第004話『羽織の魔法少女』

 政府に存在する、魔法少女を管理する通称“乙女課”は、今現在騒ぎに見舞われていた。

 まず起きたのは、現界した“ケモノ”の対応だ。

 別に数は大したことはなかったのだが、問題はその脅威度。ケモノの脅威度は人類への脅威の度合いから、丙種から覇種と決められていているが、今回の件で現れたケモノは一番高いもので乙種の中でも特に強い個体。しかも、その他にも取り巻きがいることから、下手な戦力は寄越せなかったのだ。

 そして、それを全て単騎にて倒してしまった魔法少女がいる。登録表には彼女のデータがない事から、恐らくは野良の魔法少女。今回の件について、礼を告げたいのと同時に、どうにか管理できないかという思惑が存在する。


「──例の少女“羽織の彼女”については、皆何か意見があるか?」


 割れている意見。それによってもたらされる存在を最小限に納めるべく、こうして会議を斬り広げているのだが。その行為に、本当に意味があるのだろうか。


「──では私から。“羽織の彼女”については、我々政府で管理するべきだと思います」

「ほぅ、それは何故か」

「まずは我々政府への利益のためです。あれほどの人材、野良にしておくより此方で管理した方が良いかと。それに、彼女をバックアップする組織などはなく、彼女の身の安全を確保するためにも行うべきです。これは、我々政府と“羽織の彼女”、両者共に利益のある話です」


 第一派、政府の管理下で活躍させようとする動き──。

 これが影に隠れている並以下の野良の魔法少女ならば、こんな話はなかったのだろう。だが、これまでの戦歴を見る限り、野良としておくのは勿体ない。

 “羽織の彼女”が願いを叶えるためにも、我々政府の旗印となって貰うためにも、彼女には政府の側に着いてもらうべきだとか。


「──では次の俺の方から。“羽織の彼女”はまぁ、野良のままでいいんじゃないですかね」

「はぁっ!?」

「静粛に。それで、それは一体何故か」

「俺たち“乙女課”が保有している魔法少女たちは、あまり辺境の地とかセキュリティーが厳しい地とかにはあまりいないんですよね。そのためにたまには野良の魔法少女を利用したりしていますが、どうも腕は低いようで。ですから、腕のある野良の魔法少女とは貴重なもので、あまり手を出して欲しくないんですよね」


 第二派。野良のまま活躍させる動き──。

 野良の魔法少女というものは、政府──いや“乙女課”の人たちからすれば、とても便利な駒だ。勝手にケモノを始末してくれる便利な存在。ただ、総じてその力量が低いのが玉に瑕だが、“羽織の彼女”の力量は、現存する魔法少女の中でも既に上位には食い込んでいることだろう。


「……話は変わるが、“羽織の彼女”の《マホウ》とは、一体なんだろうな。あの堅牢な甲殻に覆われたケモノを切り裂いた日本刀がそうなのかと思ったが、武器自体が《マホウ》なんて聞いたことがないからな」

「そうですね。“羽織の彼女”の最初の戦闘は、あの日本刀はまだ使っていなかったですし。本当に何なのでしょうね」



 ♢♦♢♦♢



 黒辺涼音は、梓ヶ丘にて活動をする魔法少女の一人だ。

 臨海都市梓ヶ丘という、ある意味陸の孤島に近い立地故、比較的魔法少女の数が少ない此処では古参なのは間違いない。

 そんな梓ヶ丘では古参な涼音ではあるが、彼女の持つ《マホウ》はそれほど強力な物ではないのだ。強いて言えば、極々普通なもの──その亜種に近い。

 そう、その戦闘スタイルは、伊織のものとそれに近いのだ。


「……」


 そんな涼音の戦闘スタイルと今回のケモノとは、相性最悪。

 確かに、的がすごく大きい上に動きが鈍いとても狩りやすいとも思える今回のケモノではあるのだが、あの甲殻を貫く技を涼音の手札の中には殆ど所有していない。

 故に、涼音としてはその甲殻の僅かな隙間を狙う必要があるのだが、そう簡単に上手くいく道理ではなく、今回のように彼女は苦戦をしていた訳だ。


「──それにしても、あの時の人は一体……」


 そんなところに突如として現れた、未登録な魔法少女。

 今現在の季節とは似合わない紺色の羽織を纏い、靴は頑丈さと動きやすさを両立してか慣らした漆黒のもの。そんな一般的な可愛らしい衣装とは違う、和洋折衷な心象礼装。

 そんな、とても目立つ格好をしていれば涼音も覚えている筈で、彼女が覚えていないともなれば、恐らくは野良の魔法少女の一人だろう。


 基本的に野良の魔法少女と言えば、あまり世間体がよろしくはない。

 魔法少女で戦う訓練を受けておらず、魔法少女としてのルールの類を知らない。中には、魔法少女としての訓練を受けずとも一騎当千な魔法少女などもいるにはいるのだが、それはごく少数の話だ。その野良の魔法少女の殆どは、《マホウ》を扱える素人程度でしかない。

 それならば、何故野良の魔法少女が生まれるのかというと、それは生み出す側と育てる側が分かれているという、所謂管轄の問題だ。

 しかし、これ以上の話は長くなるので、この辺りでまたいつかの話で。


「あの人の剣筋と似ているようだけど、しかし容姿が違うから……」



 ♢♦♢♦♢



 魔法少女になってから、既に少しばかりの時が過ぎた。

 相変わらず、伊織の学園生活は何事もなく過ぎ去っていく。別に蓮華が乙女ゲーのバットエンドに落ちようが、伊織には関係ない事。

 しかし、一方で学園外の生活───魔法少女としての活動は、日々が目まぐるしく変わりゆいていく。最初は面倒くさく思っていたのだが、その戦歴を重ねていくごとに自身の腕が上がっていくのを感じる。


「──!」

「……」

「──!」


 特にやるべく事なく伊織が中庭でだらけていると、何処からか争い合う声が聞こえる。とは言っても、別に殴り蹴りといった暴力的なものではなく、罵詈雑言といった口争いといったところでしかない。

 本来ならば、不干渉を貫きたい伊織であったが、口争いを繰り広げるその声色に心当たりがある。


「……。早く徹と別れなさい!」

「えっ、でも……」

「貴女と彼とでは、立場が合いません、それに釣り合いもしません!!」


 声を荒げていたのはカレンの方であり、一歩的に言われ続けているのが蓮華の方だ。

 一見して、カレンが蓮華に対して難癖をつけているのだろう。実際、これが徹に知られたことで、カレンから彼は離れていくこととなる。

 カレンの自業自得。そう判断をする事もできようが、何十回と会ったことのある伊織からすれば、少しだけ検討違いと判断できよう。

 

 上の人の気質が高い。何度か会って、カレンに対して伊織が抱いたイメージだ。

 例えばそうだ、“愛”とはどういう意味だろうか。それを道行く人々に聞いたとして、その大半が送り渡されの意味だと言うのだろう。

 しかし、カレンの愛とは貰うものではなく、親しい人に与えるものだ。決して、その見返りを求めるものではない。


 などと伊織がそんな事を思っていると、如何やら決着がついたようだ。もっとも、どちらかの勝利なぞではなく、徹が現れた事による実質引き分けらしいが。


「けどそれは、決して徹の好みの考え方ではないだろうに。ほんと、カレンは昔から融通が効かないな」

「あら、何か言ったかしら、伊織さん」

「……。別に、なんともないさ。ただもう少しだけハードルを下げてくれれば、徹の見る目だって変わるのに」


 いつの間にかすぐそばまで現れたカレンに対して、伊織は改善策を告げる。

 おそらくは、カレンが声を荒げている時にでも、徹が現れたとかそんな感じなのだろう。それで、徹が蓮華から激怒するカレンを遠ざけた、と。

 でもまぁ──。


「それは無理なご相談ですわね。私は私の信念に従って行動しているにすぎませんわ。もしも、それを手折る時があるとすれば、──それは私が私でなくなる時です」

「……、そうか。意地悪な事を言ったな」

「えぇ、構いませんわ。伊織のそれは、私を思っての言葉でしょう。ですから──」


 ──私を裏切らないでくださいね。

 その言葉は脅迫に見えて、しかし実際は願うかのような声色。


 カレンは、愛を与える存在なのは間違いないが、一方で裏切られることを極端に怖がっているのだ。

 魑魅魍魎が蠢く社会の中で、信頼できる者は限りなく少ない。

 だからこそ、徹に裏切られそうになっているカレンは、蓮華の邪魔をして何処か別のところへと行かせようとしている。決して、カレンが意地悪な存在ではないことを、長年の付き合いを持つ伊織は知っている。

 そんな事を、この場から寂しげに去っていくカレンの姿を見て、伊織はそう思うのだった。


「よっ。こんなところで逢引きか。熱いな」

「い、伊織さん。そんな訳じゃないです。ただ、徹さんに助けられて……」

「そ、そうですよ。俺は偶然通り掛けて……」


 偶然会ったかのようにからかう伊織。

 その反応はというと、どう考えても蓮華と徹は互いに意識し合っている。今はまだ恋心には変化していない様子だが、それも時間の問題だろう。

 という事は、カレンは徹に見限られたというべきか。

 それは伊織も、とても残念に思う。


「ほんと、ままならないものだな……」

「何か言いましたか?」

「いや別に?」



 ──拾うもの、捨てるもの。それを行うのは、この両手なのだから。



「そうそう。逢引きをするなら、夢野宮辺りが適しているぞ。あの辺りは梓ヶ丘なのに、人通りが少ないからな」

「「本当に違うから!?」」






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 お疲れ様です。

 感想やレビューなどなど。お待ちしております。

 

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