第026話『日常は、きっと再び始まる』

 あの聖シストミア学園での事件から数日後、臨海都市梓ヶ丘は爪痕が多少残るが、いつも通りの日々を送っていた。

 人々の笑い声が聞こえる、騒がしいほどに。

 色々なイベントが、そこら中から声が聞こえてくる、賑やかしい事に。

 生活を動かす、公共の乗り物の定期的な振動と音が響き渡る、演奏を彩る重低音のように。

 ──そう、日々はいつも通りに回っている。


「……まさか、あんなことになるなんてな」


 そう言って、伊織はずっと室内にいて体が凝ったので、見とれてしまうほどに目映い銀髪のを連れて梓ヶ丘へと足を踏み出した。

 二人しての気分転換としては、少々金は掛かる。しかし、それでも費用対効果で考えれば、十分過ぎるほどにお釣りは来るだろう。


 そう、彼女の名は“フレイメリア”。

 前から伊織が“メリア”と呼んでいた、彼女本人である。

 そして、伊織の妹だ──。


 そう、あの日の事件は確かに町には然したる影響を与えなかったのだが、舞台となった聖シストミア学園は別だ。所々、砕かれたり切り刻まれた瓦礫なんかはまだましな方で、一歩道を違えば、そこには融解した建物らしき物が見られる。

 つまり、一体何が言いたいのだというと、“現在聖シストミア学園は休校中”だという事だ。


「ねぇ、姉ちゃん。勉強しなくてもいいの? 確か、中間試験が終わった後すぐに期末試験じゃなかったっけ?」

「あまり、部屋で根を詰めてもしょうがないからな。それに、前回はかなり良い順位だったから、それなりの余裕はあるんだ」

「……へぇっ。そんなこと言って、今度は二十位辺りまで落ちるんじゃないの?」

「……不吉な事言うなよ。落ちたらどうする」


 若干、伊織は顔色を悪くしてそう言うが、そう簡単に首位という冠は奪われるものなんかじゃない。いや、さぼればすぐさま奪われるだろうが、人生二週目にして勉強を頑張っている彼女がそう簡単に負ける訳がない。


「それで、今日は一体何の用なの?」

「まぁ、私の学園で着る水着を買いに、だな」

「……別に姉ちゃんだけで来ればよかったんじゃないの?」

「私、あまり着る物とは無頓着だからな。誰か、参考になる意見が欲しかったんだ。サイズとかは分かっても、誰かから見た印象とはまた違うからな。あとで、欲しい物を買ってあげるからさ」

「やったぁ♪ でも、水着なんて着た事ないから、参考になるかは分からないよ」

「──そっかぁ……」


 伊織は、若干放心したような異常状態へと形態変化した。

 確かに伊織は、フレイメリアに対して下心ありきで誘ったのは事実だ。実際、そうでもしなければ、伊織よりも服などに関しては無頓着なフレイメリアだけを誘ったりはしない。

 けれど、伊織の心の何処かでは、もしかしたら二頭追えるんじゃないかと思ったりもした。まぁ、結果はことわざ通りの“二頭追う者、一頭も得ず”となってしまったが。


「でも、我ながら思うんだけど、私じゃなくて知り合いを誘った方がいいんじゃないの?」

「一人は、政府の監視下で檻の中。もう一人は、他の男子生徒たちと仲を深め中。そして、最後の一人は、適当に理由を付けられて逃げられた。アレ、絶対嘘だろう」


 ちなみに、上から順番に“カレン”“蓮花”“涼音”となっている。

 この中で一番来てくれる可能性が高いというのなら、満場一致で蓮花だろう。けれど、下手に伊織が手伝った仲を裂く訳にはいかず、ましてや徹たちが空気を読まずに付いてくるなんて、それこそフレイメリアの方が断然いい。



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 そんなこんなで、衣類店の水着売り場へと足を運ぶ、伊織とフレイメリア。

 伊織とフレイメリアが向かったのは、前回カレンと一緒に買い物をした、あのショッピングモール。しかも、その時と同じ衣類店だ。

 この梓ヶ丘一のショッピングモールは、とても多機能的に造られている。それこそ、下手に何処か別の店に行くよりも店揃いは良いし、住民の憩いの場としても使われている。

 だからこそ、奇遇って話は野暮ってものだ。


「これにするか……。それとも、この安いスクール水着にするか……」

「姉ちゃん。折角お金あるんだから、ちゃんと使わないと」

「とは言っても、スクール水着だぞ。三年間の決まった期間しか使わない、使用地域限定の消耗品だぞ」

「……そう言われてみれば確かに……」


 伊織は柳田家の次期当主筆頭で、けれど下手にお嬢様名乗っている他の連中よりもお小遣いの額は大して変わりはしない。しかし、前に荒稼ぎをした金が今だ残っているので、総資産額はかなりのものとなっている筈だ。

 だが、伊織の前世はそんな額の金を持っていない人生で、どうしても金があっても小市民的な生活になってしまう。それは良いところでもあり悪いところでもあるのだが、お嬢様としては失格だろう。

 言葉遣いといい、生活態度といい。日常生活ではお嬢様失格な、柳田伊織であった──。


「──ふぅ、買った、買った」

「夏用の水着、買わないの?」

「別に何処か海辺に行く予定なんてないし、それにその時はスク水でもいいんじゃないかな? それに、メリアだって買うつもりはないだろう」

「アタシ、インドア派なもので」


 と言いつつも伊織。彼女は忘れているだろうが、今は昔とは違って涼香と蓮花がいるのだ。涼香はともかくとして、蓮花はそういった誘いを掛けてくる可能性が高い。

 それが結果として、問題の先送りになっていることを、今の伊織は知らないでいる。

 で結局として、伊織は安めな部類に入る程度の値段な、紺のスクール水着を買った。


「(……破れる、んじゃないの?)」


 そう思う、フレイメリアなのであった。

 胸などのサイズが合わないとかそう俗物的なものではなく、伊織の身体能力に付いてこられるかという超常的なもの故に。

 つまりは、耐久性な問題──。


「あれ? 伊織じゃないか。こんなところで奇遇だね」

「ん? あぁ、ノーラか。私は学園で使う水着を買っていたところだが、そっちこそ一体何の用でこんなところに?」


 さて、伊織が買ったスクール水着を鞄の中に入れて寄り道をした上で帰路に付こうとしていたところ、何の偶然か、魔術関連の物が売り物な骨董品店店長なシェノーラだった。

 そんなシェノーラはいうと、その手にはかなり大き目の紙袋が幾つも握るか、また掛けられている。


「前に着ていた服に見逃せない穴が開いてね。それで買い換えていたんだ」

「? いつも変わらないと思うが」

「いや。店で着ているのは制服で、買ったのが部屋着というか、普段着というか。それを買っただけさ」


 ふぅんと、納得する伊織。

 確かに、いつものシェノーラと言えば、何時の時代かと言われる和服。別にこの梓ヶ丘では多くはなくとも一定の人数はいてそう珍しいものではないのだが、その光沢は只者ではないとそう告げているようで。実際のところ、かなりの値はする事、間違いない。

 ただ、あれだけの和服が何着か、仕舞われていたことを思い出す。

 合計で、果たしていくらするのだろうか?



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 思ったよりも、話し込んでしまった。

 あれから、少し世間話をしようと、前にカレンと一緒に行った喫茶店に顔を出した。

 そこにはいつも通りなセクハラかましてくる老齢な店長がいるが、前とは違って何事もなく終えた。伊織は人生二週目故に、シェノーラはよく知らないが精神年齢の高さ故と思う。

 他にも限られた色々な人と来て、反応を楽しんでみたいものだ。


「(そう言えば、カレンが顔を赤らめていた時、何やら言っていた気がするが。そう言う事だったのか?)」


 あれに気付いていればと、伊織は思わなくはないのだけど、きっと結果はあまり変わらなかっただろう。伊織としては、蓮花にはちゃんと魔法少女になって貰いたかった、っていう理由があるのだから。

 そんな反省の色なしの伊織ではあるが、一応反省はしているのだ。何か言っておけば、と。

 だが、あれからカレンの取り調べによって得られた情報の中には、あの黒い猫を介さずに誰かを魔法少女にできる“存在”に感情を増幅されたこともあって、きっとたらればな伊織の頑張りは灰燼に帰すことだろう。


「あっ、伊織さん! こんなところで奇遇ですね」

「今度は蓮花か……。本当に今日は、知り合いによく会うな」


 そう嫌々伊織が声のした方へと視線を向けると、そこには案の定というか、蓮花の姿がそこにはあった。先ほどまでは、あの時の三人組と一緒にでもいるのだと思っていたのだが、如何やら蓮花は一人でショッピングを楽しんでいたらしい。


「……まぁ、それはそれとして。伊織さん、話したいことがあるので、少しだけ時間をくれませんか?」

「? 別に良いけど」

「ありがとうございます!」


 夕暮れ時。差し込む日が、寂しげに温かく包んでくれる。

 そんな海岸線を、伊織と蓮花は歩いていた。伊織は道路わきの歩行者用の通路を、蓮花は何故か堤防の上を歩いていた。伊織も試しに歩いてみたことあるが、面白くはなく、けれど歩きたくなる魅力を持っているのだ。

 ──とても不思議なものだ。


「……伊織さんは、カレンさんの事をどう思っているのですか?」

「いきなりどうした? とは言えない、か」


 伊織がその件の後に聞いたのだが、如何やら伊織が蓮花の訓練に対して付き合っていたからそうだ。

 これを独占欲の強いとただただ済ませる事はできるのだが、昔からの付き合いかつ知っている伊織にとっては、少しやっちまったと後悔するものだった。


「まぁ、悪い奴ではないと思うよ。身分に笠を着て威圧することもなければ、理由なく相手を贔屓することもないからな。それに、自分の立場をある程度分かっている」


 伊織は言わなかったが、勿論カレンにも欠点はある。

 それは、親しい間柄に対して独占力が強いという点。勿論、他の人と話したり遊びに行ったりする程度は見逃しているそうだが、ただ時が絶望的に悪い上に出来事もかなり悪いとなると、伊織にもある程度は納得できるものだった。

 もしも、伊織の義妹たるフレイメリアが誰かと結婚するとなれば、伊織もそうなるのも何ら可笑しな話ではない。


「──伊織、さん?」

「……あぁ、少し思いにふけっていてな。それで、結論だけ言うのなら、別にカレンは悪い奴ではないさ」

「そうですか、そうですよね」

「それじゃぁ、私はこの後用があるから、明日からもよろしくな」



 ♢♦♢♦♢



「柳田さん。面会時間は三十分だけです」

「ああ。無理を通してありがとな」

「いえ、今回の件を片付けた貴女に何を報酬にしたらいいのか迷っていまして、渡り船でした。──それはそうと、報酬は金じゃなくてもよかったのですか?」

「──金で買える物はあるけど、金で買えない物もあるからさ」


 とある一室に案内された伊織は、一度は行ってみたいセリフの一つを吐いて、皆森は去って行った。

 その一室は、防音防壁完備のある種のブラックボックス。

 つまるところ、今伊織がいる場所というのが、面会室と呼ばれているところだった。


「──お久しぶりですね、伊織さん」


 そして、伊織のガラス越しの前にいるのが、先ほど蓮花と別れた理由であるカレン・フェニーミアの姿がそこにはあった。

 あの事件の後、“乙女課”の人たちに拘束されるカレン。普通の犯罪者ならば警察の方の管轄になるのだが、生憎と魔法少女を収容して監督できるほどの人材などは揃っていない。それが普通で、そのお鉢が回ってきた先にいるのが“乙女課”だったというだけだ。


「あれから、数日が経ったのか」


 その割には、収容されていたカレンはというと、相変わらず整った様子であった。

 その理由は、警察の刑務所などと比べてかなり整った設備が完備されていたり、食事もかなり良いかららしい。

 というのも、警察の刑務所などとはその役割が違うからだ。刑務所などは罰という面が強いが、“乙女課”のとある収容施設は隔離施設といった面が強い。つまるところ、そうそう隔離施設から出られる話ではないというのだ。しかも、下手に暴れさせる訳にも行かず、一般過程ど同等以上の設備となってしまったのだった。

 その上、カレンの家柄もかなり関係している。彼女の家の地位を蔑ろにすれば本家から抗議の連絡が来るため、現状維持が適しているのだ。


「──あのぅ。あの時は、本当に申し訳ありません」

「別に、大して気にしてはいないさ。それに、カレン、あの時のお前の記憶は曖昧だったのだろう?」

「……。それでも、あの愚行を起こしたのは私自身ですから、謝らせてください」


 そう言って、座った体勢で頭を下げるカレン。

 そして、会話は続いていく。


「それで、そのカレンは魔法少女とやらになったのか?」

「えぇ、あの事件の後、“乙女課”による身体検査を受けて、私が魔法少女になった事は確定しました」


 そう、あの後にカレンは“乙女課”による身体検査を受けて、彼女が魔法少女なのだという事が発覚した。

 それ故に“乙女課”の人たちは、カレンの今後の扱いについて難儀している。

 ただでさえ、魔法少女の数というのは少ない。成れるか成れないかの問題もあるが、ケモノと戦い続けられる資質も必要になってくるのだ。

 だが、カレンはそれらの条件を、恐らくは全て満たしていると思われる。今現在彼女はその経緯が歪ながらも魔法少女であり、非情な決断すらもできる稀有な存在。

 故に、彼女を条件付きながらも魔法少女として扱うか、このまま現状維持を続けるか。それが、“乙女課”の目下も問題だ。


 だが、カレンには魔法少女として活動する気は、あまりない。

 そもそも、カレンには己が願いを何かに託すほどの、誰かを蹴落としてまでの願望を所有していない。いや、伊織と一緒にいるという願いはあるのだが、それはカレン自身の行動によって叶えられるものだ。

 そもそもの話、カレンがこの隔離施設から出るのは、とても容易な話だ。

 だからこそ、カレンがリスクを背負ってまで、魔法少女になるという選択肢は──まず、ない。



 /14



 それからは、少しだけ他愛のない話が続く。

 伊織には、カレンに対して頼みたい事があるのだが、どうもその言葉が出てこない。

 別にさっさと伊織が用件を言えばそれは済む話で、けれど軽々しく話せるほどに希望が詰まっている訳ではないのだ。


「(……)」


 これは、パンドラの箱だ。それも、肝心のエルピスが何処にも存在していない、災厄を撒き散らす、ただただ人類の寿命を削るものだ。

 そして、それらを無理矢理封印するのも、はたまた解放するのも。此処にいる当の二人にしか行えない。


 だからこそ、伊織は伝えるのを躊躇している。

 ──カレン・フェニーミアは、誇り高くて自身を戒めている身分ある人物ではなく、ただの一人の女性だ。

 それを勘違いをして、伊織は理想をカレンに対して押し付けていた。


 一方で、抱え込むのはそれ相応のリスクを孕む事になるが、それでも楽だ。

 伊織自身が失敗すれば、本当に人類の終焉が訪れるのかもしれない。が、それでも所詮は他人事。カレンを他人と断じれば、それは一体どれほど楽か。


「──伊織さん、何か悩んでいらっしゃいますか?」

「(……あぁ、そうだな。お前は誰かを心配できるほどに優しいんだな)」


 カレン・フェニーミアは、とても優しい人物だ。しかし、誰かれ構わず無作為の助けるのだという、聖人君主というわけではない。

 カレンが助けるのは、顔見知りなんて関係性の薄い誰かではなく、とても大切な誰か。それを始めて伊織は、あの時知ったのだ。

 だから、きっと───。

 

「──。なぁ、カレン。今後の事についてなんだけど、少し頼んでもいいかな?」

「? それは一体──」


 伊織の頼み事。

 ある程度の付き合いならば、喜んで伊織の頼みを聞くのかもしれない。何もが平均以上かそれ以上できる彼女からの頼みというのは、受ける側にもそれ相応の幻想な報酬が支払われるからだ。

 だが、それ以上の付き合いをしている涼音やカレンといった人たちには、少しだけ微妙な反応をするしか他ない。何故なら、そんな伊織が頼み事というのが大抵の話碌なものではないと、これまでの経験で知っているからだ。

 しかし、伊織に固執しているカレンからすれば、その話はとても魅了的。その一方で、伊織が頼む事が毎回の如く碌でもないものだと知っているので、微妙な表情をするしかなかった。

 ──それは、伊織の言葉のその決意を知って、態度をひっくり返す。


「──」




 ──茨の道、修羅の道。いや、人の身では決して通り罷る事のない、死山血河の鬼道。

 その果てに一体何が待っているのか、伊織でさえも知らないでいるのだ──。




「分かりました。そのように、此方でも進めておきます」

「あぁ、よろしく頼むよ……」




 


 お疲れ様です。

 感想やレビューなどなど。お待ちしております。


 あと、少しでも面白い、続きが気になるなどありましたら、星やフォローなどをくれるととても嬉しいです。



 そして、今話を持ちまして、第一章『乙女ゲー』の章が終わりました。

 詳しい事は近況ノートに書くつもりですが、万が一見ない人もいるのかもしれないので、この場を借りて書かせていただきます。


 えー、今まで日3話の更新速度でしたが、これ以降は更新する予定です。

 今後共、『プリズマ☆グレイ ~令嬢な魔法少女なカノジョは魔法を使いたい~』をよろしくお願いします。

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