第005話『天気雨は突然に』
「──だぁぁぁっ!? 広範囲攻撃は苦手なんだよ!」
『菟ァァァァ……』
本日は、晴れ時々洪水なり──。
今回の伊織の戦いの舞台は、臨海都市梓ヶ丘という名の通り海上にある都市なのだから、人の領域ではない海上だ。
しかし、残念なことに伊織には海面の上に立つ《マホウ》は所持していない。これはとある伝手にて、極秘に手に入れたものだ。おかげで、かなり足元を見られてしまった。
正直、出来ないであろうが、“乙女課”からは何かしらの対策は欲しかったものだった。
だが、伊織自身が戦いの舞台に立てたとはいえ、今回の“ケモノ”の相手は少々分が悪い。
伊織の得意とする戦法は、近接戦。いや、基本的にはそれしかできないに近い。遠距離攻撃手段を持たない彼女からすれば、弾幕を張られるとかなり厳しい。
──雨が、降ってくる。
たとえ、伊織が弾幕を抜けて海豚型の“ケモノ”に接近しようとも、その“ケモノ”が生み出す鉄砲水にて流されてしまう。別に彼女からしてみれば耐えることも可能だろうが、そこで足が止まるのは致命的だ。
とまぁ、こんな調子で、伊織と海豚型の“ケモノ”は今膠着状態にある。
伊織は水流に流され攻めきれず、海豚型の“ケモノ”は先読みをする彼女に攻撃を当てられずにいる。
しかし、そんな膠着状態も──動き出しそうだ。
「ただまぁ、剣術の試合じゃ膠着状態なんて慣れているが、そろそろ押し切ってみせよう!」
──ダン! と。先ほどまでは回避を優先していた伊織であったが、縫うようにして現れた隙を通じてその間合いを潰しに掛かる。
果たして、伊織は何の策を所持しているのだろうか。
しかし、海豚型のケモノは結果を見るよりも先に、迎撃に走る。
『菟ゥゥゥゥ唖ァァァァ!』
伊織に迫る鉄砲水。それを直撃した彼女であるが、何故かそのまま立ちずさんだ後、手にした刀の刀身を天高く掲げる。
──今だ! そう思ったのも束の間、伊織の瞳には彼女自身を押し流すための海水の他に、確実にどてっぱらに風穴が空くほどの水撃が隠されているのが映る。
「──くっ!?」
それを何とか流れに乗って避けた伊織は、鉄砲水の範囲外へと身を出すのと同時に仕掛ける。
いや、もしかしたら伊織ならばこの程度の間合い、すぐにでも潰せるだろう。しかし、それを行うには、あまりにも彼女の体は万全ではなくただただ流れていた。
《柳田我流剣術曲芸、刀穿ち》
──刃が飛ぶ。
伊織は鉄砲水の範囲から逃げ出した後、追撃として海豚型の“ケモノ”が放つ水撃を縫うようにして仕掛けに入る。
そう、伊織は利き手とは逆な左手で素早く鞘に収まった小太刀を抜くと、そのまま切っ先が海豚型のケモノの体に突き刺さるように投げたのだ。いや、武士の誇りである刀を投げていいのかと聞かれると正直悩むが、だからこその曲芸なのだろう。
『陀唖唖唖唖ァァァァ!』
そして、飛来した小太刀は深々と海豚型の“ケモノ”へと突き刺さるのだった。
流石の“ケモノ”も、この事態は予測していなかったのだろう。突き刺さった小太刀によって刺激され、激怒した。かの暴虐な魔法少女を排除せねばならぬ、と。
──まるでそれは、津波のように伊織へと襲い掛かる。
先ほどまでは何とか耐えれていた伊織ではあったのだが、流石に“ケモノ”によって生み出された津波を受け切るのは不可能だと彼女自身も断ずる。それに加えて、その件の津波の中には幾つもの高圧な水による刃があるのだから、事実上受け切るどころか巻き込まれるだけでも致命傷になりかねない。
流石は、末端とはいえ、乙種の“ケモノ”といったところだ。
しかし、伊織には避ける素振りは、一切見られない。凄惨な未来だって視えている筈なのに、一体どうしたものだろうか。
「さて、何処かの偉人なら海ぐらい割れるだろうが、生憎と私では力不足だ。だけども、私にだってこれくらいはできるさ!!」
再度目の前に迫る人を容易く殺せる鉄砲水。
それを伊織は、先ほどと同じように刀身を高く掲げて迎え撃つ。別に先ほどと変わりない、一連の動き。
しかし、それは間違いであった──。
《柳田我流剣術、富嶽轟雷割り》
──景色が、ぱぁっと晴れた。
伊織の目の前に迫る鉄砲水に彩られた景色が、斬れた──いや、消し飛んだのだ。今、伊織へと襲い掛かった鉄砲水は、彼女が振るう人たちにて吹き飛ばされた。ある意味、海を割るよりかは現実的で無茶苦茶な、そんな一撃。
──ダン! と、伊織は海豚型の“ケモノ”が呆けているその瞬間の隙を付き、その間合いを潰しに掛かる。距離にして、数歩程度。これくらい彼女ならば、大した距離ではない。
『菟ゥゥゥゥ……』
しかし、それでもどうにか海豚型のケモノは、間合いを詰めて来る伊織に対して迎撃に奔る。だが、そこには先ほどまでの隠密性や威力や正確さなどといった要素、それらが全て欠けていたのだ。
そんな稚拙な迎撃、伊織に対しては何ら効果はなく、逆に姿を隠す絶好の隠れ家となってしまった。
《柳田我流剣術、朧突き》
突き刺さる、冷たい鋼の感触。
その時、海豚型の“ケモノ”は、初めて伊織に刺されたのだと理解した。
気付かなかった。というより、気付けなかった。
普通の突きなら、海豚の“ケモノ”は反応できただろう。しかし、伊織の放った朧突きは愚直なものではなく、相手の認識外や死角などを用いて放つ一撃。そう、《柳田我流剣術、朧突き》は、元々暗殺剣だったものを柳田流へと拵え直し、自らの流派へと適応させたものだ。
『菟ゥゥゥゥ唖ァァァァ!』
もう、己の命は残り僅かだと、そう自身で断じる。
しかし、“ケモノ”の存在意義は人を殺すことで成り立つ。断じて、このまま惨めなまま、地へと伏せることでは決してない。最後まで、爪を牙を武器を振るい続けるべきなのだ。
だからこそ、ここにきて放つ海豚型の“ケモノ”最大の大技。
もしも、これを至近距離で放ったのなら、目の前にいる伊織は殺せるのかもしれないが、それと同時に海豚型の“ケモノ”の結末は“死”で終わることになるだろう。
そして、──。
「本当に往生際が悪い。刃を突き刺した今なら、私の方が速いに決まっている筈だろうに」
──白刃が、血飛沫と共に宙を舞った。
その頃には、刀を振った伊織は刃に付いた血糊を振り払うと、スタスタと背後を見ずに歩き始めた。彼女自身の腕を彼女自身が信じているからだろう。現に、解体された海豚型の“ケモノ”に身動きなどの類は見られず、再生能力でもない限りは生きてはいないだろうと感じさせる。
──パチィンと、刀身を鞘へと納めた。
しかし、往生際が悪いのはどちらなのだろうと、少しばかり思ってしまった。
「……、こんなところに人の気配? 逃げ遅れたのか、それとも」
伊織が振り向いた、彼女の視線の先、そこはビル状の建物の影となる場所。
そして、伊織の言う通り、もうそこに此方を覗いていた人の姿はない。そう、そこには誰かがいたのだ。勿論、確たる証拠は何一つないが、自らが信じる感覚がそう告げている。
しかし、そう話を盛り立てるが、魔法少女の戦いを観戦する人も少なくはない。一般的な魔法少女でさえある程度の人気はあるのだから、新規新鋭の伊織ならば人気以外にも話題性を求めて見ていてもおかしい話ではない。
「ただ……。いや、これ以上考えても仕方がない、か。別にコレがあるから、バレないだろうしな」
そう言って伊織は、掛けた眼鏡を軽く叩くのだった。
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お疲れ様です。
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