第028話『メンコ勝負の敗北を赦したまえ』
──二木野栄善は、所謂記者と呼ばれる仕事をしている人種だ。
一応、取材する相手に対して彼は配慮をしているので、ゴシップ記者の類ではないとそう思いたい。
「さて、態々商店街にまで足を運んだっスけど、俺の色眼鏡に叶う人物はいるかな?」
本日、態々商店街にまで足を運んだのは、同僚に頼まれた企画『若者に人気な梓ヶ丘の美少女たち』に出せそうな人を探すためだ。
なら、何故年頃の女子生徒があまり来ない商店街に来たのかというと、向こうはその件の同僚が探すと言って、栄善は範囲外の此方に来た。そう、単純な話である。
正直、こんな商店街に来て、あまり気乗りはしない。
ただまぁ、あとで報酬を払ってくれるからだけな、利益があるからに過ぎない。
「……。やっぱりおばちゃんぐらいしかいないっスな。正直、あまり気乗りはしないっスけど、これも仕事だからな。……報酬も出るっスし」
当たり前の話だが、今現在の時間帯は夕暮れ時──つまるところ、主婦たちなどが夕飯のために買いに来る時間帯だ。
それに対して、女子生徒たちといった若い人や梓ヶ丘の中心地にて働くバリバリなキャリアウーマンな美人社員は、この時間帯はあまり来ない。もしもの話、此処に来るといったら、それは休日の昼間辺りだ。
つまるところ、栄善の本業もあるために選択した時間は、最悪の時間帯と言っても過言ではない。
そんな時だった──。
当てもなくぶらぶらと商店街を歩いていた栄善の視線の中に、とある姉妹が現れた。黒髪の、聖シストミア学園の制服を着た二人。
別にそう珍しがるほどの光景ではない。
例えば、両親の帰りが遅い家庭なんかは、その子供が晩飯を作るなんてそう珍しくもない。それも、かなりの収入を稼ぐこの梓ヶ丘の住人ともなれば、よくある話でしかない。
「……いや、俺は幸運なのか。こんな事があってもいいのだろうか?」
あり得ない事実に栄善は自身の頬をつねるが、如何やらこれは夢幻の類ではないらしい。その証拠に、彼の頬からは今だつねった時のひりひりとした痛みが残るばかりだ。
そう、下世話な話になってしまうかもしれないが、彼女等はとても美人だった。
例えばそれは、絢爛豪華な人工物の類などではなく、ありのまま美しい自然の物のようであった。言い換えれば、最低限の手入れで最大限の効果を発揮する、素材の持ち味を生かした日本食のようである。
「あの、すみません。月刊ナイトの者ですけど、取材をしてもいいですか?」
「ごめんなさい。私たちにはまだ行くべきところがあるので」
「あ、そうでしたか。呼び止めてしまってすみません」
と、一度は聞き入れた栄善であったが、此処で引き下がるのは二流──いや、三流のやる事だ。勿論彼は、一流を目指しているとすれば。
そこで栄善は、少し離れた場所から遠目に、先ほどの彼女たちの様子を観察をするのだった。
「(……本当に、何者なんだか、彼女等……)」
正直、ここまでするつもりはなかった。なんて、誰かに弁解したところで、嘘だとそう判断される羽目になるだろう。
それは、栄善自身がそう理解している。
だが、彼女等を見た時に感じた衝動。
まるで、水彩画でも見ているかのような、透明感。
そんな、感覚的なものに気付くよりも先に、栄善は彼女等の事を追いかけていた。
「(………ながら、ストーカーの言い訳に近いな、これ。……っと、路地裏に入ったか)」
一人相撲を自身で受け流すような思考を頭の隅でしていると、彼女等の姿が路地裏へと消えていった。
正直言って、女性二人が人気のつかないところに入り込むという行為は、心配させるというもの。
だが、あの路地裏の道であれば、そういった人物に会う機会すらも少ない、本当に人気のない路地裏。人の気配どころか、猫の気配だってしない事だろう。
故に、この梓ヶ丘を歩き慣れている、地元民という奴と推測できる。
それでも、追うしかないのだが。
「──!」
──その瞬間、首元の感じる冷たい感覚。
そう、表現する事もあろう。
いいや、違う。
栄善が感じる首に感じる冷たさは、予感という曖昧なものではなく、確かに此処に現実としてある、生きた冷たさ。
「……」
「……」
「……」
嗚呼、何をされているか、大体の予想は付く。
首に感じる冷たさは、そこを素手で掴まれた事によるもの。その時に感じる仄かな体温もあるにはあるのだが、背中を伝う冷や汗のせいでそんな余分なものを感じる余裕なんてない。
そして、目の前に立っているのは、先ほど見かけた二人組の彼女等の内、ポニーテールにまとめた小柄な方の彼女だ。
「なる……ほど……。だからこうして、人気のないところにまでおびき寄せた、という訳か……。まったく、最近の女子高生は物騒な事で」
「……」
「はいはい、降~参。だからそう、首元に添えられた握力を強くするのを止めてくれない?」
「……。貴方が辞めれば、私たちもこれ以上しないです」
本当に用心深いもので。
栄善には、これを釣り餌に更なる情報を得るつもりはないけれど、彼女達の行動はそうしようとする気すら起こさせない殺気。
その上、不意の事で両手の指先ですらも動かせない、圧倒的な徹底ぶり。その上、革靴の類は曇ってしまう。
とはいえ、栄善自身にこれ以上踏み入るつもりは、一切ない。
興味本位で笹藪を突いてみたところ、大蛇が出てきた気分だ。
「──はぁ、分かったよ。これ以上、君たちを追跡しない。──これで、どうです?」
返答の類はない。
しかして、首筋から引いていく冷や汗。
その時栄善は、自身が解放された事を理解するのだった。
「……ほんと、最近の女子高生は怖いなぁ。というか、ここで言質を取らなくても、十分実家の権力とかで揉み消せるのにな」
不用意な事を言えば、また鷲掴みを食らうかもしれないというのに、軽口を叩く栄善。
それもその筈、先ほどの二人組は何処かへと去って行っていて、姿なぞもう何処にもない。それに、去って行く姿でさえ見えなかったのだから、行先なぞも分からない。
──引き時、か。
これ以上の追跡は、それ相応のリスクが付き纏う。
それでも、得たい情報があるからと虎穴の中へと入って行く度胸者というか、もうただ単に危機管理すらできない無謀者も確かに存在する。政界のスキャンダル狙いな栄善の同業者なんかは、まさにその類だ。
しかし、栄善はそこまで踏み入るつもりはない。
危険を態々起こす必要性どころか、その気すらないのだから。
「──やっぱり、平和が一番っスなぁ」
そう言って、栄善は次の対象を探しに、再び町に繰り出すのだった。
♢♦♢♦♢
本当に酷い目にあった。
ここ最近は、ストーカーをしてきてまで取材をしようとする記者なんて、今はいないと思っていた。
梓ヶ丘なんて、左に歩けば取材しがいのある人に出会えるし、右に歩けばまた他のベクトルな取材しがいのある人に出会える。態々、魚のいないため池に釣りをしに来る、そんな物好きに遭遇するなんて、伊織と涼音は思っていなかったのだ。
とはいえ、追跡してくる記者を連れて、一日を過ごす訳にはいかない。
それは、伊織と涼音が訪れるであろう店の人にも迷惑になるものであるし、下手に住所を特定されたのならばそれこそあとは権力に物を言わせて潰すしかなかった。
そして、少々強引な方法になってしまったのだが。
如何やら、先ほどの男性は深入りをするタイプではなく、ちゃんと引き際を見極めるタイプであったのだ。その彼の経験の中には、さぞ危険地帯の取材に行った事があるに違いない。
「──それで涼音。今から何処へ行くつもりなんだ? ここまで街はずれなんて、何もないと思うけど?」
水着を買った帰り道。
伊織が辺りを見回すと、そこはまるで昔ながらのレトロな街並み。
今現代には珍しい、よく見る鉄筋な四季織落ち着いたごく普通な物と、色合い渋やかな木造建築物な家並木。コンクリートな地面は然程変わらないのだけど、狭い白線すら引かれていない、生活道路。十人十色な、店々の垂れ幕。そのオマケとしては何だけど、即席な店先を広げるための屋根。
そして、その町の入り口──いや、その門らしき建築物の上に、こう書いてあった。
──『須の宮町』、と。
「……」
「……。なぁ、私の話、聞いているのか?」
返答に類はない。
失礼なのだろうが、こんな梓ヶ丘の街はずれ区画にまで足を運ぶ必要性を感じなかった。
そもそも、大抵の必需品は梓ヶ丘を適当に歩けば見るかるし、一癖二癖ある物品の類であっても経路さえ知っていればどうってことない。例えば、伊織が通っている『魔野屋』なんかは、一癖二癖どころの話ではないが。
「……。」
「……。」
さて、歩き始める事、おおよそ数分。
涼音の後をひっそりと付いて行く伊織はというと、此処の住民と思われる人たちから奇怪な視線を向けられていた。
それは、しょうがない話だ。
何しろ伊織は、地元住民でいう、外国人がやって来た扱い。たとえそれが、相手が不快になる視線だとしても、気にはなるし新鮮な娯楽なのだ。
というか、じろじろと至近距離から複数人によって観察される行為よりかは、ずっといい。
早めの仕事終わりなのか、男性等が駄弁りながら去って行く。
主婦の囲炉端会議は、面白そうながらも勘が近づいてはいけないと、そう囁いている。
子供たちは、鬼ごっこでもしているのか、走り回っている。
「……。此処です」
前を歩いていた涼音が、その言葉と同時に足を止めた。
如何やら、目的地とやらにたどり着いたようだ。
「──、駄菓子屋?」
「そう、駄菓子屋です」
そう言って涼音は、慣れた様子で件の駄菓子屋の中へと入って行く。
というか、此処に連れてきた涼音はというと、随分とこの何だっけ……『須の宮町』だっけか、そこを歩き慣れたような感じがする。実際、この辺りの住民は、伊織に対してのような、奇怪な視線を向ける事はなかった。
伊織も、駄菓子屋の中へと入って行く。途中、店先に座っているおばあちゃんに鋭い視線を投げ掛けられるが、そこはスルーの方向で。
「──へぇっ、駄菓子屋ってこんな感じなんだ」
「? 伊織は来た事ないのですか?」
「まぁな。来る日も来る日も練習三昧。長期間休んだり、ちょくちょく練習を抜け出したりしたけど、駄菓子屋には来た事はなかったからな」
「そう、ですか」
何やら、涼音の瞳が不気味にキラキラとしているご様子で。
伊織は、そんな涼音の様子に、背筋がひりひりとした感覚を覚える。これはあれだ、──嫌な予感、というやつだ。
しかして実際、伊織は前世を含めて、駄菓子屋という店の実態は知っていても、実際には来た事はなかった。
詰まる話、此処は伊織にとって、未開の地なのだ。
故に、先人者の言う事を聞くのは、当然………という………話なのだが。
「──どうですか、伊織。この“手の平グミ”でも食べますか? それとも、カツのお菓子を食べますか?」
「何その、極端な選択肢……。──というか、安!? どうなってんの、この価格!」
「まぁ、伊織みたいな人からすれば驚きですが、これが駄菓子屋クオリティーです」
「というか私は、涼音が駄菓子屋慣れをしている方にも驚きだよ……」
と言いつつ伊織は、何か目に留まりそうなお菓子がないか、散策を続行している。
時間は、夕暮れ時。
あまり腹に食べ物を入れては、妹の夕食が食べられなくなるというもの。
というか、このまま手ぶらで帰ろうものなら、フレイメリアの逆鱗に触れかねない。
何か、お土産を買っていくべきなのだろう。
「──何だい、お前さん。駄菓子屋に来るのは初めてかの?」
「えぇ、まぁ。私の実家は、かなり山奥にあって、適当に歩いても店なんて出会わなかったから」
「そうかい。──ならこれは、涼音ちゃんの友達が初めて駄菓子屋を訪れた、その餞別さね」
そう言って伊織は、おばあちゃんから小さな袋に入った紫色なグミを貰った。これはあれだ、多分10円ぐらいの子供用のグミだ。
とはいえ、その受け取ったという事実に、感謝の念を覚えている。
実際に伊織は、グミを受け取った瞬間、少しだけ表情を綻ばせた。
と。
「あ。あと、アイスを一本下さい」
「100万円ね」
「──ぐぬぅ!?」
勿論、正式には100円であったのだけど。
/4
伊織はその後、店先にある円椅子の上に座る。
夕暮れ時。──もうそろそろ、家に帰る必要があるかな?
とはいえ、この黄昏時な風の吹き抜けは、実家とはまた違った感覚を覚える。向こうが清廉な冷たさだとするのなら、此処は賑やかな人の熱というものを感じる。──勿論、どちらも同じ冷たい風なのだけど。
「ん? あれ、涼音さんもアイスで?」
「さん、付け──」
「おっと、涼音もアイスにしたのか?」
「えぇ」
そう言って涼音は、伊織の隣にあった円椅子に腰を下ろす。
──相変わらず、意味の分からない言葉に反応をする、強めの怒気な事で。
しゃり、しゃり。
しゃり、しゃり。
しゃり、しゃり。
しゃり、しゃり。
会話はなく、ただただ静けさだけが蔓延する。
だが、その心地よさもまた事実。
縁側でぼぅと、その一日を過ごした経験があるのだろうか。感覚としてはあんな感じ。
隣には誰かがいたとしても、そこは隔絶した一つの空間。
「──伊織。貴方は“ケモノ”と戦う事について、怖くはないのですか?」
「いきなり何だ、急に」
世界が繋がった瞬間、唐突に現れる自然災害のようなもの。
「“ケモノ”と戦う、か──」
「……」
「別に、怖くはないさ。──人は何時かは死ぬ。ただ単に私はそう簡単には死なないだろうけどね」
人は何時かは死ぬ。
それは、至極当然な当たり前な事実だ。
人が生きられる年月、寿命というものがあるだろう。突発的や意識的な死だって、そこら中に存在している。
それに、たとえ肉体の限界、魂の限界を超えた存在がいたとしても、──存在としての死というものは存在するものだ。
──人は何時かは死ぬ。
それは生き物としての寿命などではなく、存在が存在としてある、一種の終着点のようなものだ。それ以上は、どうあっても進めない。
そして、当の伊織が言うのは、寿命が何時終わるのか見えているのか。
いいや、違う。その伊織に浮かんでいるのは、圧倒的な自信に満ちた表情。
「そう言って、今まで死んでいった魔法少女を見てきましたけど」
「まぁな。私だって、気付かない内に忍び寄ってきて殺されたり、真っ向勝負で負けたりする可能性は、決してゼロじゃない」
「?」
それでは矛盾が生じると、涼音は首を傾げる。
だって、そうでしょう。
少なくとも、伊織は死ぬつもりというか、突発的な死を自ら否定している。──それは事実だ。
対して、伊織は何時誰かに殺されるかもしれないと、そうも言っていいる。──それは同様に事実だ。
詰まる話が、そこには矛盾が存在している。
涼音が首を傾げるというのも、何ら可笑しな話ではないのだ。
「──なら、先ほどの私の発言少しだけ付け加えようか」
「付け加え、ですか?」
「あぁ。死ぬつもりはない。けれど、死にたくはない。──な、簡単だろ?」
「死ぬつもりはない、死にたくない……」
それなら、筋が通るという話。
涼音だって、死にたくはない。
明確な、死にたくないという理由は、涼音には存在しない。それでも確かに、死にたくないという思いが先行している。
死にたくない理由なんて、しょうもない事だ。
それを、死に際となって初めて知覚する事ができるのだろう──。
「──つまり、死にたくないんですね」
「まぁな。私にはまだやるべき事が残っているし、そのためにもまだ死ぬ訳にはいかない」
「それは、妹さんの事ですか?」
「………メリアが私なしでも生きていられるまで──」
「? それは一体……」
「──なぁ、一緒にメンコで遊ぼうぜ!」
子供たちが、伊織と涼音の前に数人ほど、集まっていた。
本来の目的は、此処の駄菓子屋でお菓子でも買うつもりだったのだろう。実際、その手には、買ったばかりのお菓子の類が幾つか見られる。
というか、メンコ遊びか。
確か、メンコで叩いてメンコをひっくり返す遊びだっけ。──知らんけど。
いや、面白そうだ。
「……。ふっふっふ。私にメンコ勝負で勝てると思うよ」
「この姉ちゃん、やり手だぞ……」
「──知らんけど」
「「「知らんのかい!?」」」
そう言って、手にしたアイスを一口に、そして子供たちに混ざり始める伊織の後ろ姿を眺める、涼音。
少しだけ、目を穏やかに細める。
──柳田伊織は、こういう人物だ。
何もかもを巻き込む、まるで主人公のような資質。
ソレは時には微笑み、時には笑う。時には激怒だったりするし、時には──少しだけ寂しそうな表情を浮かべたりもする。
夕焼け景色に浮かぶ、
溶けるような水彩画を思わせる彼女であるのだが、同時にそこに存在している存在しているのだと自己主張を繰り返している。───まるで、白淡綺麗な人物画でも見ているような、そんな現実離れをした感覚を覚える。
嗚呼、今ならそんな気持ちではなくとも、カレンの事が少しだけ分かる気がする。
「──! ──ぉーい! 涼音も一緒に遊ぼうぜぇ。コイツ等滅茶苦茶強くて、私一人じゃあ勝てないからー!」
「……。はーいっ!」
少しだけ、涼音がほほ笑んだ。
───そんな気がしただけ………。
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