19_お姉さんのストーカー その2

探偵とストーカーが契約したという契約書。

そこに書かれていた契約者名は、もっとも予想しなかった名前だった。



桜川瑚々乃さくらがわここの



そこには、お姉さんの名前が記載されていた。

しかも、お姉さんの筆跡だ。ご丁寧に印鑑まで打たれている。

自分で自分の行動記録を探偵に報告させる!?そんなのあり得ない。

何らかの方法で、ストーカーがお姉さんの名前を使って契約書を作ったに違いない。



「この契約書は本物かとか、契約者は桜川瑚々乃氏本人かとか考えているかい?」



探偵が、俺の考えを読んだかのように言った。

俺は自分で思っているより、周囲に考えが駄々洩れの人間らしい。

お姉さんにもよく考えを悟られてしたし。



「間違いなく、桜川瑚々乃氏との契約だよ。なにしろ、僕は本人と目の前で契約を交わしたのだから。ほら、受取証明書も見てくれ」



依頼料を受け取ったという証明書のコピーだろう。要するに「お金は受け取った」という領収書みたいなものか。お姉さんが準備して探偵が署名捺印したものかな。

そういう意味では、原本はお姉さんが持っているということだろう。


そこには、探偵の依頼料としては十分すぎるほどの金額の受け取り証明が書かれていた。支払者は桜川瑚々乃、お姉さんだ。

受け取り者は、二戸にのへ探偵事務所 代表二戸 隆之進。この探偵だ。



「先に言っておくけど、契約書に追記されている項目を見てくれたまえ」



藤村旭ふじむらあきら氏が依頼内容を尋ねた時は、桜川瑚々乃の意思を確認することなく全ての情報を正しく報告すること』



「契約書通りに動いている僕としては、君がたずねれば、僕はこの契約の内容については全て正しく、包み隠さずに答えるという訳だよ」


「お姉さんはなんでこんな契約を……」


「彼女は何か病気だと聞いているよ?五感が衰えて、そのうち記憶が無くなっていくのだとか」


探偵は顎を触りながら、契約外だけど知っていることだから答えるよ、とばかりに契約書を見ながら言った。

こいつは何を言っているんだ!?

あんなに元気そうにニコニコ笑うお姉さんのどこが病気だと……


そこまで考えて、急に思い出したことがある。

お姉さんはいつも極端に甘い物や辛い物を食べていた。もしあれが、味覚の衰えによるものだとしたら……


つい先日お姉さんは自分で自分の頭を壁に打ち付けていた。

仮に病気が頭の中だとしたら、テレビリモコンの様に振ったり、叩いたりしていたと考えられないだろうか……


そう言えば、話しかけた時、話をはぐらかされたことがあった。

もしあれが聞こえなかったからだとしたら。

そして、それをごまかすために違う話題を振ったのだとしたら……


寝坊した日もそうだ。自分で予定を忘れてしまったから、行き先が分からなくて、スーパーで買い物だけして戻ってきたとしたら……


先日倒れたことも関係しているのかもしれない。

そもそも「報告書」に大学病院も入っていた。

風邪をひいたりしたくらいで大学病院に行くとは考えにくい。なぜ今まで疑問に思わなかったのか……


そもそも、お姉さんのスケジュールを見るには、お姉さんのIDでログインしないと見れない。お姉さんの協力なしでそれを実現するのはかなり難しいはずだ。

お姉さん自身の協力があったと考えた方が自然だろう。


目の前が真っ暗になった。眩暈もした。

嫌な感じで点と点がつながって線になった。つながってしまった。

ここが喫茶店で席に座っていてよかった。立っていたら、確実に倒れていただろう。



「思い当たることがあったみたいだね。桜川瑚々乃氏は支払いや、依頼したこと自体を忘れるかもしれないからと、事前に依頼料を全額を一括で払ってくれているんだよ」


「……」


それで、「支払い証明書」か。先に払ったのに探偵が知らないと言えないように。

ちなみに、俺のこともかなり調べられていた。

お姉さんが俺の電話番号を知っていたのも、もしかしたらこの探偵が調べたのかもしれない。


俺のバイト先も事前に調べてお姉さんに報告していた可能性もある。だから、俺に会う前に3回もバイト先に様子を見に来ることができたのだろう。

もっとも、それはこの探偵の「報告書」を信じればの話だけど。


お姉さんが俺のパジャマや下着のサイズを知っていたのもこの探偵の調査結果だとしたら、かなりのやり手という気もしてきた。

完全なる個人情報だ。下手したら俺も自分のパンツのサイズを知らない。

適当に買って、たまに大きかったり、小さかったりするからだ。


ここに来て最初に俺のことを本人確認したのだけど、これだけ調査していたら聞かなくても知っていたはず。

あそこは、ちょっと芝居がかっていたのし、俺がこの場の雰囲気に入っていけるための演出だったのかもしれない。


依頼が事実だとして、この依頼は既に陳腐化している。すぐに止めさせたい。依頼料の返還など、お金のことはどうでもよかった。止めさせないと。

お姉さんは探偵のことも、依頼のことも忘れているようだし。

探偵のことなんて知らないと俺に嘘をつく必要がないからだ。


探偵こそ別だったけれど、黒幕と言える依頼者ストーカーがお姉さん自身ということなら、被害者もお姉さん。加害者も被害者も同一人物という前代未聞のミステリーということになってしまった。


ただ、この探偵の言うことが事実なのか、お姉さんに確認する必要がある。

でも、あの調子だとしたら恐らくお姉さんはもう覚えていないだろう。

探偵に事情を話して、お姉さんの調査は終了にしてもらった。依頼料の返還は不要という条件で探偵は承諾し、お姉さんのストーカー事件は解決を見た。


想定以上に知りたくない事実を知ってしまうという返り血を浴びてしまったけれど……一応解決した。これでお姉さんがストーカーに悩まされることはなくなった。

ただ、俺が好きなハッピーエンドから段々と外れて行っているのに気が付いてしまった。



***



後始末として、俺はお姉さんの部屋いえに帰り、お姉さんのスマホにインストールされていたGPSアプリを発見したので、すぐにアンインストールした。


これがあったということは、探偵の情報が正しい可能性を高めていた。

他人のスマホにGPSアプリをインストールさせるのもかなり難しいだろうし、特定の相手に位置情報の閲覧を許可させ続けるのはもっと難しいだろう。

お姉さん自身が設定したか、習いながら設定したと考えた方が辻褄が合う。


そして、位置情報ならば、以前の盗聴器探しにも引っかからない。

しかも、お姉さんの端末から情報を発信し続けているのだから、電波的にも不審な接続として見つかる訳がない。


念のために、盗聴アプリも確認してみたけれど、そんなものはインストールされていなかった。

俺が探偵ならば、GPSアプリをこっそりインストールさせるならば盗聴アプリもインストールさせる。お姉さんの許可の下、インストールしたものならば、GPSだけ入れたのも分かる。盗聴アプリはお姉さんも許可しないだろう。


スケジュールに関しても、お姉さんに言ってパスワードを変更することで完全に他からのログインを停止させた。


確認のために、お姉さんに探偵のことしっているか、をもう一度聞いてみたけれど、知らないとのことだった。その表情に嘘があるようには見えず、俺は事実確認だけして、問い詰めることはしなかった。


ただ、お姉さんにはストーカーについては解決したことを伝えた。詳しい事情などは全く伝えていないのだけど、すぐに信じてくれた。

安心したお姉さんの顔は嬉しかったけれど、お姉さんは俺のことをもっと疑った方がいいのでは……


お姉さんに聞きたいことや、確認したいことはたくさんあって、俺の中で黒い靄の様に立ち込めていた。

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