第二章『魔法少女の章』

第027話『刻々と巡り出す日常』

 赦したまえ、赦したまえ。我らが罪過を、どうか赦したまえ。


 始まりの刻には、既に滅びが迫っていて。


 英雄的な御仁方は、命を代価に延命を望んだ。

 

 災厄、■度訪れし。


 人々は、虚空へと消え。


 残るは、ただただ広がる大地だけ。


 赦したまえ、赦したまえ。我らが罪過を、───どうか赦したまえ。



 ♢♦♢♦♢



 あの事件の際、聖シストミア学園は甚大な被害を受けた。

 たとえ、カレン・フェニーミアが行った事についての隠蔽が成功しても、その被害だけは残り続ける。それは、魔法少女という超常的な存在であっても、数日の時間を要するものだ。

 ちなみに、カレンについては、表向きというかごく限られた一部の人以外は、休学中といった扱いを受けている。

 一応、学園側としても、フェニーミア家の印象を悪くはしたくないのだが、それでも噂という黒い煙は立ち込めるばかりだ。


「(……ふむ。やはり、こうなるのか。乙女ゲーの悪役令嬢が碌な末路を辿らないというのは、少し無理があったか?)」


 そう辺りを見回しつつもさりげなく聞き耳を立てる、ある意味そういった職業においては必須スキルともいえるものを使いつつ、そう思う伊織なのであった。

 勿論、伊織としても自身に多少の責任があるが故か、一応どんでん返しを可能とする一手を残してきているのだが、それが成功するか否かはカレン自身に掛かっていると言ってもよい。


「──あっ、伊織さん。丁度いいところに」


 そんな時だった。

 ある程度何処かの目星は付くが、誰かが伊織の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

 勿論、伊織に話し掛けて来る奴なんて、知れているのだが。


「……。やっぱり蓮花だったか。なんとなく、察しはついていたけどな」

「やっぱりって何ですか、やっぱりって。それよりも、少しだけ話があるのですけど、時間いいですか」


 そう言った蓮花の表情を見る限り、といったところか。

 なら、人気が多い上に噂話も共に多い、そんなこの場では言える筈がない。


「なら、いつもの場所へと行かないか。あそこなら、今は人気がないからな」



 /2



 伊織の言ういつもの場所と言えば聖シストミア学園の中庭で、その蓮花の予想は当然と云わんばかりに当たった。といっても、伊織がいつもいる場所と言えば中庭ぐらいなもので、奇想天外な答えでも出さない限りは外れる事はないだろう。


「──それで、向こう方は一体何のご用件で? いやそもそも、何故蓮花の方に……」

「“乙女課”の人たちが、今度正式に魔法少女になるための訓練があるからと。そうとだけ言っていました。ですが、何故私に伝えられたのかは分かりません」


 と伊織はとぼけたような口ぶりをするのだが、彼女にはそれなりの予想がついている。

 おそらくは、柳田伊織としての信用はあるのだが、魔法少女グレイとしては信用がないといった辺りか。

 実際、彼女は好き勝手に魔法少女になった挙句、また好き勝手にケモノを倒しているのだから。


「……。まぁ、それはいいとして、その試験とやらで一体何をするのかとか、他に何か聞いていないか?」

「残念なことに、楽しみにしておいてくれとの一点張りでした」

「まぁそうだよな。事前に試験内容を教えてくれる訳ないよな……」


 そうは言うが、伊織としてはそれは少しだけ不味い。

 何しろ、伊織は世間に疎い。いや別に、彼女が日々のニュースなどに疎いといったよくある話などではなく、ただ単純に世間との溝が少しだけあるのだ。

 もしも、心理的な記述や問答といった試験があったとすると、万が一があったりする。


「(……。少しだけでもしておくか……)」


 そう思う伊織なのであった。


「──ぉりさん。──ぇ、いおりさん。──ねぇ、伊織さん!」

「……。あぁ、すまない。少しだけ考え事をしていた。それで、一体何だ?」

「あそこにいるのって、涼音さんじゃないですか?」


 まさかの人物の名前を聞いた。

 驚愕と共に伊織が蓮花の視線の先を追うと、そこにいたのは蓮花の言う通りの黒辺涼音の姿がそこにあった。

 一方で、そんな当の涼音はというと、此方に気付いていないのか、何処かに向かうべくその歩を進めているのだった。


 この際、涼音に対して、今度の魔法少女の試験に聞くべきなのだろうか。

 答えてくれるかは聞いてみない事には分からないのだが、伊織の予想だと条件次第では答えてくれそうだ。愛想が少しだけ悪くとも、気に入った相手にはそれなりに気に掛けるタイプだと、そう思う。

 しかし、伊織の経験上、その支払う代価が高くなりそうだ。


「(うーん。どうしたものか?)」

「──あの、涼音さん。少し聞きたい事があるのですけど」

「あ、やっぱりそうなるのか……」


 そう言って伊織も、蓮花の後に続いていく。

 だが、伊織の予想通りと言ってもよいのか、蓮花の交渉は船で言う難破が起きている最中だ。今現在も蓮花が続けているの行為は、難破船をどうにか立て直そうとする者に近い。

 しかし、蓮花と涼音の相性が悪かったのだろう。カレンとに比べればまだマシな部類なのではあるのだが、それでも友達と言うぐらいでしかない。

 ただまぁ、そうして蓮花が時間を稼いでいてくれたおかげで、万が一涼音が逃げ出すことはなかったのだが。


「あの、涼音さん。どうにか、どうにか試験内容を教えてくれませんか!」

「いえ、一応これは魔法少女に相応しいかの試験ですので、答える事はできません」

「──それを、どうにかならないのか?」

「……。伊織さんも来ていたんですね」


 そう言って、涼音は伊織の方へと視線を向けて、その数秒後に体の方向を此方へと向けてきた。如何やら、早々に逃げられるという、交渉以前の話になりそうもない事にはならないようだ。


「まぁな。そこでついさっき、蓮花から試験について聞いてな」

「流石に伊織さんの頼みでも、他の皆さまへの配慮もあるので、試験の内容を話すことは無理ですから」

「そうか。……そうか」


 そう異を示す返答をされたのにも関わらず、当の伊織の反応はというと、随分と落ち着いた様子だった。

 何故なら、もし無理だと話すのならば、そこまで話の内容を膨らませる話題を態々一手目にして出す必要はないからだ。


「なぁ、涼音。他の皆さまというのは、私と蓮花以外にも参加する人がいるのか?」

「……。えぇ、既に魔法少女となっている伊織さんと蓮花さんの他に、あと数人の一般参加の人たちが」

「というと、この試験は魔法少女を生むための試験ではなく、というよりもじゃないかな?」

「……。その質問に対して答える事はできません」

「ま、そこまで切り込むとなると、答えられないだろうな」


 いや、答えられなかったというより、一応答えたというべきか。


 この試験とやらは、おそらくは魔法少女を育成するためのイベントだ。

 まず、現場に出せる魔法少女自体がかなり少ない。一応、適正があるだけや実力がかなり低い魔法少女も合わせればそれなりの人数にはなるのだが、それは文字通り命を投げ出す行為だ。故に、希少価値の高い魔法少女の命を態々投げ出す訳にはいかない。

 そして、何故非公式ながらも魔法少女になった伊織と蓮花、それに対して、一般参加の人たちと同じ試験を受けさせるのか。なればこそ、同じ試験を受けさせる事によって、互いが利益を得られるものなのだろう。

 勿論、増長しないような狙いがあるのかもしれないが、それはまずないと言ってもよい。


「ですが、」

「……。ん、ん?」

「今日、少し買いたい物があるので買い物に行きますけど、伊織さんもよかったら来ますか? 一人だと、少し寂しいのでがいてくれると」

「……あぁ、それなら私も丁度解体物もあるし、付いて行くかな」


 意図は伝わった。

 あとは、伊織が涼音に付いて行くだけだ。


「分かりました。それなら、放課後、校門の前で集合でいいですか?」

「あぁ、それで構わないよ」


「あれ? いつの間にか私、いない扱いに……?」



 /3



 その数時間後の事。

 終業のチャイムが鳴り終わり、下校時間となった。


「確か、校門前、だったよな」


 そう思いつつ伊織は、下校を開始する生徒の人混みに紛れて校門へと向かっている。相変わらずの生徒数だ。


 ──照り付ける日差しが、眩しくもじりじりと暑い。

 今現在は、初夏の手前といった辺り──つまるところ、五月の半ばほど。

 アスファルトの上に陽炎がたなびくほどではないが、それでも暑いものは暑いのだ。それも、地面から放たれる高温と、人混みによる熱気によって、余計に暑く思えるのだから余計にたちが悪い。

 おかげで伊織は、バックから取り出した扇子を扇ぐ羽目になった。

 

「──よっ、待ったか?」

「いえ、ボクも今しがた着いたばかりです」


 伊織が暑い暑い思いつつも校門へとたどり着くと、そこは涼音の姿があった。

 涼音はというと、昼間に伊織が見た時と同じような、この学園の制服姿。確か、伊織よりも一つ年上だった筈なので、もしかしたらまたしても偶然に同じ学園入学していた話なのかもしれない。

 ただ、これは伊織の予想でしかないので、話を聞いてみない限りは分からないだろう。


 そして、二人は合図もなく歩き始めた。

 別に何処へ行くかは伊織も聞いていないが、まぁなるようになるさ。


「それで、今日は何処へ行くんだ?」

「……。えっと、もうそろそろ水泳の授業があるので、そのための水着を買いに行こうと」

「なら、デパート辺りか? 確か、あそこに水着売り場があった筈だが」

「いえ、商店街にスポーツ用品店がありまして。そこの物は安い上に上部なので、そこへ行こうかと」

「まじ、──かよっ!?」


 そんな、涼音から放たれた驚愕の一言は、伊織の平常心を大きく揺さぶるには十分過ぎるほどだった。

 数日前、伊織は今度の水泳の授業に備えて、デパートに水着を買いに行った。勿論、妥協に妥協を重ねた結果だ。

 それが一体、どういう事なのだろうか。

 伊織が買った水着よりも高性能かつ安そうな水着が、学園の近くの商店街にあると言うのではないか。

 これには伊織も、驚愕に他ない。


 そして、涼音と伊織は件の商店街へとたどり着いた。

 この梓ヶ丘は、新開発されたとある一つの都市だ。元々は、古い建物群で溢れていた梓ヶ丘であったのだが、開発により古の遺群は駆逐された。

 だが、それでも過去の遺産というものは、残るというものだ。

 ──こうして、人々の営みが続くように……。


「伊織。これはどうですかね?」

「いや、パックされているから分からないけど。どうだろうな」

「……、伊織に聞いたボクが馬鹿でした」

「……、絶対に私のせいじゃないよな、それ」


 スポーツ用品店に入った涼音と伊織は、互いに顔を見合わせながら話す。勿論、手にしたスクール水着についてだ。


「(……)」


 正直、伊織は動揺している。

 何しろ、此処にある水着の殆どは、伊織が前に買ったスクール水着よりも性能が高いのだ。それも、値段がお手頃というのが、余計に彼女の動揺を増している。


「(私も、此処で買うべきなのだろうか? いや、家にあるしな……)」

「伊織、聞こえてますよ」

「あ、悪い」


 顔が少しだけ熱くなったのを感じる。

 だが、そう思うのも無理のない話だ。

 伊織自身が独り言を漏らしたのなんて、果たしていつ以来なのだろうか。


「それよりも伊織。もしかして、市販品の水着でも買いましたか?」

「買ったけど、何か問題があったか? あったなら、此処でついでに買っていくつもりだけど」

「いえ、デパート辺りの水着も、此処の丈夫な水着もあまり変わらないと思いますよ。何しろ──」



「──伊織。“貴女の素の身体能力は、素の状態でも魔法少女と同格レベルですから”」



「まぁそうだよな。今度、ジジィにでも、特注の水着を頼んでおくか……」




 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷


 お疲れ様です。

 感想やレビューなどなど。お待ちしております。


 あと、今回の『魔法少女の章』について注意すべき点がありますので、機会がありましたら、近況ノートの方をご覧ください。

 また、そんなの関係ねー! って言う人は、是非次話以降も読んでくれると幸いです。

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