この町の平均的なマンションの一室だ。

 設備も値段も、本土の極平凡な家と比べると少しだけ高いと感じるのかもしれないが、それでも梓ヶ丘では平均的なものである。それに梓ヶ丘という付加価値が付いたともなれば、今現在凪と雫の家賃は少し安めだと言えよう。


 さて、伊織はあの後必死に止めに来た涼音と出会って、凪と雫の家にと行く事となった。

 しかし、伊織は肝心な事を忘れていて、涼音も必要ないからとスルーしていたらしい。

 そう、伊織と涼音は凪と雫の家が何処にあるのか、それを知らない。

 そして、どうにか連絡を付けた蓮花と、道中一緒に歩く事になったのだ。


「マンション、か。随分と良いチョイスだな」

「?」

「いやだって、たとえ襲撃を受けたとしても遠方からの射撃やミサイルを撃ち込まれない限りは、襲撃を受けるまでに少しだけのタイムラグがあるからな」

「………。そう考えるのは伊織さんだけです………」


 と、他愛のない話をしつつもたどり着いたのは、マンションはマンションでも、比較的下の階な場所だったのだ。

 これには先ほど話題を出した伊織は、しゅんとする。

 何しろ、伊織が言っていた事は中層辺りの事であって、空中降下をしてくる上層部や階段を登るだけでいい下層部の話ではない。

 しかし、マンションの上層部になるにつれて家賃が上がったりするので、梓ヶ丘に住む普通の家庭からすれば、それで十分なのだろう。いや、人々の憧れの町として知られている梓ヶ丘の家賃は高くなる傾向があり、支出を抑えるという考えは称賛に値するが。


「お邪魔しまーす」

「………お邪魔します」

「凪さん、雫さん。伊織さんと涼音さんを連れてきましたよ」


 合鍵を所持している蓮花が先行して、伊織が玄関を潜り抜けた。

 そこは、素朴な居間だった。生活をするのに必要な必需品に加えて少し私物と、賃貸生活初めて数か月とか何かを連想させる。

 隅にある黒いテレビは、黙々と適当な言葉の欄列を流し続けている、まるで壊れたラジオみたいに内容が入って来ない。


 さて、その一方でこの部屋の住人たる凪と雫はというと、今は料理を作っている最中らしい。確か、オムライスだっけか。


「このままだらだらしているのは暇だなぁ。なぁ、何か手伝う事はないか?」

「い、いえ。こっちは大丈夫ですから、適当に寛いでいてください」


 伊織の紳士な心遣い。

 しかし、蓮花によって無下にはされずとも、暇を出されるのだった。

 これには伊織も、少しだけブルーな気分。


「何でだぁ?」

「伊織。昼間に貴女の殺人料理について話したけど、多分それが原因だと思うよ」

「まじで!? いやそもそも、殺人ではないでしょう。殺人と認定するためにはその人が起こしたという科学的な証拠が必要で、そもそも誰も殺していないし」

「……でも、病院送りにはしましたよね? それに、魔法少女という存在な以上、その前提も意味を成さないと思うけど」

「ぐぬぅ……」


 確かに、魔法少女関連の事件の際には、通常の法律とはまた別の法律が採用される。例えば、普段の法律なら人体発火現象として処理されるところを、魔法少女用の法律では魔法少女としての《マホウ》も凶器としてカウントされる。

 いやまぁ、一般人用と魔法少女用の法律が二種類ある時点で、ご苦労な事で。敬礼をばと。

 さて、数年前は魔法少女ではなかった伊織は原因不明として適当に闇に葬られたのだが、魔法少女となった今現在では話が違ってくる。

 伊織──魔法少女グレイは《マホウ》が使えない以上、事件との因果関係は認められないものの、《マホウ》が使えないという一点のみで更にややこしくなる。

 長くなったがつまる話、伊織が調理作業に参加した場合、この場にいる全員を巻き込んだ上で四散するのだ。

 きっとその時は、誰もが勝者として君臨する事は不可能だろう──。


 しかしそれでも、それでも調理に携わらない手伝いなら許可してくれるかもしれない。

 暇を弄んでいる伊織は、淡い希望と共にキッチンへと足を上げるだったが、道中でどうしても足を止めざるを得ない事例があった。


「何……、だと……」


 伊織が足を止めざるを得なかったその理由は、目の前にある彼女の腰少し上ほどの高さがある、木製な柵だった。昔にあった、幼い子供がキッチンに入って来ないようにするための、鍵付きの柵。その木製だと言えば何となく分かるかもしれない。

 いや、そうなると、だ。


「(あれ? 私、やんちゃな子供扱い?)」


 となるのだ。

 いや、やんちゃな子供と伊織とではかなりの差があるのだが、それでもキッチンに入れてはいけないという、その一点では同じなのかもしれない。


「とびらがぁぁぁぁ、あ゛かないよぉぉぉぉ……」


 暇で暇でしょうがない伊織は、そう崩れ落ちつつも叫び続けるのだった。




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 お疲れ様です。

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