第031話『評論会』

 その翌日、涼音は“乙女課”へ顔を出すことになっていた。

 というのも、先の狼型なケモノを催した仮想敵との模擬戦闘訓練の結果をまとめたものを提出しなければならなかったからだ。

 そもそもの話、“乙女課”所属の正式な魔法少女というのは、実際警察官のそれと近い。いやまぁ、そこに在籍している魔法少女の殆どは未成年であり、勤務時間がかなり少なくて、特定の仕事しかしなくて。

 つまるところ、書類仕事なんかもある訳で。


「(伊織は、果たして知っているでしょうか?)」


 あのやるべきこと以外は案外だらしない伊織の事を思い出して、涼音は少しだけ不安になるのだった。



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「それで、A班についての戦闘記録を聞いてもいいかな、黒辺さん」

「……。はい。A班につきましては、いつも通りに特に問題はなく終えています」

「柳田さんはともかくとして、他の二人は少しだけ足手纏いだった気がするが?」

「いえ、初戦すらも潜り抜けていない魔法少女ならば、それくらいかと。それに、野良で魔法少女をやっていた人と比べるのは酷な話では?」

「……。よろしい」


 案外簡単に、涼音の担当をしたA班についての報告が終わった。

 これには涼音も肩透かしを食らった気分なのではあるが、実際その通りなのだろう。

 今回のA班については、あまり上層部としては期待をしていない。というか、三人の内伊織だけに壮大な期待が寄せられた結果なのだろう。

 それ故に、今回の模擬戦闘訓練で上層部が得たいのは、伊織自身のパラメーターというか、どこまでできるのかという点だ。

 身体能力技術も他、小規模程度ではあるが作戦立案。これだけあれば、“ケモノ”との最前線の戦闘において、伊織の能力が損なわれる事はないのだろう。


 それに対して、B班はというと──。


「B班については、ギリギリ及第点といったところですかね」

「雫もそう思います」

「ほぅ……。能力値には、さほど問題はないと思えるのだが?」

「確かに能力値には問題はないですけど、チームワークに少し問題がありまして。鈴野さんが頑張って押し上げている感じでしてね」


 確かに、ティファニーと烈火の《マホウ》は、かなり強力と言えるような類のものだ。

 ティファニーの《マホウ》は、無機物の重さをたとえ彼女自身の手からある程度離れていても自由に変えられるというもので、実質伊織が行った作戦の二人分の仕事ができるものだと言えよう。ちなみに、彼女の得意不得意があって、基本的には鋼鉄などの金属物しか扱わないそうだけど。

 それに加えて烈火の《マホウ》は、熱を奪うという、まるで異能力バトルの世界にギャグ要素が強引につき足されたかのような歪さを感じさせるものだった。

 これだけを知れば、B班の圧勝だとそう断言できるのかもしれないが、実際は強力故か碌に《マホウ》を扱えない二人を蓮花が補助というか、前線に立って対応するという結果になってしまっていた。


「……。だが、合格は合格だ。四人には、うちの訓練場を解放したことと、数日後に実践訓練が始まると、そう伝えておいてくれ」


 第二次試験は、まだ終わらない。

 そもそもの話、魔法少女になるためには第一次試験──魔法少女契約の儀というもので、初めて魔法少女になるのだ。もっとも、そこで一応は野良であれば魔法少女と名乗れるのだけど。

 次に、魔法少女としての知識。“ケモノ”たちについての内容は今回賀状が担当だった故の特異性で、普段は“ケモノ”についてがかなり少なくて魔法少女についてのものがそれなりに多めとなっている。

 そして最後に、第二次試験──現場での適正検査と言うべきか。つまるところ、現場で“ケモノ”を倒せるのか、その適正を見るためのものだ。


 この現場での適正というのが、かなりの鬼門と言えよう。

 何しろそれは、ただ腕っぷしや高名な武術家の弟子であろうとも、いざ実践の場へと赴いたら使い物になるどころか死にましたとかある話だ。

 また逆に、年下の人にすら簡単に負ける人であろうとも、意外な胆力があったりする訳で。

 つまるところ、実際に実践を何度か潜り抜けてみないことには分からないという事だ。



 ♢♦♢♦♢



 あれからというもの、伊織はとても暇をしていた。

 別に暇というほど暇ではないのだが、今まで剣術道場にで鍛錬をしたり、また“ケモノ”を倒したりなどと、案外忙しい日々を繰り返していた訳で。そして、こうして余裕ができたのだが、どうも暇だと感じてしまうのだ。


「……。これが、かつてブラック企業で働いていた人の思いなのか」


 と当たりか外れか、微妙な感想を述べる伊織なのであった。


 今現在、伊織は魔法少女になるための試験を受けているのだが、涼音から聞いた話だと、如何やら伊織と蓮花には“ケモノ”を討伐することを自粛して欲しいらしい。

 別に伊織としては態々従う理由はないのだが、このところ“ケモノ”の出現がかなり減少している上に、一応顔を立てる必要があるという訳で、彼女はこのところ大人しくしているのだ。


「伊織さ~ん、助けて下さ~い」


 そんな時だ。

 何処からともなく聞こえてくる気の抜けた声。誰かは知らないのだが、伊織には馴染みのあるというか、最近増えて少しだけうんざりする人物のものだった。


「それで、一体何のようだ、蓮花」

「伊織さんって、勉強、出来ましたよね? そうだと言って下さい!」

「いやまぁ、できるけど……」


 そう、伊織はまるで戸惑ったかのように、ツギハギな答えを言った。

 そもそもの話、偏差値が馬鹿みたいに高い、聖シストミア学園の門を屑り抜けるだけでも相当頭が良いというのに、素の実力で編入できる蓮花は相当な努力家な上に才能もあったのだろう。いや、そうしないと乙女ゲーのストーリーが進まないと言われたらそうなのだけど。

 対して伊織はというと、彼女は前世の知識があって初めて此処にいるのだ。もしも、伊織に前世の記憶なんてなかったら、今頃は実家で婿選びでもしていたことだろう。


「(いやそれ、ゾッとする話だな……。って、今はそんな話ではなかったな)」


 さて、話を元に戻すのだが。

 蓮花は伊織よりも頭がいい。これは事実だ。

 しかしならば何故、蓮花が伊織に対して勉学に関しての質問をするのだろうか。



「──あの、中間テストの勉強会、一緒にやりませんか!」



 そう言えばと、伊織はそろそろ中間テストの季節だったと、今更ながらに思い出す。

 とはいえ、ある程度の予想は当たっていたみたいで。


 これは伊織の知らないところだが、彼女はこの学園でも指折りの天才と噂でもてはやされているのだ。

 運動面は男性に負けず劣らずどころか、差を付けて一位。勉学面はまだ入学の際の試験だけだが、それでも不動の一位と呼ばれている。

 もしも、この事実を伊織自身が知ったら、きっと微妙そうな表情をする事間違いなし。

 伊織が一位を取れているのは、一応勉強しているところもあるが、その大部分の要素は前世の知識があるからだ。蓮花のように、素の努力という訳ではない。

 しかしながらその伊織自身が隠している事実は、誰にも知られる事のなくその表の部分だけを抽出している訳で。

 つまるところ、伊織がどう思っていようが、他人は彼女を天才だともてはやす訳だ。


「……。それで、テスト勉強は何処でやるつもりか、何か当てはあるのか? 確か、図書室は使えなかった気がするが」

「えぇ。此処の図書室は本を読むためのところですからね。私が前通っていた学校は、そこで自習ができましたけど」

「それならどうする? 私の家は勿論却下だけど」


 伊織はそう言うが、それは個人的な問題だ。

 確かに伊織も、家で勉強はしているが、テスト勉強ともなれば話は別となる。

 何しろ伊織の家には、今現在フレイメリアがそこにはいる。そんな伊織としては、極楽浄土な空間で果たしてテスト勉強が捗るのだろうか。


「(……絶対に捗らないだろうな、テスト勉強)」


 しかしながら、一応伊織はテスト勉強ができそうなところを一か所知っている。

 それは、あの喫茶店こと『水風喫茶』だ。伊織が行った時にはいつも客が碌にいないので、ある程度の軽食と飲み物を頼めば居座る事も可能な筈。


 ただ、そんな伊織の考えは如何やら杞憂だったようだ。

 何しろ、蓮花には勉強ができそうなところに心当たりがあるらしく、それは──。


「──私の家で、テスト勉強をしませんか!」




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