一刀の誓い

せてぃ

フラムとグラス

 負傷し、昏睡状態だったぼくが目を醒ました時、駆けつけたシホ様は落ち着いて聞くように言った。

 そうして告げられた言葉は、ぼくに『やっぱりそうなのか』という理解と、自分の無力を思い知らせた。強い虚脱感と共に。


「エオリアが、拐われました」


 戦場で負傷し、後送された姉、エオリア・カロランが、その道中で行方不明になった。同じく後送された人々も共に行方不明となっていて、シホ様は『円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンド』によるものだろうと推測し、すでに手の者を放ったと言った。


「エオリアは、わたしたちが必ず見つけます。イオリアは十分に休養してください。エオリアを取り戻す、その時のために」


 ぼくの手を取り、陽光色に美しく輝く髪の下、ぼくに笑いかける聖女様は、確かに聖なる女性で、どこまでも神々しかった。

 この人の力になりたいと思い、それこそ血を吐くような努力をしてきた。『滲む』では済まず、本当に血を吐いても諦めなかった努力の結果としてぼくが得たのは、魔剣という力の、その中でも最も弱い位階『兵士』の力。それも

 ぼくの目から、涙が溢れていた。様々な記憶が、感情が押し寄せて、涙は止めどなかった。医務室の寝台の上、半身を起こしたぼくの頬を伝って、涙は次々と上掛けの薄布に落ちて、染みを広げた。

 そんなぼくの姿を見て、シホ様はただ、ぼくの手に手を添えて、何も言わずに側にいてくれた。





 ぼくと姉さんは二人で一人だった。娼婦の子として産み落とされ、娼館に勤めながら男のぼくがどうにか生きながらえたのは、全て姉さんのおかげだ。

『奇跡の聖女』と呼ばれるシホ・リリシア様に取り立てられ、シホ様の騎士にしていただいてからも、ぼくらは常に一緒だった。

 ぼくが百魔剣という強力な力を扱えない、とわかった時、姉さんはある提案をした。


「イオぉ、この剣をぉ、二人で使いましょう? きっとぉ、これならぁ、できるわよぉ」


 それがいま、ぼくが使っている魔剣だった。

 魔剣グラス。冷たい風の力が宿った魔剣。

 でもこの魔剣は、本来一対の存在だった。太古の王朝、百魔剣を生んだ大陸統一王国時代、この魔剣は二振り一対の魔剣だった。姉さんはその魔剣を一振りずつ、ぼくら姉弟で使うことで、力を得ることにしたのだ。

 魔剣フラム。灼熱の風を宿した魔剣。

 それが姉さんが手にした魔剣だった。

 魔剣フラムグラス。二刀流として振るわれて、初めてその本来の力を示す魔剣。それを一振りずつ持つということは、それだけでは本来の力を発揮できないと言うことになる。それでも姉さんはぼくの為に、フラムとグラスを分けることを選んでくれた。姉さんだけならば、この二刀の魔剣を扱えていたのに。




「イオリア、あなたがいてくれなければ、エオリアを助けることはできません」


 涙ながらに姉の話をしたぼくに、シホ様は力強くそう言った。


「……ぼくは、シホ様のお力になれるのでしょうか」


 二刀流としての姉弟。

 その姉を奪われたぼくが、尊い聖女様の力になれるようには思えなかった。

 ぼくに傷を負わせた敵は、別の、より強力な魔剣の使い手の方に倒された。その方に、ぼくは救われた。

 そんなぼくが、たった一振りのぼくが、シホ様の力になれるとは思えなかった。

 それでも、シホ様は首を縦に振ってくれた。




 あの日のシホ様の瞳が、手に添えられた手の温もりが、どんなになっても、一刀になっても絶対的にぼくを信じてくれる温かさが、ぼくを突き動かした。

 姉さんを助ける。

 そうして、シホ様のお力になる。

 再び『二刀流の姉弟』となって、聖女様を支える。

 二人で、支える。

 ぼくは決意を新たにして、目の前の『目標』の姿を見据えた。古び、打ち捨てられた石造りの砦。情報が確かならば、この砦に姉さんは囚われている。

 いまは夜明け前の最も闇が深い時間。シホ様の密偵であるぼくにとっては、最も動きやすい時間だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一刀の誓い せてぃ @sethy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説