第022話『焔のソナタ』

 ──炎が吹き荒れる。

 瓦礫は山々となって点在。

 熱風ですら蓮花たちの肌を焼き、もしも炎自体に長く触れようものなら、黒く焼け焦げる事だろう。


 おかげで、蓮花たち四人は、カレンに近づく事ができずにいる。

 息が苦しい。

 肺が焼けるような熱気の中でもなお、蓮花たちは必死で戦っている。


 それは何故か──。

 答えは単純。からに決まっている。

 けれど、命を落とすかもしれない修羅場で、態々見ず知らずの他人のためなんかに、自身の命は普通賭けられない。

 いや、蓮花だったら賭けられるかもしれないし、徹だって若干怪しかったりする。けど、後の健人と啓介は線引きがされていて、賭けられない。


 しかし、それでも彼女等は今此処にいるのだ──。

 


「──カレンさん。目を覚ましてください!」



「──私が、目を覚ます、だと? 貴女が私に? ──ふふふははは、笑いが止まらないとは、この事ですか!!」



 噴火。

 カレンの周りに噴き溢れる炎の本流が、爆発したように拡大をする。

 まるで、火山の噴火を思わせる爆発。辺りの地面は、黒く焦げるどころか、所々赤熱状に赤く燃えていた。


 嗚呼、カレンの自意識によるものではないが、それでも魔法少女となった蓮花ですら殺せる一撃。

 どうにか、蓮花が寸前のところで気付いて他三人を引っ張って下がったから良かったものの。

 もし、あとほんの少しでも蓮花の反応が遅ければ、蓮花他三人は黒く焼け焦げて、そのまま死亡していた事だろう──。


「──っ!」

「──れ、蓮花さん!」


 そして、そんな咄嗟の判断で体勢を崩していた蓮花に対して、当のカレンは彼女目掛けて突っ込んでくる。

 勿論、蓮花は避ける事なんてできないし、徹たちも碌に反応できていない。

 蓮花はどうにかその一撃を受けたものの、勢いを殺しきれずそのまま背後へと吹き飛ばされた。


「──あぁ。私はきっと事であろう。それは貴女の言うように、事実らしい!」

「──っぁっ!?」

「──だけれども、この思いを貴女に分かってたまるかぁっ!!」


 圧倒的な、それこそきっと物理的なまでの重圧すら感じる、圧の威力。

 その瞬間、蓮花は確実にカレンに対して、賭ける気迫で負けた──。

 そして、そのような絶好とも言える機会。それを目の前にいるカレンが、みすみす逃す筈がなかったのだった。



《柳田流体術、裂槍》



「──ぐ、ううううぅぅぅぅ!?」


 蓮花の柔らかい肉体に、まるで槍のようなカレンの蹴りが。威力の減衰もなくただ的確に命中する。

 軋む肉体。

 吐き出される、酸素。

 蓮花は自身に身体強化の《マホウ》を掛けていたから良かったものの、もし裸体な素の生身に食らおうものなら、彼女の内臓はきっと修復不可能なほどに破裂していた事だろう。

 そして、何度かのバウンドをして、砂埃を上げつつ蓮花の吹き飛びは収まった。


「──が、あ、っ!?」


 だが、その代償はでかかった──。

 酸素を碌に吸えずに、呼吸困難にも近い。

 内臓は、何かしらの行動をする度に、警告信号を発する痛みを告げていた。

 少なくとも蓮花に、もうこれ以上の戦闘は不可能だという宣告にも近かったであろう。


「「「──蓮花さん!」」」


 倒れ伏した蓮花に対して、歩み寄る当のカレン。

 そんな彼女を止めるべく、徹は真っ先に駆け出した。勿論、健人と啓介も、彼をサポートすべく、背後で様子を見ている。


 彼等三人にとって一番不味い展開は、蓮花が死ぬ事──。

 確かに、徹たちと蓮花がこうして無謀とも呼べる戦いを行っているのは、単純にカレンを助けたいが一心。それを、この極限状態の戦いでも、忘れてはいない。

 だがそれ以上に不味い展開というのが、蓮花が死ぬ事である。

 そうなれば大儀なんて存在しないし、彼等が本当に守りたかったものを失ってしまうから。


 嗚呼、正直散々恰好の良い事を言った気がするが、実のところは蓮花の役に立ちたいだけ。

 それは勿論、徹たち三人の意思と直結している──。


「──」

「──くっ!? 炎、が!」


 だが、そんな彼等の勝てぬ戦いへと決意なぞ、その程度のものでしかない。

 ほら、単純な炎の波によって阻まれる。

 きっと、己の実力不足を嘆いている事であろう。もし、力ある者だったらとの、たらればを感じざるを得ない。


「──だけども、俺は俺だ! 今此処にいるこの俺だ!」


 代用品なんて上等なものは存在しない。

 たとえ役不足であろうとも、今この状況をどうにか出来るのは、此処にいる彼等だけしかいないのだ。


 炎の波を強引にでも抜ける。

 思い切りが良かったからなのか、重度と言えど火傷で済んだ。

 もしも、躊躇して長居をしたらだなんて、後ろ向きの事は考えない。


「──そう、ですか」


 そんな決死の行動に、初めてカレンは徹たちに意識を向けた。

 だがそれでも、煩わしい事象、その程度でしかない。


「──っぁ!?」

「──遅い、ですわね。」


 かち上げるようにして繰り出された裏拳が、まず徹の顎を直撃する。

 しかも、打撃のインパクトの瞬間が、空中に浮いてから。地面へと衝撃を受け流す事なんてできず、その衝撃全てが脳を揺らすに至る。

 勿論、元から特別な人間ではなく多少マホウで強化された程度の徹では、意識がブラックアウトをした状態からの即時復活は無理だったようだ──。


「──まずは、


「──徹! クソがぁっ!?」

「──健人! 僕たちが時間を稼ぐ。それでいいですね」

「あぁ、分かっている。そっちも精々、一秒でも多く時間を稼ぐのだな」

「言われなくても、分かっています」


 そして、健人と啓介も啓介も駆け出した。

 勿論、倒すだななんて分不相応な事は、最初から考えていない。

 そもそもこの引く事の出来ない戦いにおいて、勝負の決着なんて当の昔に着いている。


 それは勿論、カレンの勝ちという当たり前の結果で──。


 なら、此処で命を削る覚悟で、決して勝てない格上の存在に挑むのは、果たして意味のない事だろうか。

 先ほど勇敢にも一人で向かって行った、徹は無意味だったのだろうか。

 そもそも、この戦いに意味なんてあるのだろうか。


「──否! 俺たちは今この場に、お前を救うために此処にいるのだ!」


「──そうです。僕たちは、貴女を救うためにこうして立っている!」


 なんて、恰好の良い事を言いつつも、実のところ限界だった。

 それもその筈。碌に誰かと戦った経験なんてなくて、ましてや命のやり取りまでする戦いは、分不相応にも足を踏み入れた彼等の精神を蝕んでいったのだった。

 そのおかげで、何時精神が途切れて、筋肉が何時言う事を聞かなくなってもおかしくない今現状。

 それでも、恰好を付けたからには、彼等にはやるべき事が存在するのだ──。


「──そう」



 《柳田流体術、発掌》



「──ぐっ、がぁっ!?」

「──あ゛っ!?」


 まるで、内臓を破壊されたかのような、鈍痛じみた痛み。

 痛み自体は、そう大した事ではない。精々が、車にはねられた程度で、その程度ならば身体強化の《マホウ》を掛けて貰っている健人と啓介を一撃で落とす事は、叶わない。

 だがその独特なまでの痛みは、彼等を再び立ち上がらせる事を、不可能とさせた。


「──これで、


 終わった。

 呆気のないほどに、終わったのだ。

 何かできた訳でもなければ、ましてや助けた訳でもない。

 ただ、そこにいてそこで何かしようとしただけだ──。


 しかし、それを無下に意味のない事だとは捉えられない。

 何故なら──。


「──はい、此処にがいます」


「……。寝ていれば、残酷なまでの自身の最後を見る事なんてなかったのに」

「ですがそれは、諦める事です」


 勇敢と無謀をはき違えた、その言葉。

 けれど、その言葉があったからこそ、今蓮花はこうして立っている。無謀も勇敢も、要は使い方次第という奴だ。

 しかし、それでも先ほどの痛みが治った訳ではない。

 息切れを起こす。──酸素不足により、膨大なまでの空気を欲しているのだ。

 おかげで蓮花は、眩暈や身体能力の低下を引き起こしていたりもする。


 そんな、途轍もないほどのバッドコンディション。

 普通なら、態々立ち上がらず、そのまま寝ていて誰かが助けに来てくれるのを、待つのが賢明だ。

 そうだとも、ただの賢明だ。

 、諦めにも似た、ただの賢明である。

 そんなで終わらせるほど、蓮花の呪縛はそう安くはないのだ──。


「──身体強化、付与」


 己の身体強化の《マホウ》を付与をする。

 先ほどまでよりも、ずっと強力でそして深い。

 その如実なまでの事実を、軋み上げる自身の肉体が証明している。


 痛い、痛い。

 止めたい、止めたい。

 鎖にも似た呪縛が、そんな後ろ向きの蓮花の信条を、取って絡めとる。止めさせてはくれないのだ──。


「──行きます」


 走り出す。

 伊織から多少の体術を習ったとはいえ、当の蓮花に出来る事はただの殴る蹴るという行為でしかない。伊織のような、武術の類はまず使えないと考えても良い。

 だが、それだけで十分。

 相手は魔法少女な上、碌に運動が出来るとは思えない。

 それならば存分に、蓮花自身の効力を発揮する事ができるだろう。


「──はぁっ!」

「……。」


 最初に感じた違和感は、これだ──。

 初手のジャブ。技術は最低限に、速度は並の拳士のそれ以上に。

 だが、それを稚拙と侮る事なかれ。時に肉体は技術をも凌駕するのだから。故に、単純な身体能力というものは、とても重宝されるのだ。


 しかし、それをカレンは回避をした。

 それを、偶然だとは思えない。ただ単純に無様にも避けたのなら話が分かるのだが、完全にそれは見切った上での回避。

 その圧倒的なまでの実力差を指し示す事実は、当の蓮花に焦りを生み出したのだった──。


「──く、っそそそぅ!?」


 連撃を繰り出す。

 先ほどの蓮花の一撃に追撃を加えるようにして繰り出される連撃。風切り音をも立てて、それは繰り出されたのだった。


 だがカレンは、今度は受け流したのだ。

 一撃なら、まぐれだとそう現実逃避を出来た事だろう。

 しかし、流麗の如く蓮花の連撃を受け流す姿は、そんな甘い考えを霧散させるには十分。その姿は、敵ながらあっぱれと言わざるを得ない。


「(……ですけど、それは練習だから言える事。けど、実践の、それこそ死地での戦闘では言えませんね)」


 そう、称賛するべき相手が、蓮花自身を殺そうとしてきている相手なのだ。

 もし、この場にいるのが蓮花ではなく伊織ならば、きっと称賛する度量はあっただろう。

 けれど、あっぱれと言えるほどの、蓮花の腕は高くはない。

 もしもそれくらいの技量が蓮花にはあれば、今頃彼女はこんなにも追い詰められてはいなかっただろう。



 《柳田流体術、発掌》



「──ぐ、うぅぅぅぅ!」


 そして、その連撃の最中に生じた隙を、カレンは見逃さなかった。

 先ほどの、健人と啓介に打ち込まれたあの技。

 その証拠に、内臓が危険信号と共に軋みを上げる。

 それはあまりにも効果絶大で、吹き飛ばされながらも蓮花は、脂汗を散らしていた。……我ながら、気持ち悪いほどに。


「──が、あっ!?」


 そして、──ぐしゃりと生身の体が硬い物にぶつかる生々しい音と共に、蓮花は壁へと叩きつけられるのだった。

 本当に、気持ち悪い。

 自身の、我ながらの実力不足に。

 嗚呼、最初こそ誰かのために“ケモノ”と戦う決意をしたというのに、まさかこうして人間に殺されそうになって自らの実力不足を嘆く事になろうとは──。



 ──カツカツ。



 ──カツカツカツ。



 ──カツカツカツカツ。



 足音が聞こえる。

 意識は朦朧として、一体誰のものなのか、その確証なんて酷く上等なものは存在しない。

 だけれども、当の蓮花にはその足音が、死神の鎌を研ぐ音にも聞こえた。

 それが誰かなんて、愚問だったのだ──。


「──」

「──ねぇ、返事をしなさいよ」

「──」

「──ねぇ、返事をしなさいと言っているでしょ」


 息をするので、精一杯だった。

 手足は碌に動かせなくて、痙攣を繰り返すばかり。

 虚ろな瞳は、何をも明確なまでの今現在を映してはいない。

 嗚呼、死ぬんだなとの走馬灯を、ただ見ているしかなかった──。


「──本当に貴女は、伊織さんから教えて貰ったのですか。」


「──こんな、無様な状態で? 笑わせてくれる」


「──絶好の機会を得て、絶好の師を得て、絶好の運命を得てもなお?」


「──貴様は、伊織さんの期待を裏切ったのだ」


 立ち上がる。

 まだ蓮花自身は戦えるのだと、立ち上がるのだ──。


「まだ、です──」


 だが、そんな悪足掻きも、もう対策をされた時点で終わりだった。


「──いえ、もうこれで終わりです」

「これ、はっ」


 その瞬間、煌めく鋼が見える。

 先ほどの、蓮花の命を奪おうとしたナイフの物ではない。それならば、少し離れた位置で地面に落ちているばかりだ。

 だが、それはとても細い物。

 それが幾つも、宙で煌めているのだ。


 武術経験が浅い蓮花には、到底正体にはたどり着けないだろう。

 しかし、もしもこの場に伊織がいれば、その正体を口ずさんでいた筈だ。



 ──そう、と。

   それも、柳田流の武術だったのだ。



 そして、蓮花の首に巻き付けられる、鋼糸。

 それを蓮花自身が知覚した瞬間、彼女の行動を抑制すべく両手両足を縛り付けた。もし彼女が不自然な動きをしようものなら、その手足を切り飛ばせるように。


 嗚呼、これほどまでの条件が揃って、そのにたどり着けない筈がない。

 そうだ。カレンはずぶの素人の類ではなく、伊織と同じ何度もの戦場を潜り抜けた、歴戦の猛者だったのだ──。




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