「『恋の天秤』、死刑対象者の逃走劇」

ゆずりは

第一話〜脱獄の同調〜

中世ヨーロッパ時代。

ある牢獄内に一人の青年が座っている。


名は"ミナト・ラネアス"、十五歳。

ふわりとする白銀色の髪に青空のような透き通る青い瞳と黒い眼帯をもう片方の目に付けている。


鉄の玉が鎖で繋がっているものを両足に付けており、手首も手錠のようなもので繋がれている。


そしてボロボロの汚れた服を着て、角にぽつりと膝を抱えて座っている。


「今日、この日から俺の逃走劇が始まる。そろそろ時間か……」


そう誰にも聞こえない程度の声で呟くと、一人の女性が飯を運んでくる。

愛想のない表情で小さな鉄格子の扉を開けると、そこに他の受刑者達がぞろぞろと集まり、ボロボロとこぼしながら食べる


俺はこんな奴らとは違う。俺本気でここを出ようとしている。

そして今まで捕まってきた分以上に生き延びて、ひっそりと死んでやる。


そう思いながら俺は一つのパンを受け取る。


「ほら、ちびっ子。お前の分だぜ」

「ありがとうな、おっさん」

「お互い様よ。前、俺の異変に気付いてくれて助けてくれただろう? それのお礼だ」


捕まっている身とは程遠い笑顔で俺の分の食事を渡してくれる。

一応、この部屋のリーダー的存在だ。誰もこのおっさんには誰も逆らわない。


「お姉さん、イチゴジャムとか貰えませんか?」

「子供だもんね。ほら今回が特別だよ」

「ありがとうございます……


俺はそう言うと伸ばされた看守の手を牢屋側に引っ張り、腰に掛けている鍵を取る。


「ちょっと何してんの! 離しなさい! 拷問にかけるわよ!」

「かけられるものなら、かけてみろ」


俺は足元に鍵を落とし足の指で鍵を掴み、器用に鍵を開ける。


「さっき言ったはずだ……本当にお疲れ様でしたって」

「意味がわからない……」

「あんまり大袈裟にしたくないので、手短に話しますが今日をもってここを……


俺は掴んでいる腕の骨を下に叩きつけ、骨を折る。

悲鳴を上げた看守の声を利用して牢獄の扉を開け、狭く暗い道を駆けていく。


「おい! ちびっ子! 今そこに行ったら! あいつがいるぞ!」


無駄に優しいおっさんの言葉通り、脱獄をするためにはまず、ここを通らないといけない。

この上にはガタイのいいの看守がいる。

しかし細身の俺はあの看守を倒せない。

ならどうやるか……答えは簡単だ。


「リーダー、今なら出られると思いますよ!」

「そうだな! よし、あのちびっ子に加勢して一緒に脱獄するぞ!」

「「「おぉ!!」」」


よし、予定通りだ。

俺があそこを開けると自動的に恩を返すために、俺に加勢してくれる。

なんとも便利な


俺は少しペースを落とし、おっさん達操り人形と合流する。


「来てくれると信じていたよ、おっさん」

「こんな機会はもう絶対来ない。お前さんは頭がいいな」

「そんなことないよ」


こんな風に子供っぽく媚びを打っとけば、なんでも言うことを聞いてくれる。


俺は少し不気味な笑みを浮かべて階段を上る。


「止まって……ここに魔力持ちの看守がいるから。緑髪のおっさんと茶髪のおっさんで少し足止めをお願いしたい……いいかな?」

「任せろよ、ちびっ子!」

「ここは元暴力団の俺たちに任せとけ!」

「ありがとう……じゃあ、行くよ!」


先頭に立たせた二人のおっさんが魔力持ちの看守に真っ向から勝負をして足止めをしている間、俺は看守の後ろを回り込み、太ももに隠してあった果物ナイフを取り出す。

そのまま俺は壁を蹴り、反転しながらつむじに一突き。


いくら魔力持ちの看守だろうが腕二本の強化をするだけで、身体全体の魔力が腕に周り、頭上には一切の強化がかからない。

それにより、強靭な奴だろうが魔力で強化していない頭上なんか、一般人の頭と変わらない。


俺は口角を上げ、再び不気味な笑みを浮かべながら魔力持ちの看守を殺した。


「よくやったよ、おっさん」

「こんな運動神経のいい子供は見た時ないぜ」

「そんなことないよ。さっさと先へ進も」

「おう!」


俺はおっさん達操り人形と共に順調に、地下から地上の一歩手前まで進んだ。


「ここからが本番と言っても過言ではない……」

「そうだな、ちびっ子の言う通りだ。ここには……戦闘武術で優勝した"ハバス"がいる」

「その通り。ここには一番の強敵のハバスがいる。この戦闘を避けて脱獄したいところだが、ここ以外道はない。よって……これを使う」

「なんだこれは?」

「これは……魔力持ちにだけ効果がある、。偶然、看守室から見つけたやつだ」

「おぉ! ちびっ子! すごいじゃねぇか! ってか……看守室から見つけた? 一体どこにあったんだよ!」

「階段を上るところの横に堂々とあったぞ……」


『こいつ頭逝ってんのか』と、リーダー的のおっさんをじっと見るように周りのおっさん達も見る。


「まあ、この話は今度しようか。それより……これを絶対に外してはいけない。だからこれは俺がやる。おっさん達は少し前に出て、注意を逸らしてくれ」

「分かったぜ」

「やるよ……」


俺は近くにあるハシゴをのぼり、天井のレンガを渡っていく。


「ふぅぅ……」


俺は一度、呼吸を整えてから椅子に座っているハバス目掛けて、構える。

そしてここから撃てる最大限の力で投げつける。


真っ直ぐに飛んでいく魔力遮断玉は空気抵抗を受けながらも、無事にハバスの頭に当たり、魔力遮断玉が粉砕した。


「うん? 鳥の糞か?」


ハバスは鳥の糞が落ちてきたと勘違いして、布で拭き取ろうと頭に手を伸ばした瞬間、身体中の魔力を吸い取り始める。


「なんだ! これは! こ、これは……魔力遮断玉だと! 一体誰が投げたんだ!」


ハバスは椅子から立ち上がり、地下に続く階段を見るとそこにはおっさん達がいた。

ハバスは額に血管を浮かばせ、壁に立て掛けている槍を取り、構える。


「お前らがやったのか! しかもこんな場所まで来やがって! 万死に値する!」

「ちょっと待てよ! おい、ちびっ子! 話が違うぞ!」

「あぁ? 誰がお前らなんかと脱獄するかよ……俺はお前ら、操り人形とは違うんだよ……それじゃあまた、来世で会おう」

「おい待て!」


俺はそう言い残すと、レンガを渡っていき安全にガラスを割り、地上へ出る。


緩やかな風が俺の髪をユラユラと揺らす。

久しぶりの地上の空気を吸うため、大きく深呼吸をする。


「てか、もうこれ邪魔だな。切っとこ」


鉄の玉が繋がっている鎖を真ん中らへんで切り、捨てる。

手首に繋がっている手錠のようなものも近くの、鉄骨に引っ掛け、引っ張り破壊する。


「よし、これでオッケーっと……」

「脱獄出来た……」


俺の声と重なるように、幼い声が聞こえる。

俺は横を向くと、一人の小さな女の子と目が合った。


「まさか……お前も」

「まさか……あなたも」

「「脱獄者なの!?」」


俺と小さな女の子は目の前に同じ脱獄者がいることに驚き、思わず声を上げた。


「もしかして……今日が脱獄日だったりするか?」

「うん……私も今日しようとしてた。あなたはどうやって脱獄してきたの?」

「まずはイチゴジャムを受け取ろうと、看守が手を伸ばしたところを掴んで引っ張り、鍵を手に入れて、そのまま看守を殺して、ここまで上がってきた……まさか……お前もか?」

「うん……全く同じ……イチゴジャムから看守を殺すところまで、何一つ同じ……」

「なんか……凄いな」

「そうだね……どこか似ているかもね」


小さな女の子と俺は脱獄という部分で同調し合い、共に逃走をすることになった。

そしていつの日か、がかけられる日が来るとは誰が想像しただろうか……。


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