第029話『肩透かし』
その数日後、魔法少女になるための試験とやらの当日となった。
開催地は勿論、“乙女課”の梓ヶ丘支部。
乙女課の職員に連れられた伊織と蓮花は、目的地へと連れられて行き──そして、たどり着くのだった。
──折り畳み机とパイプ椅子とホワイトボードといった、よくある事務的な一室。
それだけならば、伊織も少し肩透かしを食らうのかもしれないが、そこに加えられた要素がそんな訳ではないと告げている。
「おや、もう先客がいるのか。って、蓮花も少しは緊張をほぐしたらどうだ? 例えば深呼吸とか」
「……伊織さんがおかしいんですよ。他のみんなも緊張していますし、これが当然です!」
「いやそこ、威張るところじゃないからな……」
そう、この部屋には伊織と蓮花の他に、四人ほどの女性がいる。年齢は、伊織たちと同じぐらいなので、おそらくは梓ヶ丘にある高校の二つの内の一つ、“雪見学園”の生徒の一人だろう。彼女等の制服も、それに該当するから、十中八九伊織の予想通りな筈だ。
そして、そのすぐあとに一人の男性がこの部屋に入ってきた。
外見年齢は、大体二十代後半から三十代前半。暑苦しいのにも関わらずスーツを着込んだ──伊織と蓮花は前に一度会ったことのある皆森賀状だった。
「まずは、第一次試験の突破おめでとう。皆、素晴らしい結果だった」
「……あの、発言よろしいですか?」
「あぁ。発言を許可する」
「最初に私たちが集まった時に彼女たちの姿を見かけませんでしたが、一体彼女たちは誰ですか?」
そう四人の内一人が、伊織と蓮花に向けて視線を投げ掛けつつも、そう言った。
つまる話、伊織と蓮花は何故第一次試験とやらを無条件に突破できたのかという話だ。
無理もない話だ。伊織と蓮花は、第一次試験とやらを受けずにこの場にいるのだから、そう言う彼女たちからすれば、裏口入学をしてきたみたいなものに近い。実際、聖シストミア学園の制服を着た生徒は、金持ちか相当な秀才に限られるので、そう見られても何ら可笑しなものではない。
まぁそもそもの話、伊織と蓮花は詳しい話を知らないのだけど。
「なら、その質問について先に明かしておこう。彼女達二人は、野良の魔法少女として活動をしていた現役の魔法少女だ」
「──野良の魔法少女!」
野良の魔法少女というワードが賀状の口が放たれた瞬間、少しだけこの場の空気が重くなった気がした。と言っても、彼女たちの凄味が薄いのか、蓮花は気付いていなかったが。
もっとも、この場でそのワードについて、伊織は追及するつもりはない。話が途中で終わるのは、彼女としても避けたい話だ。
「……。君たちの言いたい事は分かるが、彼女たちの書類を審査した上で、今こうしてこの場にいる。これ以上、彼女たちを邪険に扱うつもりなら、──我々魔法少女を統括する“乙女課”に対する、泥を塗る行為だと思え」
「分かりました……」
「よろしい。では、そちらから順に自己紹介をお願いします」
そう言って、入学式が終わったあとによくある、自己紹介が始まった。
“杏”に“優子”、“ティファニー”に“烈火”。それらが彼女たち四人の名前だ。それ以上の事は伊織には興味がないし、もしも興味が新たに湧き出て来るのなら、その時に聞けばいいとそう思っている。
しかし、正直に言って少しだけ伊織は驚いている。
まさか、前に会った時はへりくだりつつも要所要所は自らの立場を見せていた賀状が、こんな強気な姿勢を見せるとは。これが、権威のおかげなのかと思う伊織なのであった。
ちなみに、先ほどから蓮花が話していないようだが、彼女は体を固まらせてとても緊張しているようだ。その証拠に、彼女の表情は白く青ざめたままだ。
「……。さて、次は私の番、か」
先ほどからの緊張からか、盛大に失敗した蓮花を後目に、伊織は席から立ち上がる。
そんな伊織を見る視線に込められた感情は、主に三種類に分けられる。侮蔑の視線と見極めるために視線、最後に彼女なら大丈夫だとそう無責任にも思う視線。
勿論、最後のは賀状のものだったりする。他人を贔屓して、それで此処を任せてもいいのかと思う伊織なのであった。別に彼女には関係ないからと、すぐに思考を切り替えたが。
「私の名前は、柳田伊織。柳田家の次期当主筆頭にして、今は野良の魔法少女をやっている、一学生だ。今後ともよろしくな」
「「……」」
あまり好意的ではない視線に晒されつつも伊織は自己紹介をしたが、あまり好ましくないようだ。
それは、もっともな話と言えよう。
何しろ、この国では今だかつての特権階級が存在している。例えば、伊織やカレン、それに涼音といった辺りがこれに該当する。
勿論、特権階級と言ってもこれは、誰かが勝手に呼び始めた名称に過ぎない。彼らは金を多く稼いで税金を納める、国としてはありがたい存在だ。
だが果たして、事実そうなのであっても、それは人の見方で変わる。
──彼らは、不当にも荒金を稼ぐ、人の道理を外れた連中なのだと。
「………。さて、各自の自己紹介も終えたことで、今から魔法少女としての知識を叩き込むから、覚悟しておけよ」
こうして、第二次試験の前に伊織たちは、魔法少女としての知識を叩き込まれる事となった。
♢♦♢♦♢
「まずは、魔法少女について、だ」
そう、魔法少女についての概要が、備え付けなホワイトボードに書かれるのだった。
魔法少女という存在は、十代の少女たちの中でもあの黒い猫──プランと契約を結んだ《マホウ》を扱える少女たちの事を指す。
ちなみに、別の何者かと契約をして《マホウ》が使えるカレンなどについては、緘口令を引かれて今回は言及されなかった。政府としてはあまりボロを見せたくないか、今は教えるべきではない内容なのか。
「ちなみに、魔法少女は二つに分かれていて、政府所属の正式な魔法少女と野良で活動をする非公式な魔法少女に分けられる」
「……」
「野良の魔法少女はあの黒いク───失礼。プランが魔法少女の資質がある奴を探しては契約を提案しているため、こうして増えていくんだ」
確かに、伊織の時はケモノに襲われていた時にプランが接触してきたし、蓮花についても似たような展開だったと聞いている。
もしかして、人が死の間際に強くなる願いに反応しているのか。
そう思う伊織なのであったが、彼女の場合が死にそうな展開ではなかった事を思い出して、口をつむぐのだった。
「では何故、“乙女課”とプランの主導の元に、魔法少女を生み出さないのですか? そうすれば、質の低い野良の魔法少女が増えることはないと思いますが」
「良い質問だ。これはあまり良い話ではないが、まず我ら“乙女課”に主導権がある訳ではないのだ。どちらかと言えば、プランの思惑のそのおこぼれを貰っているに過ぎない」
「……。それって、言っていい事ですか?」
「……。すまないが、話はこれまでだ」
♢♦♢♦♢
「次は、“ケモノ”について、だ。人類の敵と皆に称されているのだが、我々にも分かっている事は数少ない」
「……」
「だが、少しは調査が進んできてな。ケモノには、膨大なエネルギーが含まれている。それを利用して、新たなエネルギー産業をできるのではないかと研究部は考えているが、あまり芳しくないらしい」
接点が分からない以上はただの点と点であるのだが、こうして線が結ばれたともなれば話は変わってくる。
そもそもの話、魔法少女が己が願いを叶える際に、一体何を利用しているのか。
この話を聞けば、ケモノが新たなエネルギー産業の中核をするという事だろう。
もっとも、人類の敵相手故に、そう簡単に上手くいくとは思えないが。
「そのエネルギー産業というのは………」
「それはエネルギー関係で言うと、火力発電やバイオ燃料に近いな。もっとも、有害な物質などが出たりはしないから、問題さえ解決すればそれらに取って代わるのかもしれないな」
「だが、その危険性はどうする?」
「これはもう魔法少女とはあまり関係ないけど、おそらくは主要エネルギーではなく、サブとして支える事になりそうだ」
「……、なるほど」
そう言って、伊織はある程度の納得をした。
人々は魔法少女のおかげで助かって、魔法少女は己が願いを叶えるためにケモノを倒す。多少の損はあれど、ウィンウィンの関係性だ。
しかし、それだけの利益では満足できないご様子で。
ケモノをただ魔法少女への報酬という狭い利用方法から、人類皆の役に立つための広大な利用方法へと変えるつもりらしい。実際、賀状の口ぶりから予想するに、新たなエネルギーとして認識は出来ているようだし。
だがしかし、忘れてはならない。
ケモノは、人を喰らう、文字通りの人類の敵だ。
例えば、肉食動物に人が食われるという事件があったりするが、それは事故でしかない。何故なら、その肉食動物が自らの意思で人間を喰うという事が、まずもってないからだ。
しかし、ケモノは違う。彼らは意欲的に人々を襲い、人間を食らう。
そうだ。この世界では、生態系の頂点はもう既に人類ではないのだ──。
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