5_お姉さんと迎えた朝とフレンチトースト
結局、ヘタレの俺は何もできずにお姉さんの横で一晩過ごしてしまった。
貫徹したわけじゃないけれど、ほとんど寝られなかった。
そりゃあ、こんな美人で可愛いお姉さんがベッドの横に寝ているんだ。
しかも、パジャマの胸の辺りは、突っ張っていて少し胸の谷間が見える上に、ボタンとボタンの間の隙間からは肌色が見えているのだ。
パジャマをよーくみると、何となくポッチも見て取れてノーブラであることをうかがわせる。
さらに、お姉さんが寝返りを打つたびに形が変わる胸を見てドキドキし続けていた。
よく何もしなかったな、俺。
貫徹に近い状態だからか、テンションだけはやたら高くて眠さなんて1ピコグラムもなかった。
「ん……」
そのうち、お姉さんが目を覚ましたらしい。
「あれ……?あっくん、おはようございますぅ……私、寝てたのぉ?」
そりゃあ、寝てたでしょ。
夜ベッドに入って目を瞑っていたら、横に性的対象でも寝てない限り普通は眠るもんだ。
朝のお姉さんのしゃべりは気だるい感じだった。寝起きの髪は少し乱れていて、それがまた魅力的でいけないと思いつつもちらちら見てしまっている自分がいた。
「おはようございます」
「うわー……何年ぶりだろ……ぐっすり寝たぁ……あ、力が入らない……」
お姉さんは、俺とは対照的に久しぶりにぐっすり寝たらしい。
それはよかったですね。
「最近、ずっと寝られなくて……まさか寝るとは思ってなかったよぉ……」
そんな事ってある!?
お姉さんはベッドの上でゆっくりと伸びをしながら、あり得ないことを言っていた。
まだ寝ぼけているのかもしれない。
そんなのもひっくるめて、とても可愛いと思っている俺がいる。
お姉さんは、すっかり目が覚めている(というかギンギンの)俺の頭を撫でてくれた。
「あっくんが一緒だから、よく眠れたのかなぁ……すごい……これから毎日一緒に寝てね」
俺に睡眠薬のような効果はない。
「すごい」なんて言葉は、そのよくわからない効果ではなくて、情事の後のピロートークで聞きたい言葉だ。
最後の「毎日一緒に寝て」はすごくテンションが上がってしまった。
そんなつもりではないと分かっているけど、なんかエロい。
テンションが上がりまくった。
「すごーい、あっくんがベッドの上にいるぅ」
お姉さんが甘えた声で、そんなことを言いながら俺の胸の辺りに抱き着いてきた。
いいにおいが強く感じられ、あと、あちこちやわらかい。
こんな時俺の手はどこにあるのが正解なのだろう。
お姉さんを抱きしめたい気持ちもあるし、まだそんなことをしてはいけないような気持もあるし、俺の左右の手は空中を彷徨い続けていた。
ベッドの上であおむけで寝転んでいる俺は掛け布団を腰のあたりにかけているので、バレていないと思うのだけれど、俺に覆いかぶさるようにお姉さんが抱き着いている。
そして、俺の目の前にお姉さんの頭がある。
なんだか幸せそうに頬ずりをしてきているので一見、とても微笑ましい光景なのだが、掛け布団の下の俺の欲望は臨戦態勢でちっとも微笑ましくない。
生理現象も相まって俺にはどうすることもできない。
とにかく、お姉さんにバレないように過ごすのみだ。
「ごめんねー、私いつも朝が弱くてぇ……10分くらいしたら起き上がれると思うから……その間、あっくん頭なでてぇ……」
なんとも可愛らしいお願いが来た。
触っていいと許可が出たので、お姉さんの頭をなで、髪を
しばらくなでたり、梳いたりしていたのだが…
「うーん、ダメだぁ……気持ちよすぎてもっと起きれない……あっくんのためにフレンチトースト準備してるのにぃ……」
俺は一人暮らしを始めてから……なんなら実家にいた時も合わせてもいいが、朝からフレンチトーストなるものを食べたことがない。
トーストだとは分かるけれど、普通のトーストとの違いが分からない。
どうフレンチなのさ。
たったこれだけでも、お姉さんと俺のヒエラルキーの違いを感じてしまう。
そもそも、お姉さんはシンパシーを感じてくれているようだけど、お姉さんは学校の人に崇められて孤独を感じていただけで、俺みたいに友達がいなかったのとは基本的に全く意味が違う。
俺みたいな人間が本当にここにいてよかったのだろうか。
こんな美人で優しいお姉さんの傍にいるのが俺でいいのか。
そもそも、俺以外に誰かがいたのではないだろうかと色々考えてしまう。
「うにゅぅ……あっくんのフレンチトーストがぁ~」
謎の言葉を言いながらベッドから流れ落ちるようにずり落ちていくお姉さん。
頭から肩くらいまでは床まで降りてきているが、膝から下はまだベッドの上から離れられないでいる状態となっている。
お姉さんが液体になった!?
俺は半分液状化しているお姉さんをお姫様抱っこで抱き上げ、ベッドに戻す。
軽く頭をなでて「もう少し寝てていいですよ」と伝え、一人キッチンに向かってみた。
スマホでフレンチトーストを調べてから冷蔵庫を見るとそれらしいものは無かった。
念のため、冷凍庫を見ると焼く前の状態で下味が付いた状態で冷凍されたパンがあった。
ネットで「フレンチトースト 焼く前 冷凍」で検索すると、レシピがたくさん出ていた。
要するに、解凍せずにこのままフライパンで焼けばいいらしい。
下味はお姉さんがやってくれているから、お姉さん任せ。
焼き加減は俺の責任にかかっているから、責任重大。
レシピによると、フライパンにふたをして10分くらい弱火で焼いて、その後バターを投入して焦げ目がつくまで焼けばいいとのこと。
俺は料理をほとんどやらないけど、バイト先ではスパゲティやシチューを提供している。
これらのほとんどは途中までセントラルキッチンで作られていて、仕上げの調理だけ店でやるようになっている。
ちょうどこのフレンチトーストとも似ている感じだろう。
解凍と焼き方さえ間違わなければ、完成する料理だ。
火加減に注意しながら初めて見るフレンチトーストを焼いた。
10分焼くというのは意外と手持無沙汰だ。
コーヒーも入れようと思ったら、インスタントがなかった。
1杯ずつ粉末になった豆が紙フィルターに入っているタイプのコーヒーはあったので、それを使ってコーヒーを淹れた。
ちゃんと豆なので、淹れた時の香りがインスタントとは段違いだ。
優雅だ。優雅なんだけど、俺は人のうちのキッチンで朝から何をしているんだと、ちょっと自問自答し始めていた。
フレンチトーストがいい具合に焼けて来たけれど、ここで気づいた。
どの皿を使ったらいいか分からない。
コーヒーカップは昨日お姉さんがコーヒーを淹れてくれたから、それを洗えば問題なかった。昨日の生姜焼きのお皿は大きめだったので、フレンチトーストには大きすぎるみたい。
食器棚には色々皿があるけれど、使っていいものと悪いものが判断できない。
困っていたところにお姉さんが起きてきた。
「今度こそおはようございます~、あ、いい匂い。あっくんありがとうぉ。フレンチトースト分かったぁ?」
「冷凍したヤツがあったんで、焼きました」
「わ、すごーい!よくわかったねぇ」
「あと、お皿が……」
「あ、どれを使ってもいいんだよ。もう、あっくんの家だと思ってさぁ」
実は皿はどれがいいか、めぼしは付けていた。
青い模様が描かれた白い皿がいいかな、と。
「これとか?」
「あ、あっくんお目が高いね!これは私のお気に入りのロイヤルコペンハーゲンだよ♪これ使っちゃおう!」
なんか必殺技の名前みたいな皿なんだけど、よかったらしい。
俺的には百均の皿との区別はつかないのだけど、高い物じゃないだろうか。
まあ、お姉さんは、気軽に普通使用しているから、百均よりは高いけれど、そこそこのものだろう。そうに違いない。
昨日コーヒーを淹れてくれた器も白地に青い線で花の模様が描かれたものだったから、多分同じシリーズなんだと思う。
***
「「いただきます」」
お姉さんが仕込んで、俺が焼いただけのフレンチトーストを食べることになった。
俺は多分、人生初のフレンチトーストだわ。
「あ、おいしー。あっくん上手に焼けてるよ」
「ほんと?よかった。俺、完成品を知らないから……」
一口食べてみた。めちゃくちゃ甘い!
フレンチトーストって、要するに甘いトースト!
お姉さんは更にはちみつをかけているので、相当甘々にして食べるのが正解なんだろうな。
俺にははちみつなしで十分甘いから、これで食べよう。
「ねぇ、あっくん、いつ引越してこれるのかな?」
どうやらお姉さんの一緒に住もう、は本気らしい。
そりゃあ俺もそうさせてもらえるなら、その方が助かる。
でも、本当にそれでいいのか!?
当初、監禁とか言ってたし落とし穴があるんじゃ……
「引越屋さんとか手配しようか?」
「簡単な荷物だけなんで一人で大丈夫です」
「そお?必要だったら気軽に言ってね」
「ありがとう」
ノーっ!もっと悩め俺!もっと警戒心をー!
引越す気満々じゃん!
お姉さんとの甘々同棲生活を期待しまくってんじゃん!
「あっくん、今日の予定は?」
「んー、昼からラストまでバイトですね」
「ラストって何時~?」
「20時半です」
「え~、遅くない~?もちょっと早くできないのぉ?」
お姉さんが不満そうに頬を膨らませて半眼で責めてきた。
彼女としては、バイトは辞めて欲しいらしいし、お姉さんが仕事を終えて部屋から出てくる時間には俺に家にいて欲しいという事だった。
「レジ締めがあるから、後継者ができるまで難しいですね」
そう。『レジ締め』とは、閉店作業の一つで、売り上げを計算する作業のことだ。
今日の売り上げをレジでカウントした金額と、レジ内の金額がちゃんと一致しているかどうか計算する作業。
お金を使うので、バイト経験1年以上の人でないとできないと店内ルールがあるのだ。
俺がバイトを減らしたり、辞めたりするためには、このレジ締めも引き継がなければならない。
もちろん、今でも俺以外にレジ締めできる人がいるけど、その人の稼働率が上がりすぎてしまう。
「今日、バイト先に行って、店長に相談してきます。徐々にになりますけど、日数を減らしたり、昼だけの勤務にしてもらったりして行きますから」
「ホント?ありがとう~」
にこにこ満足顔に変わったお姉さん。
俺って今全力でダメ人間への道を進んでいないだろうか。
バイトは辞める方向で、家もなくなって……幾ばくかの危機感は戻ってきたみたいだ。それでも、お姉さんがそんな悪いことをする人にもどうしても思えない。
今日はまだお姉さんと再会して2日目だ。
徐々にお互いのことを知って行けばいいだろう。
***
俺はこの日、バイトに出る時間よりも早めに出て、一旦自宅に戻ることにした。
引越しに必要なものと処分するものを判断するためだ。
冷蔵庫や洗濯機はお姉さんの家にどでかいのがある。
中古品で古くなっている俺のをわざわざ持って行く必要はないだろう。
俺の身の回りのもので持って行くものと言ったら、服とか下着とかパソコンとか……
考えてみたら旅行に行く程度の荷物しか必要なかった。
大きめの段ボールに入れて送るか、キャスター付きのスーツケースを買って1~2回往復したらそれで終わりそうだ。
小さいタンスやローテーブルは確かにあるのだけど、運送費を調べると意外と高くて、新しい物を買って、お姉さんの家に届けてもらった方が安上がりという残念な事実を知ってしまった。そう考えると、最近の家具屋さん頑張りすぎだろ。
新しい家具の置き場としてお姉さんの
「S」ってなんだよ!?
しかも、お姉さん自体、リビングと寝室と仕事部屋しか使ってないらしく、2部屋丸々空いているらしい。
「あっくん使って使って♪」と笑顔で言われてしまったが、それぞれ10畳くらいあってその一部屋だけで、俺のこれまでの
謹んで一部屋だけ使わせてもらうことにした。
一応タダではあんまりだと思ったので、家賃的なものを収めると申し出たけど、あの
それよりも「自分の家って考えてほしいのに家賃とか変なこと考えたらダメだぞ」って腰に手を当ててプンスカされてしまった。
それを言われた時の俺の感想は、申し訳ないというものよりも、「怒ったお姉さん可愛い」だった……俺は急激にダメ人間になって行っている。
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