12_エリカちゃんの相談事 その2



「先輩、ごちになります!」


「どうぞ。ファミレスだけど」



ガッツポーズと共に俺がご馳走したことに対してお礼を入れてくるあたり、彼女も立派に社会人と思う。少しの冗談も入っていて、とても好印象だ。

とても年下とは思えないコミュレベル。


そういえば、俺より年下だと思うけれど、いくつなんだろう?

これまで割と長い間、一緒に仕事をしてきたけど、そんな話をしたことはなかった。

急に気になってきた。



「エリカちゃんってさ、歳いくつだっけ?」


「あ、先輩、女性に年齢を聞きますか?モテないやつですよ、それ」


「自覚はある」


「ふふふ、先輩らしいですね」



俺らしいとは!?「にしし」といたずらっぽく笑っていたから怒ってはいないのだろう。

だいたい、本当に年齢を気にしだすのはもう少し後の方では、と思ったけれど、エリカちゃんにはエリカちゃんなりに気になるのかもしれないと思って、言うのはやめた。



「17っすよ。今年18」


「は!?」



17歳と言ったら高校生の歳ではないだろうか。エリカちゃんは普通に12時-ラスト入っていたので、てっきりフリーターだと思っていた。



「エリカちゃん高校生!?」


「はい。一応はJKですよ?萌えます?」



萌えるかどうかは別として、聞けばエリカちゃんは高校生だった。

そして、話しを聞けば不登校中との事。さすがに理由までは聞きにくかったけれど、フリーターの生活は楽しくて自分に合っているのだそうだ。


ただ、不安もあるので、フリーターのプロである(?)俺に話が聞きたかったらしい。当の俺は、「フリーター」から「ヒモ」にジョブチェンジしそうなのだけれど……



「私、学校に通えないのは人生の落後者だと思っていたんですよね。まさか、自分が不登校になるとは……」



中々に辛辣なことを言う。

エリカちゃんは冗談みたいに言っているけど、割と悩んだ時期があるのかもしれない。



「学校行かなくなっても、引きこもりにはならないぞ、と思ってバイト始めたんです。そしたら、中卒って仕事がなくて……」



ハンバーグをフォークで何度も刺しながら、エリカちゃんは少し寂しそうな表情で言った。



「それで、学校には一応まだ籍があるから、『仮面JK』としてバイトを始めたわけです。高校生なら雇ってくれますから」



「仮面JK」とは「仮面夫婦」みたいに、実際にはもうそうではないのだけれど、世間的にはそう見えるようにしていることを言っているらしい。

なるほど、それで昼間のバイトも出られていたのか。



「最初は、フリーターなんて、ってバカにしてたんですけど、私の場合、仮面JKにならないとフリーターにもなれなくて……」



彼女は「たはは」と自嘲気味に笑った。



「そんな、自分でもバカにしてたフリーターになった訳ですから、自分のことが情けなくて、嫌いでどうしようもなかったんです」



そういえば、バイトとして入ってきた当初、エリカちゃんは誰とも口をきかないし、少しぶっきらぼうなところがあった気がする。そんな心理状態だったんだな。



「そして、そこには、フリーターで楽しそうに働く先輩がいた訳です」



そこで俺が出てくるとは!しかも、楽しそうって。ちゃんと働いているつもりだったのだが……もしかして、俺バカみたい?



「私、先輩を見て、フリーターに対する考えが365度変わったんですから!」



それだと、1周回って5度しか変わってない。

ほとんど変化なしと捉えていいのだろうか。

それとも気づいていて、わざと言っているのだろうか。

とてもツッコみにくい、難しいボケを挟んでくる。



「いっそのこと学校辞めて専門になろうと思うんですけど、先輩、フリーター生活はぶっちゃけどうですか?」


「俺の場合、将来なりたいものとかないので、今を惰性で生きているだけになってるかな……」



俺に将来の夢なんてない。働いて、食べて、寝て、起きて、また働く。その繰り返しになっていた。俺が何歳まで生きるのかは分からないけれど、19歳でこれって明るい将来なんて全く見えない。

人並みに「普通」になるためにはどれだけの努力が必要だろうか。

そして、何を努力したら「普通」になれるのか……


俺が楽しそうだったのは嬉しいことだけど、エリカちゃんがフリーターに明るい未来を夢見てはいけないと思った。だから俺は、少し多めに自虐的に言った。



「将来性ないですね。あわよくば、先輩と結婚してあげて専業主婦になって三食昼寝付き生活を夢見ていたんですが……」


「俺にそんな甲斐性はないよ。一生働き続けの地下労働だよ」


「ペリカでキンキンに冷えたビールを飲む生活ですね!」



エリカちゃん、なんか嬉しそうなんだけど……

そして、さらっと流されたけど、俺と結婚って。

冗談だろうけど、19歳童貞には割とズキュンと響くんだよ。


ああ、高校時代の俺に、俺にもこんな時が来ることを伝えてやりたい。

そして、もっと友達と遊んでバカなことをしろと伝えたい。



「決めた!私、高校に戻ります!!」



突然どうした。ハンバーグを食べ終えて、付け合わせのコーンをフォークで器用に一粒ずつ取って食べていたエリカちゃんが突然大きめの声で言った。



「自分でバカにしてたフリーターにもなれないなんて。バカにしてた先輩より下って私、終わってませんか?」



さらりとひどいことを言われた気がする。



「私、桜坂高校なんです」



私立桜坂学園高等学校だったか。それは、県内でも有名な進学高だった。

どっちかっていうとお嬢様が多い感じの。

俺は高校時代に通った高校よりも随分偏差値が高かったはず。



「学校に戻って、『高校卒業程度の学力を有する者』になります。どこかで正社員になって、先輩みたいなフリーターを顎で使えるようになります!」



元気な敬礼で、とても失礼な宣言を聞かされた。

ただ、高校に戻れるなら戻った方がいいと思った。

中卒だと仕事の幅がぐっと狭まると聞くし。

そもそも求人誌とか見ても、条件に「高卒以上」って書かれている。

当たり前すぎてほとんど気にも留めないけど、そう言えば書いてあった。



「先輩、私、もうしばらく18時-ラストは入るのでレジ締めは覚えますけど、高校卒業したら大学に行きます!そして卒業したら、将来、先輩を養ってあげますね♪」



ここ数日、よく養ってくれると申し出る女性が多いな。

そんなスキルを身に着けた覚えはないのだけれど……

俺は、そんなに頼りなさげに見えるというのか。


店を出たタイミングでエリカちゃんは、「ごちになりました」と元気に言った。

柔道の「押忍」のポーズなのが可愛い。

17歳ながら社会人的にちゃんとしてる。

店の前で分かれる前に、エリカちゃんが俺に顔を近づけて少しマジ顔で言った。



「きれいなカノジョさんがいるならしっかりアピールしてください。危うく私、先輩のこと口説くところでした」


「え?」



エリカちゃんの方を見るも刹那、そこにはもう姿はなかった。

どうやらまた揶揄われたらしい。


さてと……俺はもう一度、今出てきた店に逆戻りした。



「らっしゃっせー」


「あ、『連れ』がいるので大丈夫です」



出迎えてくれた店員さんの横をすり抜け、ズカズカとお店に入っていく。

隠れるように座っている人物のテーブルの向かいの席にドカリと座る。



「で、お姉さんはなんでついてきたんですか?」


「あっくん、いつから気づいてたの!?」



そこには、驚いた顔のお姉さんがいた。

いつもと違うところと言えば、メガネをかけていること。

変装用というよりは、ブルーライトカットの独特の色のレンズの眼鏡だ。

変装するときに周囲を見渡して、あったものを使ったパターンだろうか。



「もちろん、風と月の外にいた時から気づいてましたよ?」


「ううう、いじわる……」



そりゃあ、特徴的な亜麻色のふわふわ髪が見えたらお姉さんと思うさ。

しかも、美人なので周囲の注目を集めていたし。

さらに、店からファミレスまでついてきて、近くの席に座るのだから嫌でも気づく。

残念ながら、お姉さんに探偵の才能はなさそうだ。


一応、眼鏡をかけて変装的なことをしているつもりなのだろうけれど、眼鏡も似合うので単に「おしゃれをしたお姉さん」という認識だった。



「あっくん、さっきの金髪ちゃんとキスしてた……」



拗ねたように口をとがらせるお姉さん。

さっき入口でエリカちゃんに揶揄われたときのことをいっているのだろうか。

角度によってはそう見えたのかもしれない。

キスではなく、こそこそ話なだけだ。



「お姉さん、それは誤解ですよ。揶揄われてテンション下がってるんですから」


「そうなの?」



これだけで納得してくれたみたいだ。チョロい。チョロすぎる。

本当に浮気していてもすぐに言いくるめられてしまいそうだ。

そんなことはしないのだけど。

お姉さんが色々心配になる。



***



店を出てから気づいた。お姉さんはご飯を食べたのだろうか。



「お姉さん、帰りましょうか?ご飯食べました?」


「コーヒーだけ……」



そういって、俺の腕に自然に腕を絡めてきた。

俺もこうして腕を組んであることが普通であるかのような錯覚を起こしていた。

なんなら昔からこうだったような錯覚すらあった。



「俺、ミックスグリルを和食セットで食べちゃったんでお腹いっぱいなんですけど、居酒屋とか行きます?居酒屋なら俺も少し食べられますよ?」


「いい、コンビニで肉まん買うから」



なぜ夕食に肉まんを選んだのか……いつも面白いお姉さんだった。

そういう気分だったのだろうか。


尾行といえば、お姉さんのは秒で見破れるのだが、先日のショッピングモールの男の尾行は今日はないみたいだった。



「あ、でも、スイーツは買うよ?確か新しいプリンが出たの」


「お姉さん甘いもの好きですよね?」


「女の子はみんな甘いものが好きなのー!」



ちょっと慌て気味だったけど、大きな声で言い切ったところが可愛かった。



「俺もほどほどには好きなので、プリンは2個でお願いします」


「あっくん、ズルっ!ミックスグリル食べたのに!」


「甘いものは別腹です」



お姉さんとは、会話だけでも楽しかった。

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