11_エリカちゃんの相談事 その1
この日、バイトは仲間内で「12時-ラスト」と呼んでいる、12時から20時30分までの仕事時間の仕事だ。
俺のバイトはパン屋のイートインコーナー「カフェテリア」で料理を出すこと。
お姉さんはもっと早く帰ってきて欲しいと言っていたが、レジ締め要員がまだ少ないし、この日は俺しかいないので実現できない。
レジ締めは店長を除いて3人しかできないのだ。
ただ、店長には相談済みなので、新人の採用とレジ締め要員の育成をしてくれることが決まっている。
レジ締め要員が育ったタイミングで俺はバイトを辞めるか、減らすかするつもりだ。
この日一緒に仕事をしているエリカちゃんもレジ締め要員候補の一人で、この日からレジ締めを教えることになっていた。言い出しっぺの俺が。
レジ締めは面倒だし、お金を扱い求められる責任が増す。
その上、仕事が終わった後にショッピングモール内の貸金庫的なところにお金を預けに行かないといけないので他の人より帰るのが遅くなる。その代わりに時給が30円上がるので、概ね文句を言う人はいない。
月に100時間働くとしたら3000円アップという計算だ。
その点は、店長の人柄もあると思われた。
「レジ締めは時給30円アップ」というのも今の店長が始めた事。
エリカちゃんも「30円上がるならレジ締め覚えたい」と言っていた。
俺としては周囲に負担を強いることになるのだけれど、そう言ってもらえると気が楽になった。
エリカちゃんには一通りレジ締めを教えた。
19時30分になればオーダーストップなので、その後お金が出入りすることはない。この日もお客さんはほとんどいない。店の外の人影に気付いたがここはスルーする。どうせ20時には全ての一般客は退店することになるのだから。
レジ締めはそこからスタートする。
まずはレジ内の現金を数える。
各札の枚数を専用の用紙に記入して、金額を算出する。
次に、硬貨の各枚数も数えて同様に記入、算出を行う。
ここからが運命の分かれ目だ。
現在までにレジがカウントした売上をレシート用紙に打ち出し、現金との差異を見る。基本はプラマイゼロなのだが、そうはいかないので少し面倒くさい。
パターンとしては2通りで、現金が多いか少ないかである。350円とか比較的大きな金額が違う場合はコーヒーなど商品だけ出して、レジの打ち忘れと言うことにしている。
実際はそんな事はあり得ないので、お釣りを少なく渡している可能性がある。ただ、ここは銀行ではないから、差異の理由までは問われない。
出してもいないコーヒーの分をレジ打ちしたら解決だ。
逆の場合はお釣りを多く渡した場合だろう。作業はほぼ同じだけど、僅かだが売上が下がるので何か悪いことをしているような気になる。
100円以下の僅かな差は、レジ下の引出しにある「小銭入れ」からお金を出し入れして調整する。
10円とか僅かな金額が多いときレジの操作で金額を調整するのはとても面倒なので「小銭入れ」にいれるのだ。
レジ打ちが善人である事を前提としたシステムでお金を盗もうと思えばいくらでも盗めそうなところがある。
ただ、モール内の店でも平日は売上10万円も行かない日が多いので、犯罪を犯すリスクに見合う金額は手に入らない。
この様に、エリカちゃんにも伝えてみた。
「バッチリ理解しました、先輩。分かりやすかったです。先輩は先生とか向いていると思います」
変な褒められ方をしてしまった。
教師か……興味がない訳じゃないけど、高卒フリーターに道が開かれているとは思えない。
日本は「学力社会」ではなく、「学歴社会」なのだ。
いくら現場で役に立っても、学歴で判断され入社したときから給料に差があり、超えることは殆ど無い。時々、もっと勉強しておけばよかったと思うこともある。
「先輩、このあとの『相談』覚えてますか?」
「ああ、もちろん」
エリカちゃんがニコニコして聞いた。
相談というとネガティブなイメージが強いのだけれど、エリカちゃんの場合はそれもこんなに明るく聞けるのか。自分との人種の差を感じさせられた。
店は閉まって、現金の入ったお金を貸金庫的なところに預けに行った。俺はこの作業を密かに「現金輸送」と呼んでいる。
「あははっ、『現金輸送』ウケるっ!」
エリカちゃんにはウケた。現金輸送はモール内なので、女性一人でも特に問題はない。そもそも一般客は退店しているし、普通の店員もほとんどが帰っている。
実際、アパレル関係のお店は店員が女性しかいないので、女性が「現金輸送」しているのをよく見かける。
「真っ暗なショッピングモールの通路ってなんかワクワクしますね!」
確かに一般客が退店して真っ暗な通路は普段とは雰囲気が違う。
ただ、俺は既に慣れてしまっていたので、何とも思っていなかった。
「そうだね」なんて言って、少し話を合わせて、「現金輸送」の仕事を終えると俺たちは控室で着替えて、モールを出た。
従業員出入り口を出たところで、見慣れた人影を見つけたけれど、後から出てきたエリカちゃんに声をかけられ振り向いた。
「先輩、外じゃナンなんで、どこかお店に行きませんか?」
確かに、外で二人立ったまま話を聞くというのもかっこ悪い。
どこか会話ができる程度には静かな店で話を聞くのが妥当だろう。
そういう意味ではファストフードは不適だ。常に騒がしいイメージがある。
ショッピングモール内は全て閉まっているからそちらもダメだ。
たった今、俺たちがレジ締めしてきたくらいだから。
そうなると、通り沿いのレストランか居酒屋という選択肢になってくる。
ただ、2人とも未成年なので居酒屋は少し気が引けた。
今まで止められたことはないけれど、身分証明書を出すことになるかもしれない。
その時、運転免許を持っていない俺は身分を証明するものがないのだ。
保険証くらい?顔写真がないので場合によっては認められないのだけれど。
19歳って色々面倒くさいのだ。
結局、ビルの2階に出店しているファミレスに落ち着いた。
なぜ2階に出店したのか。
21時近いこともあって、お客さんはほとんどいなかった。
他人事ながら経営が大丈夫か心配になる。
「お腹すきましたね、先輩」
確かに、仕事終わりで21時も近い。お互いお腹が減っていた当たり前だ。
「せっかくだから、ごちそうするよ」
「ホントですか?一番高いの食べますよ!」
「お手柔らかに……」
「さあ食べるぞぉー」
実際はそんな高いのは注文しないだろう。
ある程度はエリカちゃんの性格は理解している。
冗談っぽく言うところ可愛さだろう。
こういう時の注文は意外と難しい。
俺が一番安いメニューを注文してしまったら、おごられる方はそれより高いものを注文できない。
ミックスグリルの和食セットでドリンクバーを付けたら1320円。
俺がこれくらいのものを注文したら、彼女も好きなものを頼めるだろう。
エリカちゃんはハンバーグセットを注文した。かなり安いメニューだ。
結局気を使わせてしまったかもしれない。
せっかくだから勝手にドリンクバーを追加しておこう。
何でもない他愛もない会話をして料理を待つ。こんなときに思うのは、俺は学歴に対するコンプレックスの他に、交友関係のコンプレックスもあるということ。
高校時代、何事もなく静かに、おとなしく過ごしてしまったので、友達とファミレスに行ったりカラオケに行ったりした経験がなかった。
エリカちゃんみたいに金髪のギャルと夜にファミレスで二人きりでご飯を食べるなんて当時の俺からしたら想像もしなかっただろう。だから、こうしている今も、俺はここにいていいんだろうかと不安になることがある。
エリカちゃんみたいな子と付き合うまで行かなくても、高校時代にこうして出かけたりしていたら、もっと充実した高校生活の思い出ができたのではないだろうか。
こんなあり得ない想像をしてしまうのだ。
「あ、きたきた!ミックスグリルはこっちで、ハンバーグセットが私です!」
バイトで鍛えたからか、エリカちゃんはほかの店でもテキパキしている。
とても気持ちがいい。好印象だ。
飲食店でのバイトなので、彼女の肩まである金髪は普段、編み込んでいてまとめると帽子の中に全部入れやすいようにしているみたいだ。
今日は、バイト終わりだから、編み込みの状態で肩まで下がっているので、ちょっと違う印象。この感じも似合っていると思う。
その彼女から、意外な事実と相談が投げかけられることになる。
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