第030話『素人の模擬戦』
その数十分後、魔法少女の講習会が終わった──。
「あ゛ーっ、んんんんん……」
長時間座っていた事による筋肉の硬直を、伊織は徐々にほぐしていく。
正直、あまり興味がなかった伊織なのであったが、蓋を開けてみればその印象はガラリと変わった。
例えば、魔法少女になった事により基本的に《マホウ》が使えるようになるが、その《マホウ》が銃や刃物による外傷を避ける事ができる──優位性というか絶対性というべきか。それを得られるとは面白い話だ。
これには伊織も、《マホウ》が使えずともそういった外傷を食らわない理由、それを推察するのに十分過ぎる材料と言えよう。
「なぁ、蓮花は今飯田が言ったことは分かったか?」
「……」
「あ、白い煙が出ている。これは補習案件か?」
「!? いや、分かります、分かりました!」
「起きた、な」
どれだけ涼音の補習が嫌いなのか、補習という単語を伊織が発した際にすぐに飛び起きた。実際、蓮花は涼音に対してかなりの恐怖を覚えているらしく、近接戦闘訓練の際もかなり腰が引けてしまっている。
「そう言えば蓮花。二つの組に別れろと皆森さんが言っていたけど、蓮花はどっちに付くつもりだ?」
「……。……。──伊織さんと組んじゃ駄目ですか?」
「いや、分かるけどさ。そこのところは、先に皆森さんに先釘を刺されたから諦めろ」
「──! ──!」
途端に、蓮花は突っ伏した。
それに対して伊織は、まぁ分かると、少し生易しい目で蓮花の事を見つめるのだった。
まずそもそもの話、これから受ける第二次試験──実践訓練において、二組に別れて“ケモノ”との戦闘を想定した模擬戦闘訓練を行うらしい。
勿論、伊織と蓮花が野良でやったような市街地戦などではなく、“乙女課”の地下にある擬似的な空間で行われる“ホログラムな機械仕掛けの仮想敵”との模擬戦闘訓練らしい。
原理的には、ARと磁力などなど。
アナログティックな伊織からすれば、あまり興味のない話だったりした。
「(危険性のない仮想敵、か。それほどまでに魔法少女は大事にしたいのか。いやまぁ、数が少ない彼女等を大切にするのは分かるけど)」
確かに、伊織のような時代さえ違えば英雄と称される武芸者を育てるには、鞭の絶妙な加減というか、奈落に叩き落すぐらいの気概が師範には必要になる。
だがそれでは、そんな過酷な訓練についてこれない脱落者が、かなりの数が出る事だろう。
という事は、“乙女課”の方針としては、英雄を育てたいのではなく、一般兵の量産を目指しているという事だ。戦争は物量だよ理論辺りなのだろうか。
それで話を元に戻すのだが、仮想敵との模擬戦闘訓練で、ある程度の体こなしを学ぶらしいのだ。
確かに伊織としても、机上の空論で出来上がった武術なんて、一切の信用をしていない。
ただまぁ。
「(私の時はいきなり実剣での手合いだったが、絶対例外だよな。──あんのクソジジィ)」
「──あの、少しいいですか?」
そんな時だった。
伊織が自分の祖父をクソジジィと称して悪口を心の中で言っていると、いつの間にか伊織と蓮花の傍に誰かがいて声を掛けてきた。
それに反応して伊織と蓮華が声のした方へと振り向くと、黒髪ロングな先ほど挙げた雪見学園の人を思われる彼女が一人、そこにいた。
「大丈夫ですけど、えっと──」
「杏です。これから、よろしくお願いしますね」
「よ、よろしくお願いします」
「……よろしくな」
話してみる限り、杏は如何やら野良の魔法少女に対して、悪い感情を抱いている訳ではないようだ。
という事は、一応此方とあちらさんの架け橋としての役割を、他の彼女等に押し付けられたと考えるのが普通。
ならば、この機会に乗るべきなのだろう。
♢♦♢♦♢
そして、第二次試験こと、疑似的な模擬戦空間にて、“ケモノ”を催した仮想敵との戦闘が今か今かと待っている。
ちなみに、内訳としては、A班が伊織と杏それと優子、そして教官役として涼音が選ばれたそうな。おそらく涼音は、もしもの場合の対処と各自班員の評価を任されているといった辺りなのだろう。
また、B班については、蓮花とティファニーそれと烈火、そして教官役として伊織の見知らぬ魔法少女が二人付いているらしい。
柳田伊織に対しては、未知数故に充てても問題ない人を寄せた結果なのだろう。
伊織の言動などを見る限り忘れてしまいそうになるが、一応彼女は令嬢の一人だ。その一方で、柳田家は一般人からしてみればあまり馴染みが低いという、ハイリスクハイリターンな人物である。
故に、この場面では伊織の人物像を確認した上で、また日を改めて接触してくるつもりなのだろう。
鈴野蓮花に対しては、それなりの関係を作る腹なのだろう。
蓮花は、そもそも令嬢などの家系ではく、途中編入の一般生徒だ。
これだけならばあまり旨味を感じないのだが、そこはもしも伊織との接触を作る際の架け橋とするつもりなのだろう。
「「「──
伊織はいつもの、紺の羽織姿。
杏は、如何にも頑丈そうな作業服。
優子は、学生服姿な改造服。
一応、三人共の戦闘準備が終わったようだが、やはりと言うべきか杏と優子の体は緊張から、かなり固そうだ。
別に伊織としては、単騎で行って倒しての独断専行が一番楽な上に、一番早く終わる。伊織の動きに付いてこられるとしたら、それはカレンが最低条件で、涼音ぐらいが伊織当人としても気にせずに戦闘ができる。
だがそれは、一応第二次
「(ま、仕方ない、か……)」
そう思って伊織は、その口を開いた。
「おい、大丈夫か?」
「「……」」
反応の類はなし。
それを確認した伊織は、──振りかぶった手で、杏と優子の頬を叩いた。
「痛っ!?」
「痛い。何するんですか!?」
「──二人共おはよう。ようやく目が覚めたか?」
杏と優子の頬を叩いた伊織の反応を見て、彼女等は自身の感覚を確かめた。
あれほどかじかんだ両手はいつの間にか解れていて、冷たくなった足は熱を取り戻して、収縮した心臓は元の機能を取り戻した。
──まるでそれは、魔法のようであった。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとう……」
「礼には及ばないさ。それよりもどう戦う? 私はコレしかないけど」
そう言って伊織は、鞘に納められていた刀身を最後まで引き抜く。
この模擬戦闘訓練を勝利で終わらせる事は、伊織としても簡単な事だ。動きを見る限り、間合いを詰めて一閃で事足りるのだろう。
だがこれは、伊織だけの模擬戦闘訓練ではないことを重々承知している。
伊織に経験がある以上は、経験のない杏と優子に譲るのが吉だろう。
それに、──。
「(私が一閃で終わらせようものなら、涼音がどんな評価を付けるか分からないからな。場合によっては、マイナス評価を付けかねないし)」
と、伊織は手にした紙に何やら書き込んでいる涼音の方を、バレないようにちらりと見るのだった。
「私は、鉄を自在に操る《マホウ》ですけど」
「わ私は、無機物有機物問わずに収納できる《マホウ》です。勿論、体積や質量には限界がありますが」
そんな杏と優子の《マホウ》を聞いて、伊織としても頑張って笑顔を保っているが、本当にどうしたらいいのかと悩んでいる。
何しろ、伊織との相性がこれ以上ないほどに悪い。近接戦一辺倒な彼女自身にどう合わせたらいいのか分からないのだ。
それに加えて杏と優子は、伊織と同じ近接戦をしようものなら身体能力技術共に足りないし、伊織自身が壁役をやろうものなら火力不足や実力不足が目立ってしまう。
「(あれ? これって、杏と優子を立たせる事は不可能では?)」
実際、無理な話だ。
柳田家最高傑作な柳田伊織と一般人では、どちらかの良さを潰す必要が出てきてしまう。
もしも、伊織と合わせられる魔法少女がいるのだとしたら、蓮花と涼音とカレンと──案外多い……。が残念な事に、如何やら杏と優子との相性は悪いみたいだ。
なら、これは割り切るしかなさそう。
──杏と優子を使う事を。
「なぁ、杏と優子と言ったっけ? 一つ作戦があ──」
「今から、A班全員の模擬戦闘訓練を行います。──始め!」
作戦は伝えた。
なら、──あとは実行するだけだ。
3メートルに及ぶ大きさを持つ狼型のホログラムが伊織たちの方へと駆けて来るが、それを伊織がブロック。此方からの攻撃は最低限に、ただ通さない事を務めている。
伊織に任されたことは、杏の準備が終わるまでこの狼を通さない事だ。
そうすれば、此方の勝ちがかなりものとなる。
「(嫌な感じだ。別にこの狼型のホログラムは強くないけど……。何かがおかしい)」
危うく、その狼の首や足を切り飛ばしそうになるが、そこは我慢。
そもそも、この伊織の感じた嫌な感じというのが、狼型のホログラム自身から感じているのではなく、その周囲と言うべきか───それによる
「柳田さん。準備ができました!」
「……。あぁ、上出来だ」
《柳田我流剣術、鎧通し》
勿論、手加減を添えて──。
と言っても、その技の衝撃はかなりのもので、狼型のホログラムはバウンドを重ねて壁際まで吹き飛んでいく。
「柳田さん。これを──!」
「これは中々。及第点には届かないけど、これくらいなら十分だ!」
渡された幾つかの剣。
元々これは、杏が第二次試験前に貰った鋼鉄塊を加工した物だ。ただ、彼女には剣を鍛えるなんて稀有な経験の類はなく、切り結ぶどころか振るうだけでもその歪さは伝わってくる。
数打ちにすらも届かない粗悪品。
碌に振るう事ができずとも伊織ならば、それを活かすことができる。
《柳田我流剣術曲芸、刀穿ち》
再度迫りくる狼型のホログラム。
先ほどまでは準備が必要だったために壁役に徹しなければならなかったが、今こうして準備が整ったならば、その必要はない。
伊織が手にした、幾つもの持ち手と刀身だけの歪な両手剣。
手にして振った事はあらずとも、経験が、感覚が、どうすればいいのか。それを無意識のうちに伊織の中へと吸い上げていく。
「──! ──!」
まず放った二本の剣。
これは牽制用。狼型のホログラムの足を、その場に留めるための足止め。
次に同じく二本の剣。
ここからは本格的に、その場に縫い留めるための楔。
そして最後に、四本の剣。
これで仕上げと云わんばかりに、後ろ足、それに次いで胴を地面へと縫い付けていく。
「……。慣れない武器だと言うのに、思ったよりも簡単にできたな。さっきの嫌な感じは気のせいだったのか?」
「柳田さん。できましたか?」
「あぁ、こっちは大丈夫だ。かましてやれ!」
その伊織の言葉と共に、優子が頷く。
すると、狼型のホログラムの頭上──それも数メートルぐらいの高さに、一つのポケットらしき口が開かれる。
そして、そこから放たれた楔と言うか杭と呼ぶべきか、そのような形をした金属塊が射出される。
なんでも優子の《マホウ》は、有機物無機物収納できるのだが、ある程度の距離が離れていても本人の意思によって開封でき、そこから射出できるらしいのだ。ただまぁ、先に挙げたように、それなりのデメリットがあるらしいが。
正直、表向きは《マホウ》が使えることになっている伊織としては、少しだけ羨ましい能力だと思う。長時間の戦闘となると、刀一本でこなすのは厳しいからだ。
そして、──ズドンと、腹の底に響く鈍い音を鳴らして、着弾。
狙いは一応、動物などでいう心臓に当たる部分。他にも頭を直接潰すという案もあったが、そこは精神衛生面から狙えなかったので、そこで妥協した。
だが、───
「──! ──!」
「……」
「……」
妥協した贖いはするべきなのだろう。
そもそもの話、この狼型のホログラムがケモノを相手に考えている以上、その生命力もそれと近くなっていると考えるのが普通だ。いや、そうでなければ意味がない。
なればこそ、杭一発の心臓狙い射出で、落とせる訳ではないのだ。
──足が竦む。
これまでは考えてこなかった事だが、もしもこれが現実の生き物だったらと、そう考えてしまう。
ゆっくりと粘着質に広がる血の海。それに付随する、臓物の欠片。そして、そんな残虐たる行為を食らってもまだ生きて、怨嗟の声を発する動物。
それを楽にするのが、慈悲の一撃だというのに。
それでも考えてしまって、杏と優子の足が竦むのだ。
「──」
けれど、伊織だけが前へと駆け出した。
伊織は知っている、経験している。
命の重さを。
慈悲の一撃が一体どんなものなのかという事を。
──自分が誰かの犠牲の上に、こうして成り立っているのかを。
何の変哲もない、技名すらも付いていないただの一閃。
それでもその伊織の一閃は、優しくとも鋭かったのだ。
「よし! 二人共、終わったぞ。………って、完全に竦んでいるな、これ」
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お疲れ様です。
感想やレビューなどなど。お待ちしております。
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