第011話『私にも出来る事』

「──あれあれ。わたし達の知らない魔法少女がいるよ、雫」

「ほんとぉだ。知らない魔法少女だね、凪」


「──えっ?」

『我ッ!?』


 蓮花と乙種の“ケモノ”の間に割って入ったのは、二人の幼い少女。

 少女とは言っても、先ほど逃げ出した幼い男の子ほど幼くはなく、大体中学生ぐらいの外見をそれぞれしている。

 それだけならば、蓮花も怪訝な反応をしたりはしない。確かに、生きるか死ぬかの戦いの中で麗しい二人の少女がいること自体が可笑しな事だが、それは付属品だ。

 そう、何処か別のところの学園の改造制服らしき服を着る彼女等は、──魔法少女だった。


「ねぇねぇ。ボロボロだけど、助けてほしい?」

「えっと、……さっき逃げて貰った子供がいるので」

「──で、死ぬつもり?」

「──」


 息をのむ。否定できなかったからだ。

 蓮花が突如として現れた二人の魔法少女に対して、先ほど逃がした幼い男の子を頼んだのは、そちらの方が彼の助かる可能性がある、という訳ではない。ただ、もしも危険な状態に晒されていた場合、助けられる可能性が高いのが蓮花自身ではなく二人の魔法少女だからだ。

 そう、蓮花に死ぬつもりがなかったとしても、彼女が取る選択は死しか結末にないだろう。

 だからこそ、その図星を付かれて蓮花は、否定できなかった。


「……はぁ、こんな命知らずな野良の魔法少女がまだいたなんてね、雫」

「でも、野良と言っても、私たちの後輩だよ、凪」

「だね。こういう時は──」


「──あっ」


 そう、先ほど蓮花の目の前に現れた二人の魔法少女同士が話している最中、その隙を狙って“ケモノ”の剛腕が振るわれる。

 程度にもよるが、華奢な体つきで身体系の《マホウ》でもなければ、まともに食らえば死ぬこともあり得る。先ほどの蓮花も、何とか致命傷は避けたから、全身が死ぬほど痛い程度で済んでいるのだ。


『菟、ォォォッ!』




「「──此処は私たちに任せて先に行け、ってね」」




 その言葉の瞬間、宙に血飛沫が舞う。

 一体、誰のものか。

 ──それは、明らかだった。


「菟ゥ……」


 突如の光景。

 一瞬にして思考が真っ白になった蓮花の意識は、その数瞬後には元の現実離れをした現実へと引き戻される。

 そう、蓮花が見た光景は、襲い掛かってきたケモノの腕が吹き飛ぶところだった。しかも、鋭利な刃物で切断されたという残酷だがよくある光景などではなく、根本からその腕が吹き飛ぶという、なんとも痛ましい光景だった。

 そして、蓮花の思考が現実へと引き戻されるのと引きちぎれたケモノの腕が地へと落ちるのは、奇しくも同時期であった。


「乙種と聞いていたけど、限りなく丙種に近いね、雫」

「だね。思っていたよりもずっと弱いね、凪」


 これが魔法少女なのかと、同じ魔法少女な蓮花はそう思った。

 今しがた魔法少女になって戦闘訓練を積んでいないド素人な蓮花とは違い、《マホウ》を手足のように扱い手慣れた感じでケモノの腕を引き飛ばした人間兵器。

 ──それはまさしく、観衆たる人々が思い描くであろう、情景と畏怖を集める魔法少女という名の人間兵器だった。


『虞ゥ……』

「あれ、逃げ出すの? まぁ、逃がさないけど──」


 この状況をケモノは劣勢だと見たのか。そのまま反転したのちに、この場から逃げ出した。

 緑色のショートの髪をした彼女──凪は、その逃げ出したケモノの逃亡を止めようと、幾つもの不可視の風の刃を宙に奔らせて、切り刻みに掛かる。それは、余程感覚が鋭くなければ躱すことのできない一撃。

 それをいともたやすく躱していくのだから、放った当の本人も少しだけ細めていた目を見開いた。


「なら──」

「そうだね──」

「──待ってください!」


 再度、追撃。

 先ほどとは違い、今度は雫も含めて追撃に奔る。あの軽やかに避けたケモノに当てる事は少し難しいのだろうが、それでも時間が掛かるだけで、あのケモノを倒すのに何ら支障はない。

 だが、その選択肢は、時間を喰ってしまう。

 その事実を予感した蓮花は、どうにかして彼女等の選択を止めようと、声高らかに挙げた。

 別に、蓮花は自ら“ケモノ”を倒したいという、魔法少女としては当たり前な考え故の事ではなく、ただそれはのためであった。


「何ですか。足手纏いはさっさと──」

「アレが向かった先に、私が逃がした幼い男の子がいるんです」


 そう、蓮花は逃がした幼い男の子を助けたい。

 “ケモノ”が逃げ出した方向は、偶然にしては出来過ぎて、蓮花が逃がした幼い男の子がいるであろうものだった。勿論、それを偶然だと言う事も可能だが、不自然な方向転換に人を喰らう“ケモノ”という存在。それらを踏まえれば、この考えに行きつくのは何ら可笑しなことではない。


「それは不味いわね、雫」

「このまま追って行ったら、確実に怒られるよ、凪」


 その蓮花の助けを求める言葉は、二人の魔法少女の動きを躊躇されるに至った。

 それもその筈で、基本は魔法少女がケモノを倒して、警官達が市民の避難誘導を行うという線引きがされている。これは利益の問題で、魔法少女の方は“ケモノ”を倒すことで己の願望への一歩を踏み出すことができ、警官も市民からの信頼を得ることのできるという。

 しかし、これは魔法少女側に限る話なのだが、その過程で逃げ惑う人々を見ぬふりをするのはあまりよろしくない。

 日常ならともかく、戦場で役に立ちそうもない一般市民の倫理感が、魔法少女を潰そうと影のように広がっていくのだ。

 ちなみに、警官がケモノと戦わない事は非難される事はまずない。もし、戦ったとしたら、伊織のような元から化物クラスでもなければ、死ぬ事が確定だからだったりするからだ。


 しかし、その躊躇が仇になる。

 あのケモノの足はとても速く、魔法少女の身体能力でさえ届きそうにない。しかも、立体的に逃げている───や、獲物を追っているのだから、碌に標準していない攻撃では当たりそうにもない。


「雫、サポートをすれば、届きますか?」

「精密な射撃が必要になるので、少し時間は掛かりますけど、この距離なら問題はありません。」


「──いえ、少し待ってください! あの“ケモノ”、もしかしたら群衆を狙っているのかもしれないです」


 そんな雫の言葉の数瞬前には、“ケモノ”の動きが急激に変わり、先ほどまで狙っていたと思われる幼い男の子がいるであろう方向ではなくなったのだ。

 ブラフ、はったりだ。

 先ほどまでのケモノの立体的な逃げは、この振られた展開だからこそ言えるのだが、これが本気なのだと勘違いさせるようなものだった。そう、激しく動いていることで、そういう風に演出していると言えよう。

 しかし、演出する必要がなくなって、全力で逃げ出した───獲物へと走る“ケモノ”の動きは、先程の比ではない。


「───雫!」

「ごめんなさい。標準ならどうにか合わせられそうですが、射程がわたしには無理みたい!」


 そう言う雫ではあるが、同様に凪にも無理な話だ。それも、先ほどの作戦は雫を主体とした強力技であって、凪単体の技なぞ、とうに射程なぞは知れている。

 だが、それを無理とも言えない話だ。

 此処で市民に被害が出るのは、正直避けたい事実。最近やっと、魔法少女という存在が世間的に認められだしたので、このような負の面はあまり見せたくはない。

 そう、魔法少女には“負け”の二文字は、世間的にも彼女等的にも認められていないのだ。


 ──勿論、そんな事にはなりそうもないのだがな。


「──マホウ強化術式、付与」

「これは、──あなたがやったの?」

「はい! まだまだ《マホウ》は上手く扱えないですが、どうにか成功したので良かったです」

「……そう。今回の新しい魔法少女たちは、憎らしいほどに将来性がありますね」


 そうだとも。

 魔法少女になったからとはいえ、すぐに《マホウ》を使える訳ではない。実際、同じ魔法少女のアーチャーだって、《マホウ》を扱うのには、それ以上の時間が掛かった。

 何故、《マホウ》を扱えるようになるまで時間が掛かるのかというと、単純に慣れていないというのが大きい。イメージとしては、自らの体に突如として生えた五本目の腕を上手く使えと言っているようなもので、人の殻に収まっていない機能はそう簡単に扱えるものではない。

 そんな、人体機能にない能力を一発で使えるようになった蓮花を、果たして“天才”と呼ぶかは少しだけ疑問に残る。


「雫、これならいけますか!」

「はい、照準は変わりなく問題なし。射程も、援護によって問題ありません!」


 照準よし。射程も問題ない。

 狙いは、今も立体的な機動を以って逃げ続けているケモノ。しかし、ソレはまだ此方の事には気付いておらず、ただただ走り続けるばかり。おそらくは、その先にあるガラス窓でも割って、そこから飛び出すでもするつもりなのだろう。

 しかし、ケモノがガラス窓を割って外に出るよりも、雫のトリガーを引く方がずっと速かった。


 ──。

 直線に放たれる水流。

 普通なら、玩具などの水鉄砲でもイメージするのかもしれないが、そんな生易しいものではない。

 あれは、高圧洗浄機の強化版とでも言えばいいのだろうか。まぁ、原理などはこの際おいておいて、圧縮されたその水流は、鉄板でさえも容易に打ち抜く事が可能だ。

 

『虞ッ、唖ァ啞ァ!?』


 そして、その威力は乙種程度のケモノなぞ、容易に貫くに至った。

 だが、脆い人間とは違い、その程度の風穴程度では、致命傷にはなりえはしない。

 しかし、苦悶の表情?それと声を挙げているのは、その正確な射撃によるものだ。凪も雫の腕前を信じているようで、見事にそのケモノに対して的確な位置による風穴を開けていた。

 つまりは、“ケモノ”の活動に必要不可欠な、人間の心臓に当たる臓器──魔石が、そこからぱらぱらと、どさっとケモノが倒れる音と共に落ちて行くのだった。



 ♢♦♢♦♢



 それから数分後にようやく、獲物を隠しつつも携えた伊織が現場にたどり着いたが、如何やら事は終わったようだ。その答えが正解だというように、後始末をしているスーツ姿の人たちが何人かいた。


「……もう、終わったのか。いつもなら、終盤に差し掛かる程度の時間帯なんだがな」


 そう、ケモノが現れたとて、すぐさま人々を守るためというか、魔法少女が現れる事なんてそうそうあり得ないのだ。

 それには、単純な現場との距離という問題もあるのだが、一番は一体誰を派遣するかという利益や損害の問題。そう、誰が己が願望を叶えるための一歩を踏み出すのかという魔法少女側と、魔法少女側の実力が足りない場合に起こる損害の二点だ。

 そのため、色々とお偉いさん方や魔法少女側の都合で、到着まで十分以上は掛かる筈。

 だが、今回に限って言えば、ケモノ出現からの数分で事態が片付くという、伊織から見て異例とも言える出来事だった。


「となると、上の人にも意見を押し通せる人が駆けつけたのか。それとも、ケモノの出現位置に丁度魔法少女がいたという。それのどちらかな?」




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