第二話〜貧相なのでとりあえず、身を隠す〜

「あなたの名前、教えてくれる?」

「俺はミナト・ラネアス」

「私はユリ・ゼネラス……」

「ユリか……いい名前だな」

「ミナトこそ、いい名前してる……」


俺とユリは近くの路地裏に入り、自己紹介をする。

ユリは銀色のショートカットに片サイドを編んでいる。そして紅い瞳で可憐で美貌な少女だ。

ユリいわく、これでも15歳のことだ。


「しかし、こんなに同調し合うことなんか生まれて初めてだな」

「私も初めて……」

「ところでユリはどうして捕まったんだ?」

「物盗んだ……お金無くて……」

「窃盗か……ちなみに俺は寝ている間に親が起こした窃盗の罪を擦り付けられて、あそこに収容されてた」

「可哀想……」

「だろ? 目が覚めたらレンガ造りの天井では無くて、コンクリート造りの天井だったんだよな……懐かしいな」


俺はユリと昔話をしていると、街の方から軍隊が歩くような足音が聞こえてくる。


「これってまさか……」

「脱獄した俺らを探しているみたいだな……俺とユリのためだけにこんな部隊を編成したのかもな。とりあえず中央街から離れるか。行くぞ、ユリ」

「うん……」


俺とユリは手を繋ぎながら、慎重に東側まで向かう。

時には息を殺して暗殺者の如く、素早く冷静に。

時にはジョーカーピエロの如く、兵士の目を眩ませながら。


走行している間にいつの間にか、日が暮れ、オレンジ色の夕日が浮かんでいた。


「はぁ……はぁ……はぁ……なんとか中央街から離れることができたな」

「はぁ……はぁ……そうだね……ミナトは判断力と思考力が早いね……」

「まあ、俺の目が原因なんだけどな」

「目? もしかしてその……黒色の眼帯で隠してるやつ?」

「こっちは外したくても外せない、なんだ。この判断力と思考力はこっちの青い瞳なんだ。生まれつき、こんな目をしてるからいじめとか多くてさ……」

「いじめはよくない……こっちにおいで……」


ユリは正座をしながら自分の膝をポンポンと軽く叩く。

あまり表情に出ていないが、ユリなりの慰め方なのだろう。


俺は言われるがままにユリに近付くと、ユリは俺の頭に優しく触れ、太ももへゆっくりと倒す。

そしてユリの膝枕をしながら優しく俺の頭を撫でる。

まるで母親のように、自分の我が子を慰めるように。


「ユリの膝枕は気持ちがいいな」

「本当に? 喜んでもらえて嬉しい……」


少し笑顔に微笑むようになってきたユリの顔は、俺の心を落ち着かせてくれる。

もしかしたら俺は


「ユリはずっと、ミナトのそばにいることを約束するよ……」

「どんな道でもか?」

「もちろん……どんなにキツイ壁があろうともミナトがいるなら、どんな壁でも乗り越えられる気がする……」

「そうか……ユリ、なんか今日、口にしたか?」

「してない……脱獄途中にパン落としてきちゃった……」

「なら、これをやるよ」

「パンだ……でもミナトの分は?」

「俺は男だ。女の子に優しくするのは当たり前だろ?」

「……ありがとう……」

「どういたしまして」


俺は懐から朝食に貰ったパンを丸ごとユリにあげた。

ユリは少し驚いた顔をして心配顔になってしまったが、すぐに機嫌を取り戻した。


辺りが暗くなってきたかと思っていると、消えていたロウソクにいきなり火がつく。

街全体のロウソク全てにズラっと火がつく。


「《固定魔法》というのは便利な物だな」

「うん……きれい……」


膝枕をされながらも俺は路地裏まで灯りがきたので、少しほっとした気持ちとなる。


「ねぇ、ミナト……この服装は目立つと思うから、ゴミ捨て場でも漁って身体全体を隠れるほどの服、見つけに行こ?」

「そうだな……この手の甲に彫られている番号とか見られたらまずいしな。じゃあ、行くか」


俺は大量の血を頭に流さないように、ゆっくりと立ち上がる。

少しふらっと足元がふらついたが、ユリがすぐに支えてくれたおかげで音を立てずにここから去ることが出来そうだ。


「ほら、手……繋ぐだろ?」

「うん!」


俺が歩き始めようとするとユリは指同士を絡ませ、頬を少し染め、モジモジとしている。

俺はこの対処法を知っているため、手を差し伸べると笑顔で返事をしてきた。


「ユリはさ……貧相な家庭で生まれてどう思ってる?」

「しょうがないと思ってる……どんな子供だろうが、ここに生まれたいと希望があっても親は選べない……でも、どんな環境で育とうが、どんな教育を受けようが、生まれてきてくれるだけで親は嬉しいと思うよ……」

「ちなみに、ここの町出身か?」

「うん……西の方で生まれたと聞いている……」

「確証がないのか?」

「看守の名簿にそう書いてあっただけで、本当に西で生まれたかは分からない……」 


ずっと前を向きながら歩くユリの姿は、どこか途方に暮れている様子だ。

本当は話したくない事情でもあるのかもしれない。


「ユリ」

「うん?」

「初めての夜だしな……今日の晩飯ぐらい豪華に飾って食べてみるか」

「お金あるの?」

「金はない。だけど……金のないところで生まれた奴らほど貧相な暮らしを送っている。金のある貴族なんかは毎日が豪華な食事だ。だけどよ……たまに豪華な物を食べるからこそ美味いんだよ。貧相な暮らしな奴ほど、この豪華な食事って忘れられないんだよ」

「今日が私たちの出会った記念日ってこと?」

「そうだ。初めて会った人物ほど、人間は記憶に定着しやすいからな」


そんな会話をしながら今日の晩飯は何にするかを、言い合いながら歩く。

もちろん兵士達の動きを見ながら、隠れつつ、慎重に。




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