第012話『出会いは案外唐突に』

 その翌日の事だった。

 伊織は、昨日の不完全燃焼を引きずりつつも、聖シストミア学園へと通学した。

 それはいつもと同じ風景。だが、伊織は昨日の反省を生かして、少しだけいつもとは違ったものだった。


「──仕込むのに思ったよりも時間が掛かったな。これはもしや、遅刻コースという奴か?」


 そう言って、伊織は始業に間に合うように風に乗るような駆け足で、聖シストミア学園への通学路を駆け抜けていく。ただ、彼女は制服姿──スカートを履いてはいるが、膝程度の長さを誇るうえに、彼女の歩法や体勢などによって、パンちらなぞの不恰好は晒さない。

 とは言っても、伊織はそれなりに全力故にかなりの速度を誇っていて、それで見えないのは不思議と思う。


 それで、何故伊織が珍しく遅刻しそうになっているのかというと、言葉通りに仕込むのに時間が掛かったに過ぎない。

 昨日、伊織がケモノ討伐前に間に合わなかった理由は、彼女の戦い方が日本刀という、バレずに持ち歩きが困難な品物だからだ。武器を基本的には使用しない徒手空拳や、隠しやすいナイフや暗器といった小物とは違う。

 そして、そう思った伊織は、とある方法を思いついた上で、実行に移すために夜遅くまで仕込みを続けていたのだ。おかげで、朝に目を覚ました彼女の薄くぼやけた瞳に予定よりも時間が過ぎた現時刻に、思わず顔を青く染めるのだった。


 その正体は、伊織が背負っている竹刀袋だ。

 一見どころか多少触れられた程度では分からないと思うが、その伊織が背負っている竹刀袋の中には刀が仕舞われている。

 本来なら、竹刀袋の形や手触りなどで判別されるかもしれないが、そこはあの例の骨董品店で買った魔道具で分からないようにしている。ただ、その魔道具は高性能な上、急ぎの買い物だったので、かなり足元を見られた買い物となってしまったが。

 それで、大金を支払った伊織ではあったが、その魔道具の効力を発揮するためには設定や装着する必要があって、おかげで寝過ごす羽目になったと言う訳で。


「──、っと。お前も同じ遅刻組だったか」

「あぁ、ちょっと野暮用でな。そっちこそ、お前が遅刻だなんて珍しいな」

「こっちも、ちょっとした野暮用があってな……」

「そうか! 同じだったか!」


 ──そこで伊織は、まさかとは言わないが、それなりに珍しい人物と出会った。

 そう、同じ仲間がいて嬉しそうにしている赤髪の男子生徒は、“城ケ崎健人”。彼は伊織のクラスメイトであるのと同時に、『花が散る頃、恋歌時』という恋愛ゲームにおいての攻略対象の一人でもある。

 ちなみに、かなりの脳筋だと、伊織はそう記憶している。


「そんで、名前を聞いていなかったけど、なんていうんだ?」

「……、伊織。柳田伊織だ。自己紹介した筈だろう」

「そうだそうだ。けど、自己紹介の時、俺寝ていたからな。すまんかった」


 そう言えばと、伊織は自己紹介をした時の事を思い出す。

 学園で入学式や始業式後に行われる自己紹介の時間なのだが、特に思い出に残ることはなかった。『花散る頃、恋歌時』で自己紹介シーンは何度見たかとうに忘れ、それとあまり変わらなかったためだ。勿論、あらさがしをしればあったのかもしれないが、それは誤差でしかない。

 そのメインイベントの一つとされている自己紹介の中で、健人は一応は授業中にも関わらず、寝入っていたのだ。別に、伊織としてはそう驚く事でもないが、他の生徒はこそこそと話していて、現在進行形で自己紹介をしていたカレンが青筋を引くつかせていたのはとても印象的だったのを思い出す。


「──それはそうと。俺の走りに付いてこられるなんて、やっぱりすごいな」

「別に。これくらい、ある程度鍛えていれば普通だろう」

「それに、まだ全力じゃないだろ。本気で走れば俺だって抜かせる筈だ」

「いや、こいつがあるからな。本気で走るには邪魔なんだ」


「──、げっ!? いや、まだ登校時間は過ぎていない筈なんだけどな」

「まじ、──かよっ!?」


 そして、そんな他愛のない話をしつつも伊織と健人は走り続けて、学園の門が見える位置にまでたどり着いた。

 しかし、そこで伊織にとって予想外の事が起きるのだった。

 何と、学園の門を生活指導の先生らしき人が、まだ時間に余裕がある筈なのに閉め始めたのだ。これは、時刻通りに閉まるという意味だろうか。


 普通なら、これは確実に遅刻コースだ。

 どれだけ走っても、学園の門が閉まる前にはたどり着けない。明白たる事実。

 しかし、この遅刻組──伊織と健人は、そう簡単にあきらめるほど軟ではなく、その思いに応えるだけの身体能力を持ち合わせていた。


「それじゃ、私は先に行くからな」

「おい、──待てっ!」


 伊織はそう言って、先ほどまでの十分速かった駆ける速度を、更に速めていく。先ほどまでの速度が、まるで本気ではなかったとでも言うかのように。

 そして、そんな駆ける速度を上げた伊織に対して、健人はそれについていく。とは言っても、そこには何とかという三文字が付く事になるが。


 しかし、頑張ったからと言って、そのまま良い結果につながるとは限らない。

 確かに、伊織と健人は更に速度を上げて学園の門が閉まる前に、何とかたどり着こうとしている。歩いている人どころか自転車を追い抜かすような速度で。

 だが、そんな伊織と健人よりも、門が閉まる方が早い。


「……」

「──」


 あと、距離にして数メートル。門は確かにまだ開いてはいるのだが、人一人として通れない程度のごく狭い隙間でしかない。

 学園の門が閉まる前に入るなんて、到底無理な話だ。

 ──だが、言い換えれば。人が通れずともまだ門は閉まっておらず、屁理屈を並べれば突破できる段階だった。


「よっ、──」

「まじか!?」

「何、だと!?」


 ──、ガッ。──、タン。と、そう結論付けた伊織の行動は、躊躇なく速かった。

 そして、そんな漫画などのフィクションでもなければそうそうない伊織の行動に、その場にいた生活指導らしき宣誓と健人は驚愕と共に目を見開く。伊織の元の隠していない身体能力を知ればどうってことないものなのだが、知らなければ驚愕しないのは無理な話だ。


 そんな先生健人、その他の周囲が驚愕しているのを視界に入れず、伊織は予鈴が鳴る前にと、彼女の通う教室へと足を進める。

 しかし、すぐさま呆けている異常状態を解除した生活指導の先生は、まるで今の一連の行動が問題なさげに教室へと足を進める伊織に対して問い詰めるのだった。


「……、おい!」

「何か、問題でも?」

「まぁ、この際門が閉まる前に学園の門を越えたのは不問にしてやるが、スカートを履いたままであんなアクロバティックな動きをするんじゃない。指導室に送られたいのか!?」

「勿論、そこには注意したけど。あのまま宙に放り出されたら中が見えるかもしれないから、前屈の体勢で門の上部を掴んで、それで飛び越えたけど。その何が問題?」


 先ほど、学園の門がもう人が通り抜けできないほどに閉められて。それを理解した伊織は、その速度を前への前進から上への跳躍へと推進力を変える。そして、門の上部に手を掛けるのと同時に門を蹴り飛ばすと、そのまま一回転近く回転。着地をした。

 普通なら、こんな激しい運動を擦れば“中”が見えるのかもしれないが、そこは伊織の女子力(運動)によって解決した。


「うぐっ!? いや、だがな」

「……はぁ、分かりました。これからは注意します。これでいいですか」

「……あぁ、そろそろ授業が始まるからさっさと行け」


 確かに見えていなかった。だが、指導室へと送ることも可能だった。

 しかし、生徒指導の先生自身の他にギリギリで間に合った生徒は他にもいて、伊織本人が彼等を証人にすることも可能だ。それも、不特定多数の生徒という、なんとも曖昧な人数故にだ。

 だが、このままにはしておけないという話でもある。

 だからこそ、伊織の方が反省をしたという建前が欲しいのだ。それは彼女も、この場面を乗り越えるのに適しているものだった。


「ふぅ、これなら何とか間に合いそうだ」


 実際、あまり残り時間は残っていないので、怒られない程度の小走りで掛けて行く伊織。

 そして、建前上の反省とお叱りが終わった後、見逃さないと云わんばかりに、生徒指導の先生は声を挙げる。


「だが、──おい、健人。お前は門が閉まる前に入れなかったよな。ちょっと寄っていけ」

「げっ!?」



 /7



 他校からは難しいと言われている聖シストミア学園の授業と言っても、前世の知識を持っている伊織からすればどうってことない。勿論、歴史などの社会関係は元の世界とかなり違ったり、また他の教科も油断できる訳なく、努力の積み重ねで彼女は上位の地位を保っている。


 そんな勉学優秀、運動面も上位に留まっている伊織はというと、……暇をしていた。

 伊織がいつも通っている知り合いの剣術道場は、床が抜けただとかでメンテナンスも兼ねて本日休業。買い物も、昨日行ったばっかりなので、その線もなし。家に帰って義妹のフレイメリアと遊ぼうにも、今は家にいない。

 そう、何故かやることばかり何故か潰れるのだ。


「……、仕方ない。暇つぶしに本でも読むか」


 確か、聖シストミア学園は文武両道を謳っていて、スポーツジムややたらと高性能な幾つかの体育館などの運動面、自習室に広大な広さでな上に様々な種類の本が並べられている図書室がある。

 伊織としては、消化不足が解消される程度の運動をやっておきたいものだが、生憎と消化不足で終わる気しかしない。それでは、本末転倒だ。




 さて、夕暮れ差し込む図書室にたどり着いた伊織ではあるが、如何やら先客がいるようだ。

 眼鏡を掛けた偏見の目で見て、勉強ができそうな男子生徒が一人いた。彼は、伊織が入ってきた事に気付いておらず、今読んでいるであろう本に夢中であった。

 ゲームのイベントだったら話し掛ける事でストーリーが進んでいくものだが、生憎と此処は現実だ。態々、必要のない会話をする必要もなく、伊織はその男子生徒を無視して適当に本を探りに行くのだった。


「さて、……何か良い物はないかな?」


 できれば、物語系が良い。

 別に、教養系が苦手とか嫌いという訳ではない。知らない事を知ることは面白味があるし、身体能力が上がっていくのとはまた違った達成感があると、そう伊織は知っている。

 だが、それは時と場合による。というよりか、今はそんな気分ではない。

 ちなみに、伊織はあまり哲学書の類はあまり好みではないので、その類の書物は基本どんな時でもスルーな方向で。


 そう思って伊織は、目的の本棚へとたどり着いた。

 本棚にある本は、古い物から近年の物と、かなり幅広く揃えられている。基本的には片方だけが多く揃えられていて、もう片方はほんの少しといった具合が多いのだが、此処は両方共にかなり揃えられている。


 そして、伊織が適当に探していると、偶然目に留まった題名があった。

 題名は、『正義の定義について』。戦争などを引き合いに出して、互いに譲れぬものがあり、それ故に自分を正義と定義して敵という名の相手を害するという。何とも、高校の図書館には似合わない、そんな一冊だった。正直、伊織にしてみれば、あまり好みの本の種類ではなかった。

 一体、何の偶然か因果か。

 それを手にして斜め読みをしていると、すぐ傍から伊織へのものだと思われる声が聞こえてきた。


「──もしかして、『正義の定義について』ですか。珍しい本を読んでいる人がいるものですね」

「別に珍しくも何ともないだろう。人の好みは人それぞれだからな」

「いえ、確かに興味本位で読む人はいるでしょう。ですが、そうに ソレを読んでいる人は初めて見ました」

「……、別に。その眼鏡の度が合ってないんじゃないのか?」


 その伊織の返答に、「失礼だ」との言葉を返す件の男子生徒。

 “瓜生啓介”。その学力は、度々話題になるほどだ。だが、前世のバフがある伊織や、教え子たるカレンには敵わない。

 しかし、啓介は別に学力に優れているといった訳ではなく、ただただ要領がいいのだ。だからこそ、テストで高得点は取っても満点は取っていない。

 それを負け惜しみと捉える事はできるのだが、日常で行っている啓介の努力を知れば、そうも言っていられなくなる。


「まぁ、それはそれとして。そっちこそ、何の用だ?」

「さっきまで読んでいた本が終わったから、目新しい本が何かないかと探していたんだ」

「ふぅん……」

「……。先ほどから、何で幾つか本を積んでいるのかな? 一人で読む気?」


 そう、伊織は啓介と会話をしている最中も、適当に本を漁っては軽く斜め読みをしていた。啓介も、それには気付いていたし、無理に話し掛けた故に多少の無礼は承知の上だった。

 そして、伊織は何冊かに積み上がった重そうな本の山を軽く抱えると、その場を去ろうとしていたのだ。


「何でって何も。内容を共感をするにしても、本は一人で読むものだろう? こうして、一人で読んでいるお前も分かると思っていたんだがな」

「──」


 それに対して啓介は、言葉に出さずともその通りだと思うのだった。




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