第007話『魔野屋、時々逢引き』

 臨海都市梓ヶ丘。

 そこは幾つもの店舗が積み木状に立ち並び、この町の建物全てを知っているなんて人は、恐らく誰もいないであろう。サロンの店の上に焼き肉屋があった時なんて、それを見かけた伊織は自分自身の常識を疑ったものだ。


「……」


 そんな混沌に満ち溢れた梓ヶ丘に、酷く平凡な一人の女性がスタスタと足を運ばせていた。

 そう、伊織だ。今日は少し使う古された白いワイシャツとジーパンと、いつもの彼女の服装と比べるどころか他の通行人と比べてもなお、なんとも目立たない恰好で歩いている。そんな彼女は、何故か魔法少女の時とはまた別な眼鏡を掛けていた。


「……、此処に来るのも久しぶりだな。まぁ、数か月程度だったと思うけど」


 そう言って、伊織が入って行ったのは、とある積み木状に立ち並ぶ建物のその内の一つ。

 淡い時代外れなランタンに照らされた石造りの階段を下りていくと、その先にあったのは木製のよくある扉。しかし、いざ手を出してみようものなら、あまりの頑丈さに嘘の材質を教えられたのかと言わんばかり。


 ──『魔野屋』、そう書かれた看板が伊織の目に留まる。

 そして、伊織が素材虚言な扉を開けると、そこにはこの梓ヶ丘には珍しい古びた骨董品店が姿を現した。いや、古びた骨董品店と言っても埃などを被っている訳もなく、ただ商品や棚や布切れといったものなどがそれなりのを出しているだけだ。


「店長ー。いるかー」

「おーっ、こんなところに来る客なんて珍しいぞよな。と思ったら、伊織かの。随分と久しぶりぞよなぁ」

「確か、数か月前が最後だったか……」


 そんな他愛のない会話と共に店の奥から現れたのは、日本かぶれな改造和服を着たまだ見た目十代ばかりの少女だった。これだけならば、この梓ヶ丘によくいる変わった内の一人としてまだ認識できるのだが、彼女は女装した男性であり魔術師だ。


 これは目の前にいる店長シェノーラ・ノーレッジから聞いた話だが、魔法少女という存在がいるにも関わらず魔術師という存在もいるらしい。ほんと、この世界混沌としているな。

 魔術師と聞くと強力な存在として物語に書かれているが、実態はその通りだ。

 しかし、それは人間相手な話。魔法少女のような超常的な存在相手では、碌な効果を成しえない。そこは、魔法少女の特異性とでも言うべきなのだろうか。


「“アルゴの眼鏡”の点検を頼みたいが、時間いいか」

「別に構わないが、何か魔法少女絡みで不具合でもあったのかの?」

「まぁ、少しな。それで、いいのか、悪いのか」

「ええよ。その点検が終わるまで数十分は掛かるから、店内でも見て回るといいぞよ」

「……、商売魂逞しい事で。なら、予備の方も頼むか」


 そう言って、伊織は懐から取り出した眼鏡ケ-スに入っている眼鏡と、今現在進行形で使用している眼鏡をシェノーラに渡した。

 これで碌に視界が効くかどうか聞かれれば、伊織の眼鏡は伊達なため、そこんところ不自由つもりはない。


 アルゴの眼鏡。

 例えばそうだ。眼鏡を掛けていると別人に見えるとかあったりするが、アルゴの眼鏡はそれの強化版。たとえ、識別能力がずば抜けていたとしても、その認識は上手く働かない。

 つまりは、眼鏡を掛けた場合と掛けていない場合とでは、別人として見た人は認識するという訳だ。

 ちなみに、相手を相手本人と認識すれば、その効果はないらしい。


「……、何かいいもんはあるかな? おっと、“縫針”発見、ケースででも買っておくか」


 そう言って、伊織は縫い針が大量に入っている煙草のケース状の箱を鷲掴みにする。

 

 しかし、あまりにも警備の類の機械がない、この空間。

 これならば、魔導具を幾つか持ち出して売っぱらう事ができるのではないかと思うかもしれないが、そうは問屋が卸さない。

 まず第一に、この骨董品店『魔野屋』は、一芸さんお断りの店だ。伊織がここまでは入れたのだって、魔術的なセンサーによる検問を通り抜けたからに過ぎない。もしも迷い込んだ人が通ったとしても、別の部屋へとつながるようになっている。そう、骨董品店『魔野屋』は、異界に存在する。

 そして、そもそもの話、魔術を表舞台に出すことはご法度とされている。要らぬ争いを生み出すからだと、シェノーラから聞いた話だ。ちなみに、何故伊織が魔導具を使っても始末されないのかというと、誤魔化せる程度の物しか使っていないからだったりする。


「おっと、物色中だったかなの? 別に何か追加してくれても構わないぞよな」

「いや、別に。それと、これを会計に回しておいてくれ」

「毎度♪ またのご来店をお待ちしています」


 渡されたのは、点検が終わった“アルゴの眼鏡”。しかも、軽く手入れをされてあるようで、何時かの輝きを取り戻している。

 再び眼鏡を掛け直した伊織は、ジーンズのズボンにケース状の箱を突っ込んでそのまま骨董品店『魔野屋』の扉を開くのだった。



 /4



 店を出た伊織は、適当なところで眼鏡を外し、知り合いの店で葉や着替えで済ませた。そして、いつも通りの彼女となった。

 先ほどから“アルゴの眼鏡”を掛けていたのは、良いところのお嬢様があまり近寄りがたいところに入って行くのをあまり見られたくないためだ。勿論、それは魔法少女としてのものもあるが、メインの眼鏡を掛けていない時はどう見ても柳田伊織でしかない。


「……ほんと、“アルゴの眼鏡”を付けているのに、何で分かったのか……」


 そう伊織が思い出すのは、伊織が魔法少女だと看破した蓮華についてだ。

 まだ眼鏡を不慮な事故にて落としたのだとかだったら、まだ蓮華が看破したことについては理解できる。しかし、“アルゴの眼鏡”を掛けたままの魔法少女の正体が伊織だと、そう確信を以って判断できるのがまったく理解できない。


「特殊能力は、平和な学園生活が舞台だから、特に何もなかった筈だがな」


 乙女ゲーの世界に存在している魔法少女や魔術師といい、この世界はイレギュラー要素が多すぎる。下手をすると、原作とはまた違った不透明なみらいを歩みだすのかもしれない。

 しかし、そんな何が待ち構えているのか分からない高揚感とは別に、不透明さの色が生み出す今後の展開に不安も同時に覚えている。

 正直言って、伊織は悪徳令嬢たるカレンの事を好んでいる。それは恋愛心ではないが、それでも不幸になって欲しくはないとは思っている。

 そんなカレンが、この不安定な乙女ゲーの世界でどういった末路を迎えるかは誰にも分からない。上向きに上昇するのか、それとも軟禁されることよりもたちが悪い結末か。


「まっ、これ以上考えてもしょうがない、か」


 今できることなんて限られているのだから、伊織は今を生きるしかない。


「あら、こんなところで会うなんて珍しいですわね、伊織さん」

「ん、カレンか。それは此方のセリフだ。ところで、いつもの絢爛豪華な私服とは違うんだな」

「えぇ、私の持っている私服では、こんな街中ですと目立ってしまいます。それに、──」

「……まぁ、動きにくいよな」


 まさかまさかの、紅蓮の髪をたなびかせる彼女──カレン・フェニーミアだった。そんなカレンの服装は、伊織よりかはだいぶおしゃれなのだが、何度か伊織が見たカレンのお嬢様用の私服よりかはだいぶ落ち着いている。


「それで一体何の用だ。早く帰らないと、警固の人たちに感づかれるんじゃないのか」

「いえ、私もそう思って帰っていたところ、丁度貴女を見かけまして」

「……、そう言う事、か」


 つまりは、私を警固役として使うつもりなのだろう。これが長時間に渡るものなら話は違ってくるが、一二時間程度だったら問題はなさそうだ。

 また、秘密裏に警固している人もこの人混みの中にいると思われる。しかし、雇い主に伊織の姿特徴を報告すれば、経過観察とそう答えることだろう。

 つまりは、数時間程度だったら自由行動できるという訳で。それを見越した上で、カレンは伊織に対して接触してきたのだろう。


「それで。何処に行くとか、そういった予定は決まっているのか?」

「……、本当に良いのですか?」

「……、何を言うのかと思えば。私も丁度暇していたからな、一杯奢ってくれるなら付いて行くよ」

「よし、決まりですわね」


 そう言って、伊織とカレンは行動を共にすることとなった。

 だが、伊織はまだ知らなかった。こうも簡単に決めてしまった同行が、まさかあのような事態になろうとは──。






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