10_お姉さんとショッピングモールに行こう

お姉さんとショッピングモールに着いて目的の俺の下着パンツはすぐに見つかった。

サイズを見て、価格を見て、カゴに入れる。

選ぶのなんか1分もかからない。会計を含めても5分とかからない。



「ええ!?もう決まったの?」


「うん、男のパンツなんてそんなもんだよ」


「じゃ、じゃあ服!お洋服も一緒に見ましょう!」



店は下着だけではなく、シャツやアウター全般が売られている店。

服は正直どれが良いのかよく分からない。


俺の場合の失敗しにくい買い方としては、マネキンが着ているセットをそのまま買う方法だ。コーディネート的にプロが考えたものだから、自分よりもセンスがいいのは間違いない。


マネキンが着ているから、バランスとかも客観的に見れるし、値段も確認しやすい。

ただ、買ったら買ったでその組み合わせ出来ることはほとんどないので、あまり意味はないとも思っているけど。



「一緒に服を選んで、私、あっくんにプレゼントしちゃう!」


「え?そんな、誕生日とかでもないのに」


「どうせ、私の場合使いきれないから大丈夫!」



そりゃあ、お姉さんはお金持ちだろうから使いきれないのかもしれないけど、家に住まわせてもらっている上に、服まで買ってもらったら気が引けてしまう。


お姉さんは「いいのいいの」と言って、選んだ服を次々買ってくれた。

1日で3セット(合計10点)も買ったのは生まれて初めてだった。



「ありがとう」


「全然気にしないで!それよりも、帰ったら着てみせてね」



それくらいならば全然いいけど、とてもお返しになっているとは思えなかった。



「あと欲しい物とかないの?」


「うーん、そうだな。本を見たいな」


「本?」


「そ、最近あんまり読んでなくて、折角時間ができたんだから読みたいと思って」


「いいね!本屋さんに行きましょう」



本屋に行くと、たくさんの本が置かれていた。

当たり前と思うかもしれないけれど、最近では町の本屋さんでは雑誌など仕入れたらすぐに売れるものしか置いていないことが多い。

マンガも売れ筋だけしか置いてない。


でも、ここの本屋さんは広い敷地にたくさんの本を置いてあった。

そう言えば、資格も取りたいかな。

大学に行かなかった分、資格でもとって将来に備えたい。

まずは、資格取得の棚に行って本を物色してみた。



「あっくん資格とるの?」


「まあね。何か手に職がつくようなものを探してみようかなって。大学に行かなかったし」


「今からでも大学にいてみたら?」


「えー、無理だよ。もう勉強もしばらくしてないし」


「最近だとネットで受けられる大学もあるし、入試は作文だけってのもあったよ?」


「へー」



そんな簡単には入れそうな大学があるのだろうか。

帰ってからゆっくり聞かせてもらうことにしようか。


そう言えば、ラノベのコーナーもあった。

人気シリーズの新刊が出たらしくて、専用棚が設けられていた。

作者名は「幸福の木」。


「お姉さんと僕」シリーズ。内容はタイトルそのまんまで、年上の「お姉さん」が、年の離れた男の子「僕」と仲良くなっていく話。


別にこれと言って事件は起きないのだけれど、いわゆる日常系というやつで永遠に見ていられる感じの話だ。

いつも話はハッピーエンドで終わるので俺としてはすごく好きなシリーズだ。



「あ、これの新刊出たんだ。買わないと」



1冊手に取って軽く立ち読みしてみる。

今回は、初めて「お姉さん」と「僕」で遊園地に行く話か。

これまでは公園内での話が多くて、一つの「世界観」が出来上がっていた。

それが外に出るのだから、その世界は広がるのか、それとも世界観が壊れてしまうのか……



「あっくん……」



お姉さんが俺の袖を引っ張る。



「なに?」


「あっくん、その本好きなの?」



お姉さんが真っ赤になってもじもじしている。

ああ、ラノベが恥ずかしいと思っちゃうタイプ?

確かに、かわいい感じの表紙とかは電車やバスとかでは読みにくいかも。


でも、紙のカバーをしてもらったら全然平気だから。

それよりも中身を見て判断していただきたい。


俺はお姉さんに、この本の良さをできるだけ伝わりやすいように伝えた。

言えばいう程真っ赤になって行くお姉さん。

俯いてしまっているし、熟しきったトマトの様に真っ赤になっている。


こんなにいい話なのに、表紙だけで恥ずかしいと判断してしまうとはお姉さんらしくない。ついつい俺も熱が入る。

表紙や挿絵が話とベストマッチで作者と絵師さんの組み合わせも最高だと言っていた最中だった。


お姉さんが俺の襟部分を引っ張って顔を下げさせ、掌を口に添えて耳打ちの姿勢を取った。まだ作品熱を伝えきれていないところだったので「なに?」と俺は少しぶっきらぼうに聞いた。



「あのね、その本の作者……私なの」


「……は?」


「あっくんが好きになってくれるのはすごく嬉しいけど、目の前で力説されるとすごく恥ずかしいから……」


「『幸福の木』はお姉さん!?」


「しー!恥ずかしいから言わないでっ!」



お姉さんは唇の前に人差し指を当てて、声を抑え気味に言った。

そう言えば、お姉さんは大学生の頃から作家をやっていると言っていた。

恐らく7~8年くらい前からってことになるか。


このシリーズも確か、もう7~8年は続いている人気シリーズだったはず。

まさか……



「帰ったら、本棚に全巻あるから」



どうやらあるらしい。



「サイン本は!?」


「サイン本はないけど、帰ってからでよければ本にサインしてあげられるし……」


「ホント!?すぐに家に帰ろう!!」



ラノベを書いていると言っていたけれど、1冊出版した後2冊目につながらないような作家だと勝手に思い込んでいた。

お姉さんは、確か表紙の絵も描いていると言っていたし、実はとんでもなくすごい人では!?


お金も十分あるし、ペンネームとはいえ有名にもなっている。

お姉さんには悩みなんてないのではないだろうか。最強では!?



***



切欠はちょっとしたことだった。俺とお姉さんはトイレに行くため一旦分かれた。

往々として男の方が早く戻るので、トイレ入り口近くの椅子に座って待っている時のことだ。


店のガラスに反射して、俺の死角に男が一人立っていることに気付いた。

注目しなかったら何とも思わなかっただろう。


その男は、壁に寄りかかっているだけだ。ただ、死角でメモを取っていた。

ただそれだけだけど、変な行動だと思ったのだ。


注意して気にしていると、普通に何食わぬ顔をして後ろから着いているのも確認できた。徐にスマホを録画にしたまま背面を撮影したのだ。

休憩するみたいにお姉さんと店内のベンチに座って、動画を確認した。

やっぱりあの男がいる。


こそこそしていなくて、堂々と尾行している。

こういう時はこそこそした方が目立つのかもしれない。

そういった意味では、相手は尾行に慣れている。


そもそも俺を尾行する理由はない。

社会的な価値が皆無だからだ。誰も興味なんて持たないだろう。


逆に、お姉さんは美人だし、それだけでストーカーされる可能性もあった。

その上、人気ラノベ作家『幸福の木』でもある。


更に、数億円という資産を持っているのだから誘拐されて身代金を要求されることも十分考えられる。

最近では資産家を誘拐したら目の前で振り込ませたりする犯罪もあるらしい。


いたずらにお姉さんを怖がらせるのもなんか違うし、もう少し様子を見よう。

証拠を集めて警察に出すか。


とりあえず、マンション内のセキュリティは完ぺきに近い。

ただ、外に出たら無法地区だ。

なにかあったら俺の好きなハッピーエンドにはならない。

ここは、俺がお姉さんを守らないといけないと思った。


ちなみに、お姉さんの部屋うちに帰ったら本当に全巻あった。

原稿データまで見せてもらって、またお姉さんの秘密を一つ知ってしまった……

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