22_お姉さんに会えない その1

俺が病室に行って、お姉さんの贖罪にも似た告白を聞いた後、お姉さんは「少し眠るね。ごめんね」と言って眠ってしまった。

そして、その後、目を覚まさない。

翌日もお見舞いに来たけれど、眠ったまま。もう24時間眠ったままだ。


医者に話を聞きたいのだけれど、家族でもない俺には一切のことが言えないのだそうだ。

それどころか、お見舞いの許可もおりなくなった。

ついには病室に行くことすらできなくなってしまったのだった。


家族などでないと、病状を説明してもらえるどころか、医者に会うことすらできない。

ドラマならば医者が休憩のために中庭に出たタイミングを捕まえるのだが、残念ながら現実的には中庭でのんびりすることができる余裕のある医者はいないらしい。

出勤、退勤の時間も病院の場合分からない。

総合的に考えて、医者をつかまえるのは不可能だろう。


俺はお姉さんの部屋いえに戻り、棚をあさり始めた。

1時間かけて見つけ出したのはこれだ。



『婚姻届』



都合のいいことに、お姉さんが書く欄は全て記入済みだ


お姉さんの几帳面な字を見て、なんとなくジーンとしてしまった。

まだ会えなくなって少ししかたっていないのに、お姉さんの痕跡を見るだけで感動している。


早速自分の欄を記入して、役所に提出しようと思った時に気づいた。

本人たちの記入欄の外に、「証人」の欄に2人ほど記入してもらわないといけないのだ。


ネットで調べた限りでは誰でもいいらしい。2人の結婚に同意する人ならば誰でも。

極端な話、そこら辺を歩いている人でもOKらしい。

ただ、実際には名前だけではなく、住所や印鑑まで必要だ。そうなると誰でもというのは少し違ってくる。


誰に頼むか。意外と印鑑までお願いできる人なんていないものだ。まあ、「連帯保証人」とかじゃないから、そこまでのハードルはないにしても、印鑑を持ち歩いている人なんてそうそういない。


その時、俺はふと思いついた。頭上に豆電球が思い浮かび、光がついたかもしれない。いつ行っても人がいて、俺がある程度信用を得ていて、ハンコがある場所。

そんな都合のいい場所を1か所だけ思いついた。



***



30分後、俺は「風と月」にいた。俺のバイト先。ショッピングモール内のテントの一つ。イートインコーナーを店内に持つパン屋こと「風と月」。

俺は、一般客としてショッピングモールに入ると、大きな鉄の扉を開けてバイト先の控室に直行した。



「あ、藤村くん、おつかれさま。あ、あれ!?今日シフトだっけ!?」



控室に1つしかない事務机に向かって何か事務仕事をしていた店長。

俺の登場で慌てていた。相変わらず、店長は良い人だ。

普通バイトのやつが来ても気にかけない人もいるだろう。慌てるってことは、今日は誰が来るか分かっていて、俺のシフトの日じゃないと知っていたという事だ。



「いや、今日は休みなんですけど、店長にお願いがあってきました!」



そう言えば、最近、店長にはお願いばかりだ。その内、何か美味しい物でも持ってきてちゃんとお礼を言わないといけないだろう。



「なに?藤村くんの『お願い』は怖いなぁ」



そんなに怖いことはお願いしたことないのだけど……

考えてみれば、俺はこの店長に頼ってばかりだ。お返しできることなんてあるのだろうか。バイトを辞めるまでにはできるだけ恩返ししようと思った。

俺は、持ってきた婚姻届けを店長の机の上に出す。



「え?結婚の申し込み!?僕には妻も中2の娘もいるんだけどなぁ」


「……」



店長の面白くない冗談だったようだ。



「ごめんごめん。びっくりしちゃってさ。藤村くん、結婚するの?」


「…はい」



嘘じゃない。嘘じゃないけど、少し罪悪感がある。

「はあ」とか「まあ」とかどうしても歯切れが悪くなる。


(ガコン)ちょうどその時、外の大扉が開けられる音がした。

誰かが控室に来ようとしている。できれば、店長だけに言いたかったのだけど。



「あれ?先輩、サボりですか?」



無駄に憎まれ口を叩くそれはエリカちゃんだった。

どうも今日はシフトだったみたいで、控室に不足物を補充に来たらしい。



「先輩、店長と何話してたんですか?もしかして、BL的な?引くわー」



この子、俺の悪口を言わないと気が済まないのか。それでも全然嫌な気にならないのはこの子の性格というか、持って生まれた才能なんだろうなぁ。


ここで今日2回目の豆電球が頭上で光った。



「エリカちゃん!ハンコ持ってる!?」


「え?え?ナンスか!?私、連帯保証人にはならないようにって、おばあちゃんから口が酸っぱくなるほど言われてて……」


「違うわ!」



どうして俺の職場は大喜利みたいになっているのか。俺が質問したらボケで返さないといけないルールはいつ設定されたのか。



「これなんだけど……」


「え!?婚姻届け!?ちょ、さすがにまだ早くないですか!?そりゃあ、先輩がどうしてもって言うなら……(デュクシ!)あいたっ!」



変なことを言い始めたエリカちゃんを俺の右手チョップ(全然力は入れてない)をかます。

半分涙目で頭を押さえるエリカちゃん。(小芝居)



「先輩、私を傷ものにしましたね!?責任取ってもらいますよ!」


「ごめん、責任取れないんだ……」


「え?」



ちょうどいいので、店長とまとめてお願いすることにした。



「何にも聞かずに、ここにサインをしてほしいんです!落ち着いたら……ちゃんと話します」


「なんか訳ありかな?いいね。青春っぽくて。いいよ、サインしよう。ただ、僕はお金はないからね?連帯保証人にはならないからね!?ホントにないからね?」


「先輩結婚するんですか!?マジですか?!そうですか……↓」



店長もエリカちゃんもサインしてくれるらしい。

なんかエリカちゃんはテンションが下がってみたいだけど、大丈夫なのか!?


サインとハンコを押した後に、何故か肩を落として店に戻って行ってしまった。

控室には何か取りにきたのでは!?

手ぶらで帰って行ったけど、それでよかったのか!?



***



やっと役所に着いた。婚姻届けを提出しようと思ったら、結婚する二人が来てそれぞれ本人確認をする必要がるのだとか……お姉さんが今、この場に来れるはずがない。


ただ、婚姻届けを書いて提出しただけで結婚が成立してしまうのならば、相手のことを知っていれば誰でも一方的に結婚できてしまう。

それはそれでシステム的にダメだろうと理解した。

ただ、俺はそれをしようとしている。


ダメだったかと俺のアイデアの浅さを悔いていた時、「提出方法」の欄に「郵送」があるのに気が付いた。住民票を付ければ郵送でも可能らしい。

お姉さんがこんな時のことを考えていたかどうかは不明だけど、住民票まであった。


ちなみに、俺は未成年なので、親の同意書が必要らしかった。

100円ショップで買った印鑑で親の同意書を偽造して同封した。

良い子は絶対に真似しちゃダメだからね!


俺は宛先を正しく封筒に書き、コンビニで切手を買ったら役所の前のポストに投函した。

封筒は一度郵便の集配所に集められて再び役所に届くだろうから、別に近くに投函する必要はないのだけれど、少しでも早く届いてほしいと思ったのだ。


役所に郵送した婚姻届けは事前にコンビニでコピーしていた。

婚姻届けさえ提出できれば、「婚姻届受理証明書」がもらえる予定だったけど、直接提出は出来なかった。

そこはしょうがない。妥協しよう。


さて、いよいよ突入だ!

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