4_お姉さんの部屋で風呂に入るのはなんか恥ずかしい

「あっくん、お風呂が沸いたわよ」



ご飯を食べ終わると、(ピピッ)と音がして恐らく湯船にお湯がはれたのだろう。


そうは言っても、この家の家主はお姉さんだ。

俺が一番風呂をもらっては申し訳ない。



「お姉さん先にどうぞ」


「いやいや、あっくんどうぞ。私は洗い物を済ませてから入る予定だし」


「それなら俺が洗い物を……」


「いやいや、あっくんどうぞ。私は洗い物を済ませてから入る予定だし」


「お姉さんが家主な訳だから……」


「いやいや、あっくんどうぞ。私は洗い物を済ませてから入る予定だし」



お姉さんがNPCのように同じことしか言わなくなってしまった。

絶対に譲らないつもりだな。ここで譲り合っても埒が明かない気がする。

しょうがないので、ここはおとなしく引き下がってご厚意に甘えさせていただこう。


脱衣所まで来て思った。俺はタオルも無ければ着替えもない。

リビングに戻ろうとしたところで脱衣所のドアが軽くノックされた。



「あっくん?開けても大丈夫かな?」


「あ、はい」



お姉さんの声だったけれど、まだ脱いでいる訳でもなんでもないので開けてもらっても何の問題もない。



(がちゃ)「あっくんの着替え、これね」



お姉さんがドアを開け、大きめのパジャマとトランクスとバスタオルを持ってきてくれた。

元カレか誰かの……と一瞬思ったけれど、パジャマなど明らかに新品だったので、杞憂きゆうに終わったみたいだ。


どうしてサイズが分かったのか、そもそも俺が今日来るって決まっていた訳でもないのになぜパジャマが準備されているのか、色々聞きたいことはあったけれど、お姉さんの笑顔に遮られて聞くことができなかった。


俺は空気を読む男だから。



「あ、じゃあ、使わせてもらいます」


「うん、洗濯物はそこのカゴに突っ込んじゃってて」


「あ、はい」



お姉さんがドアを閉めたのを確認したら、俺は服を脱ぎ始めた。

自分ち以外で服を脱ぐのってなんかすごく罪悪感というか、そういったイケないことをしているような感情が沸き上がる。



***


いや~、いい風呂だ。この部屋いえは本当にすごい。

リビングも広かったけれど、風呂も広い!


ライオンの口からお湯こそ出ていないものの、湯船は足を伸ばして入れるし、身体を洗う洗い場も広かった。プラスチックの椅子に座っても足が伸ばせる。


俺の家だと湯船は正方形で体育座り状態じゃないと入れないし、身体を洗う場所も狭かった。

冬なんか下手に動くと壁に背中が付いて、すごく冷たい思いをしたくらいだ。

あの瞬間は心臓が止まるかと思う程驚くんだ。


頭と身体を思う存分洗ったらついに湯船に浸かった。



「あ゛あ゛あ゛~」



「極楽~」とかは言わないけど、湯船に浸かると声が出るのは日本人のDNAに書き込まれている事象かもしれない。

ボタン一つで熱いお湯が足し湯されるし、風呂場だというのに壁にはテレビが備えられているし、お金持ちの家の風呂ってこうなってるんだなぁ……

湯船に浸かって少し落ち着いたところで俺は気づいた。


風呂のドアは樹脂製の半透明パネルになっている。

外が見える訳じゃないけれど、人影くらいは見て取れる。


ドアの前には、お姉さんと思わしき人影が……

ふわふわの髪の毛のシルエットは特徴的だ。まさか、入ってくる気か!?

ちょっと身構えながら見守っていると、ドアの前でうろうろしている。


服に手をかけて……やっぱり戻った。

もう一度、服に手をかけて……また戻った。


なんか躊躇してるっぽい。あ、悩み始めたっぽい。

シルエットクイズみたいでちょっと楽しくなってきた。


しばらくしてどうやら、お姉さんは風呂に突入するのは諦めたみたいだ。

一緒に入ろうとして恥ずかしすぎてやめたらしい。

そして、次に見つけたのが洗濯物カゴ。


俺がさっきまで着ていたシャツをカゴから取り出し、掲げるように広げて見ている。

そして、そのままお姉さんの顔に近づけて……においを嗅ぎ始めた!

はい、アウト―!!



「おっ、お姉さん!?」


「ひゃっ、ひゃいっー!」



お姉さんが、びくっとして変な返事をした。



「それ恥ずかしいのでやめてもらっていいですか? 」


「にゃっ、にゃんのことかにゃ!?わっ、わちゃしは、お洗濯を!」



今度は、お姉さんが猫人間のようになってしまった。

俺に力になれることはあるだろうか……


ドア越しのシルエットのお姉さんはしょんぼりしている。



「あっくん、私のこと嫌いになった?」



ドア越しでもお姉さんが半べそかいているのが伝わってくる。

なんだこの可愛い生き物は……

俺の顔にはニヤケが溢れ出て、止まらない状態になっていた。



「嫌いにはならないけど、なんだか恥ずかしいので……」


「……じゃあ、善処する方向で検討するということで……」



お姉さんが政治家みたいな返答をし始めた。あれは全くやめるつもりがないやつだ。


俺とお姉さんの立場が逆だったら俺は即死刑だろうけど、お姉さんがやっている分には不思議と嫌じゃなかった。ただ、気恥ずかしいのは本当。


ただただ、お姉さんが可愛くて……

そして、俺のニヤケ顔をどうにかしてくれ。


シルエットのお姉さんがすごすごと引っ込んで行ったので、俺は風呂を上がって身体を拭いた。

そして、お姉さんが準備してくれたトランクスとパジャマを着て脱衣所を出た。

ちなみに、サイズはぴったりだった。

なぜだ!?ちょっと怖いんだけど……


脱衣所を出たら、そこにお姉さんが待っていた。



「あっくん!ごめんね、ごめんね!お願いだから嫌いにならないで!!」



半べそかきながら俺の袖を掴んで言った。

これだけ美人で、大きな胸をしていて、更にすごいお金持ちなのに、どうしてこんなに自信がないのだろう。


俺は気付けばゆっくりとお姉さんを抱きしめていた。

いつもの亜麻色ふわふわの髪は予想よりも柔らかく触り心地も良かった。

もちろん、お姉さんの柔らかさも同時に伝わってきた。

こちらも大変よろしい感じだった。



「あ、あっくん?」


「俺がお姉さんを嫌いになる訳ないじゃないですか。ただ、恥ずかしいから程々でお願いします」



できるだけ優しく言うと、お姉さんも俺の背中に手を回してきた。

そして、顔を俺の胸の辺りに押し付けていた。

こんな脱衣所の前で抱き合うラブストーリーがあっただろうか。

少なくとも俺が好きなハッピーエンドの話の中にはなかった。


でも、かっこ悪くても俺らしくて嫌いじゃなかった。



「お姉さんもお風呂に入ってきたら?」


「うん、そうだね。あっくん、ありがと」



何に対するお礼だったのか。俺には分からない。

もしかしたら、お姉さんにも分からないかもしれない。

でもいいんだ、それで。



***


お姉さんも風呂から上がってきた。まだ少し濡れた髪が何とも色っぽい。

薄ピンクのパジャマを着たお姉さんの胸はすごく強調されていて、ついつい目がいってしまう。


風呂上がりだし、ブラジャーをしていないのではないだろうか。

このパジャマの布1枚向こうは……俺はなんだか見てはいけないものを見てしまったようなイケない気になってきた。



「お姉さん、パジャマも似合ってます」


「えへっ、あっくんにそんなこと言われたらテレちゃうな……」



下を向いてテレまくるお姉さん。なんだかくねくねしている。

どうしてこんなリアクションなんだろう。普段モテまくっているのではないのか。



「あっくん、いこ」



お姉さんが俺の袖を摘まんで部屋いえの奥へ誘う。

俺がまだ行ったことのない場所だ。新しいドアを開けるとそこは寝室だった。


室内にはめちゃくちゃでかいベッドが中央に置かれてあった。

クイーンサイズ?キングサイズ?

俺にはよくわからないが、大人二人が寝てもまだまだ十分な広さがあるベッドだった。



「あの……お姉さん……これは……」



否が応にも期待は高まってくる。残念ながら俺はそう言った経験がない。

お姉さんは経験があるのだろうか、そして、今日俺はお姉さんによって童貞を卒業することになるのか……



「あっくん、一緒に寝て?」



一緒に……というのは、やっぱりそういう意味だろうか。キョドる俺。

お姉さんの瞳は潤んでいる。俺の腕にお姉さんが腕を絡めてきた。

その大きな胸の柔らかさが腕に伝わりまくってくる。


誘われるように二人ともベッドに入った。

心臓の音がうるさ過ぎて、お姉さんにバレてしまうのではないかと俺は気が気じゃなかった。

二人で天井を見ながらベッドに横並びで寝転がった。



「あっくんのこと話して?」


「俺の……なにを?」


「私と会わなくなってから……今日までのこと」



約10年間のことなんて簡単には振り返ることができない。

要するにお姉様は、俺と話をすることをご所望という事か。

性欲が前面に出ている自分が恥ずかしいんですが……


それでも、こんな美人が目の前にいて、うっとりした目で俺のことを見てくれているのだ。何も感じないということは不可能だろう。


俺はできるだけ煩悩を悟られないようにして、お姉さんの希望を叶えようと思う。



「小学校の頃は…学年が変わって、1人か2人は友達ができて、お姉さんと会う機会が減ったけど、そんなに充実した感じじゃなかった……かな。中学になっても高校になってもやりたいことが見つからなくて、受験もうまく行かなくてそのままフリーターになった……そんな感じ」


「そか」



お姉さんは相槌のような返事のような一言を言った後、しばらく静かだった。

寝てしまったのかなと思って、お姉さんの方を見ると、目はつぶったままにっこりしてしゃべり始めた。



「私もあっくんと会えなくなって……寂しい学校生活をして、大学に行って、アルバイトで雑誌ライターの真似事をしていたわ」



そんなのってバイトでできるんだ……



「そのうち、趣味で書いていたラノベでデビューして、その本のために表紙とか口絵も本格的に描き始めたの」



小説家!いきなりパワーワードが飛び出してきてすごいと思ったのに、その挿絵も自分で書いたのか。

普通、挿絵とかは作者とは別に絵を描く専門の人がいて、設定なんかを元にその人が書いているはずだ。


中には設定だけじゃなくて、作品全体を読んで絵を描く絵師さんもいて、作品の世界観を大切にしていると聞く。

それでも、作者本人が書くのならば誰も文句を言わないだろうし、その世界観を損なうこともないだろう。



「一時期有頂天になってたくさんお話を書いたけど、ずっとやっていける世界じゃないと思って就職はソフト会社にしたの」



特に何も才能がない俺からしたら、行けるところまで行ってみたらいいと思うのだけど、お姉さんも何か思うところがあったのかもしれない。



「ソフト会社は、仕事が大変で、月200時間以上時間外の仕事をしてて……小説を書く時間も絵を描く時間もほとんどなくなっていって……」



月200時間の残業!俺がバイトで週5日毎日5時間で入っても160時間なのに、残業だけで200時間!1日何時間働いていたんだ!?



「結局、身体を壊して……また小説の世界に戻ってきたの……」



この部屋いえはもしかして、小説の印税とかで買ったのだろうか……だとしたら、相当なヒット作なのでは!?



「まだ、心の傷も癒えてなくて、私の人生を振り返ってたらあっくんを思い出して……」



それで、俺のことを思い出したのか……

なんだか違和感があったのだけど、何となく腑に落ちた気がする。



「私、あの頃、あっくんが心の底から好きだった……多分、ロリコンだわ。ロリコンでごめんなさい」


「……」



この場合、なんて返せば正解なのだろう。

「どうも」もおかしいし、「どうぞ」もおかしい。


お姉さんが本当にロリコンだとしたら、俺は成人を前にしているので俺には興味がないということになってしまわないだろうか。それはなんとなく寂しい気がしていた。



「あとは、たまたま思い付きで買った宝くじが当たって……」


「は!?いくら当たったんですか!?」


「約5億円……」


「え゛え゛っ!?」


「欲しいのはお金じゃないのにね……あ、それもあっくんに全部あげるからね」



いやいやいやいや、情報が多すぎて処理しきれない。

こんな豪邸に住んでいるくらいだから、小説もそこそこ以上にはヒットしているのだろう。さらに、宝くじが当たったって……


最初に喫茶店で言っていた「私のお願い聞いてくれたら、私のお金全部あげる!」の重みが全然違ってくる。俺はポケットに入っている890円くらいの感覚でいた。


いくら残っているかは知らないけれど、それを俺にくれようとしているってこと!?

この部屋いえもくれるって言ってなかったっけ!?


俺は訳が分からなくなり、お姉さんを見たら、お姉さんは眠ってしまっていた。

ああ、俺の性欲は!?どうすんだこれ。戦闘体制の俺の愚息は相手を失った。


横で眠ったお姉さんの胸の谷間が少し露わになっていて、俺は悶々とした夜を過ごしていた。

胸元に手を近づけて……やっぱりやめる。

やっぱりちょっとくらいなら……でも、やめる。


安らかに安心して眠るお姉さんの気持ちを裏切ることなんて俺にはできなかった。

でも、お姉さんのいいにおいは、寝ていると余計に強く感じられ、俺はトイレとベッドを何度も往復することになった。

実に情けない……



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夕方6時(18時)にももう1話公開します!ぜひ、読んでください。

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