第018話『真心の親愛』

 さて、色々とあった時間は過ぎていき、既に一日と数刻は経っただろうか。今現在の時間は正午の頃であり、所謂昼放課という奴の時間帯だ。

 普段はこの中庭、特定の生徒しか使用しておらず、いつもはいない生徒の誰かが此処に来たとなるとかなり目立つ。

 ──そう、彼女がいたのだ。


「……、はぁっ」


 声の主たるカレン・フェニーミアは、はしたなく思われない程度に自然に小さく溜息をつく。

 カレンが溜息をつく理由は、彼女自身だって知っている。本来ならば、分からないとか思うのかもしれないのだが、生憎とその心当たりがあるのだ。

 そう、最近になっての事だが、カレンの傍から人が消えていってしまう。別に怪談案件なんてなく表現に過ぎないが、それでも親しい人が彼女自身から離れて行ってしまうと寂しく感じてしまう。

 おそらくは、実家の指針でも変わったのだろう。カレンと徹の仲があまり良くなるどころか悪化しているのだから、今まで参加していた家はどちらかに付くべきかと考える筈。そして、元々海外に勢力が多かったフェニーミア家よりも、国内に大きな勢力を持つ楓雅家に付くのは当然の話だ。

 しかし、今現在進行形でカレンが溜息をついている主な原因は、それではない。


「こんなところで、昼食か」

「……、伊織さんだって、こうして中庭に弁当を持参して来ているでしょう」

「まぁ、私は別に良いんだ。何せ、この中庭の常連だからな」


 普段ですら足音が聞こえないというのに、こうも立地のせいで余計に聞こえないとなると、ある意味その足運びには関心する。しかも、靴に掛からない程度の草々は生えているから、多少の音はするのかと思ったら、そんな気配は一切ない。

 そんな彼女こと伊織は、てくてくとカレンの方に歩み寄ってくる。

 一体何の用だとカレンは思うのと同時に、嬉しくもある。

 友達だったカレンの取り巻き、許嫁であった徹でさえ、もう離れてしまった。けれど、幼い頃から一緒だった伊織だけは、こうして最後まで残っていてくれるのだ。特別な感情を持っても不思議ではないくらいに、今の伊織には魅力を感じている。


「(本当に、もう少し言葉遣いやその男性らしい仕草をなくせばもてるのにね)」


 でも、それをカレンが口にして伊織が離れていく、そんな光景を見たくないので、カレンはその言葉を言わずにいる。


「あら珍しい、伊織さんがコンビニのサンドイッチなんて。これは明日、大雨でも降るのかしら」

「……、既に私の頭上が大雨だよ」

「それで一体、どうして? もしかして、義妹のフレイメリアに何か粗相をしたのかしら?」

「うぐっ!? 何で簡単に分かるんだよ」

「まぁ、伊織さんの様子から丸わかりですから。それはそうと、妹と喧嘩をするなんて珍しいのですね」


 しかし、伊織はそれ以上何もこの話題について話しては来ない。聞いているだけで返答をしないのも、話題にすらさせて貰えないとは。

 柳田伊織は、義妹ことフレイメリアをかなり溺愛している。普通なら、年頃の妹から疎まれるものだが、伊織はその辺を見極めて何とかスキンシップや日々の生活を楽しんでいるらしい。本当に言い寄ってきたイケメンな男子生徒は眼中に入れていなかった癖に、義妹にはそういうところしっかりしているようだ。

 そんな義妹ことフレイメリアをカレンは見せて貰ったことがあるが、それなりに容姿に自信を持っているカレンでさえ、可愛らしいと思えるほどなのだから。しかし、それに加えて美しいといも思うのだから、正直言って反則だろう。


「(……)」



 ♢♦♢♦♢



 カレンが伊織と初めて出会ったのは、フェニーミア家の新年のパーティーに柳田家が招待された時の事だった。

 普段の新年のパーティーは特につまらないと思っていたカレンであったが、今回は違う。

 柳田伊織と言えば、模試でいつも上位に少女だったと認識していた。しかも、それから少しだけ機会を得て気になったので調べてみたところ、他の男児を押しのけて次期当主として有力視されているのだから、これで気にならない方がおかしいな話だ。

 そんな経緯もあって、今日は柳田伊織との顔合わせの時となった。


『……』

『……』


 ──まるで、絵画のようであった。

 それが、カレンが伊織に対して初めて出会って、抱いた感想だった。

 勿論、文字通り別の世界の住人という訳ではない。ただ、会話をするだけでも、それこそただただ立っているだけでも、カレンには伊織が現実味のない人だと思ってしまった。


『ご、ご機嫌よう……』

『……、ご機嫌よう』


 しかもだ。カレンの挨拶に返す伊織の挨拶を彩る声色が、まるで日本で言うところの風鈴の音のようで、より別世界の人物だという印象を強くする。先ほどはそうではないとカレンも思っていたのだが、それを押しのけようとするほど、伊織の声色は夏を告げていた。

 そして、自分に自信を持っていたカレンも、これには少しだけそれをなくす。

 別にカレンは、伊織に対して嫉妬していたのではない。ただ、人間離れをした伊織の傍には私はいないんだなという、達観とも諦めに近い感情を抱いていた。


 そんな時だ。これからは大人の時間とカレンの父親が言い、そして伊織と一緒に連れてっこられたのは、客人に向けて解放されるとある一室。

 如何やら、子供が邪魔になるから、この部屋で遊んでいなさいという事らしかった。


 憂鬱だった。

 別に伊織に対してカレンが何か不満に思う事はない。付けようがない。

 そう、逆にカレン自信に対して不満に思うのだ。付けることができてしまった。

 そうだ。カレンは伊織が苦手……だった。


『あ゛~、疲れた。……、どうにか断るべきだったな。無理だろうけど』


 ギギギっと、まるで油を差し忘れたねじのように、カレンはその首を恐る恐る後ろへと動かした。

 一体、誰の声だというのか。この部屋には、カレンと伊織の他、誰もいないという筈なのに。


 そして、恐る恐るカレンが振り向いた先にいたのは、認めたくはなかった、伊織がだらけた様子で椅子に腰かけていた。その恰好は、お嬢様どころか女性としても、問題視されそうなものだった。


『改めて初めまして。私の名前は、柳田伊織だ。短い付き合いだろうがよろしく頼む』

『……。はっ!? わ、私の名前はカレン・フェニーミアです。よろしくお願いします』


 ぷっ。カレンは噴き出しそうになった。

 面白いからではない。あまりにも完璧そうな伊織の姿があまりにも滑稽で、そのギャップに笑いが漏れてしまいそうになった。


『ねぇ、貴女。私と友達にならないかしら』


 そう感じた瞬間、いつの間にかカレンは伊織を欲していた。

 別に伊織を上手く使って利益を得る──貴族社会においては至極当然のことをしたいがためではない。そんなもの、逆にもったいないとカレンは思う。



 ──そうだ。友達になろう。私、カレン・フェニーミアにとっての初めての。



 果たして、答えは一体……。

 カレンの実家のフェニーミア家の権力を持ってすれば、その程度の事は簡単な部類に入るのだろう。世界で両手の指に入るフェニーミア家は伊達ではない。

 しかし、カレンが欲しいのは、伊織自身の意思が介在しているお友達。

 果たして、──。


『……あぁ。此方こそ、よろしく頼む、と言とでもこの場合は言えばいいのかな』


 伊織の返事は肯定。伊織はカレンに向けて、その手を伸ばす。

 カレンは、何気ない日常に退屈していた。お嬢様という人種にとって何気ない日常は、退屈だと思う事はあれど、その日々は己を鍛え上げるための確かな日々。

 しかし、伊織と一緒にいれば、それは変わるのかもしれない。

 それは予感であった──。





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