第035話『きっと私は──』
──“乙女課”にて。
局長、皆森賀状はとある報告書を貰った。
今現在、“乙女課”所属の魔法少女になるための試験を受けさせている最中なのだが、街中で実際に“ケモノ”と戦う第三次試験の開始前なので、比較的暇なのである。
これを職務放棄を呼ぶべきか否か。
ただ実際、この第三次試験は、基本的に現場での試験監督──涼音や凪や雫といった面々に一任されている。そして、その報告書を受け取った賀状などの管理職に携わる人たちによって、合否が決定するのだ。
さて、ここまでの前置きをしたのだから、その受け取った報告書とやらが第三次試験のものと思うかもしれないが、残念ながら違う。そもそも、第三次試験はまだ始まってすらいないからね。
──主題、『魔法少女に敵対する“ウロボロス”という名称の勢力について』
そう書かれた一文が目に入る。
この報告書に書かれている魔法少女に敵対する勢力に所属していると思われる人物について書かれた物だ。
この報告書を提出した黒辺涼音と、何の縁があったのかは知らないが今現在魔法少女になるための試験を受けている柳田伊織の証言によるもの。
「あ゛ーっ、畜生! 何で一番問題の多い第三次試験前に未知の勢力なんかが現れるだろうなぁ!?」
「……皆森局長、キャラ崩壊しています」
「いやだって、ただでさえ第三次試験は、市民からの反感を買いやすいんだよ。それなのに、魔法少女に敵対する未知の勢力。これ、下手しなくても上層部案件になるよなぁ!?」
元々、第三次試験はあまり市民の人たちからあまり良い意見や感情を見た事がない。
何しろ、自分達の命が万が一にも脅かされる訳。たとえ、自分等に実害がなかったとしても批判的な意見を言いたくなるのが、人間というものだ。
その一方で、“ケモノ”を捕まえた上で見習い前の少女たちに戦わせる話もまた、酷なものだと言えよう。
“ケモノ”とは、正しく人を喰らう人類の敵と呼ばれるものだ。それを損傷の少ない状態で誰かのために捕まえるなんて予算とリスクが高い事誰も望まない上、これでもかと叩いてくる一般市民。
つまる話、“ケモノ”を捕まえる事自体、表向き誰も認めていないのだ。
──もっとも、研究に対しては政府から多額の報酬がもらえるために、秘密裏に行われていたりするが。
さて、話を戻した上で、次の話題へと移ろう。
──魔法少女という存在は、かなりの氷上の上に立っている。
確かに、魔法少女は人類を食らう“ケモノ”を倒してくれるありがたい存在だ。しかし、それとはまたに、人を易々と殺せるだけの力を持つ人間兵器としての面も持ち合わせている。
それ故に、魔法少女に敵対をする勢力というのは、現れてもおかしくない話。というか、何度かは既に起きている話なのだ。
しかし、魔法少女の存在は一種の国力そのもの。魔法少女が増えたり強力な魔法少女が生まれれば、国際的な発言権も増す。我が国が国際的な発言権が強いのも、強力な魔法少女を幾度となく生み出しているからだったりするのだ。
故に、魔法少女に対して悪意的な行動を起こしている者は、厳しく処罰するのが普通。それが勢力的な話ともなれば尚更に。
「……。本当に、ままならないものだ」
そう言って賀状は、ふと書類の山の中にある一纏まりの書類を手にした。
そして、そこにはこう書かれていた──。
──『
♢♦♢♦♢
その日、伊織は前にカレンと行った喫茶店へと足を運んだ。
他の客は、誰もいない。この空間にいるのは、客である伊織とこの店の店長だけだ。
「店長、緑茶をもう一杯貰えないかな」
「はいよっ」
──不自然な感覚だ。
てっきり店長がセクハラ言動をかましたりするんかと思えば、意外な事にそうでもない。ただただ、毒が抜けた普通の店員に近い。
これを成長と言うべきか。いや、言うべきなのだろうが、そう簡単に体内に溜まった毒気というものは抜けず、これは一種の鎮静化なのだろう。
店長が淹れてきた緑茶を片手に、伊織は来るであろう誰かを待つ。
しかして、伊織は緑茶には手を付けてはいるが、一方でお茶菓子の方には手を付けていない。この後来るであろう誰かを待っているのだろうか。
ちなみにこれは余談なのだが、この店の入り口には『閉店』と書かれた向きに掛けてある札が見える。
つまりは今現在、この喫茶店は伊織が貸し切っている。
貧乏性ではあるがお金を貯め込んでいる伊織の事だ。少し残念などブルーな気持ちになっていたとしても、勿体ないとは思っていないだろう。
───そう、これは必要経費だ。
「よぅ、待たせたか、
「だから。行っているだろ、私の事を妹と呼ぶなと。別に私とお前は血縁関係がある訳じゃない。──なぁ、来栖」
『閉店』と書かれた札を潜り抜けて喫茶店に入ってきたのは、伊織のよく知る柳田来栖。
前夜に伊織が見た服装と打って変わって、よくある紺のホットパンツに何処かも知らない会社のロゴが付いた白いジャケットを羽織っている。相変わらず、金を鞣したかのような金髪だ事で、よく似合っている。
それに加えて──。
「……それで、そちらさんは誰かな?」
「──枝樹夕華です。以後、お見知りおきを」
お見知りおきを、と夕華は言うのだが、伊織としてはあまりお見知りおきをしたくない。
夕華は白いワンピースを着て、足には木と布紐で出来たサンダルを履いていた。垂れる白亜の清流。一見してハンデとも取れる無骨な車椅子は、歴戦感を醸し出している。
写真だけで夕華を見ていたら、伊織も少しは油断していたのかもしれない。現に、相性が悪かったとはいえ、涼音が勝てなかったと聞いた時は、少し苦笑したものだ。
しかし、こうして現物と会って、伊織はその認識を改める。
──伊織とは相性が良いのかもしれないが、それでも油断できる相手ではない、と。
「……。それにしても、私は来栖だけをを誘ったつもりなんだがな。──二人掛かりで私を倒すつもりなのか?」
「──柳田伊織。オレは貴女をそこまで過小評価してないぜ。何しろ、オレたち二人でも勝てる気でいるだろう?」
そう言って来栖が視線を向けた先にあるのは、伊織の隣にある椅子に立てかけられた、剥き出しな一振りの無骨な太刀。
──銘は、『絶海制覇』。
伊織の愛刀だ。
「確かにその愛刀があれば、誇張なくオレたちを相手取る事ができるだろうな」
「? そうなのですか? 私にはただの古びた日本刀にしか見えないのですが」
「的を射ているな。だが、アレを携えたオレの妹は、文字通り
♢♦♢♦♢
野良の魔法少女こと、鈴野蓮花は一昔前の女子更衣室を覗こうとする男子学生の如く、とある喫茶店の中の様子を凝視していた。
いや、弁解の言葉がある。
別に、他人の恋愛に対して出歯亀を繰り広げていた訳でもなく、
「──柳田、伊織、さん」
ガラスの向こうにいる、伊織の事を見ていた。
いや、伊織“たち”と言うべきなのだろう。何故なら、彼女の他に見知らぬ女性が二人いたからだ。
別に、多少適当かつ不真面目な伊織に、友達がいたとしても何ら可笑しい話ではない。それが高名な家の令嬢であれば尚更に。
──蓮花が伊織の事を知らなかった、ただそれだけの話だ。
「きっと、私は──」
蓮花はきっと知らないのだ。
──柳田伊織という人物が、一体誰なのかという事を。
だからこそ、カレン・フェニーミアは蓮花に対して怒れたのだ。伊織がどういう人物なのか少しは理解して、故に怒れたのだ。
──私は、ガラスの向こうの彼女を見た。
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