第88話 激突
陽が傾きフィールドがオレンジ色に染まる頃、体育祭初日が終わった。
現在の総得点は、赤チームが若干のリード。
個人単位の種目が多い中、大人数が参加した綱引きでの勝敗が全体成績に寄与していた。
(初日はまずまず。しかしこの点差だと、最後までもつれそうですね…)
単純計算で500人以上の生徒が鎬を削りあって、結果は均衡している。
この状態が指し示すのは、両チームの力の拮抗。
大きな差は生まれにくい事は想像に難くない。
(明日はジョンとの一騎打ち。そこまでに勝敗が決していれば良いのですが…)
珍しく弱気なケントだが、無理もない。
相手は対抗戦であのマテウスをも圧倒した、ジョン。
その双肩には、ずっしりと赤チーム全員分の期待が乗せられていた。
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翌日。
昨日とは違い、空は雲で覆われていた。
まるでケントの心中を表すような天気に、ケントの不安は増大していった。
(…なんだか良くないですね。とにかく力を発揮する事に集中しなければ…)
ケントが参加するリレーは今日の大トリ。
それまでは面識のあるメンバーの観戦に努める事にした。
ケントはまず、2日目のひとつ目の山場である歩兵戦へ向かった。
佐藤謙の時代で言うと、騎馬戦が近いだろうか。
各クラス3人ずつの代表者が全学年8クラス集まり、広いフィールドに散らばる。
帽子を取られたら撤退しなければならず、相手が全員撤退した時に自チームの残存数が多ければ多いほど、高得点になるという競技だ。
シンプルな分、俯瞰的に全体を把握できる者がいるかいないかで大きく戦績に違いが出る。
この競技には、赤チームにはキーン、白チームにはフリックとレードルフが出場していた。
「はあ…僕がメグ様の敵に回らなければならないとは…こんな事は今まで一度も無かったのに…」
実は昨年度まで、フリックとメグは4年連続で同じチームだった。
その為、今年の体育祭はどうしても気が乗らないフリックだったが、そこに燃料を投下する人物が現れた。
「おお、フリックさん。こうして対面できるとは、楽しみじゃわい。」
先の対抗戦において、第一学院のメンバーで唯一3勝した後輩、キーンだ。
「…フッ。キーンか。君も可哀想に。」
「可哀想?ワシがかい?」
フリックは態度にこそ出さないものの、対抗戦で2敗した屈辱を忘れてはいない。
近頃ではメグのファンクラブ会員としての活動時間さえも削り、自らの鍛錬に当てているぐらいだ。
「僕と同じチームじゃないなんて。
ああ、本当に可哀想に。」
「ガハハ!ワシはむしろ敵チームで良かったわい!フリックさん、胸を借りるつもりはないぞ!!」
「ふん、当然さ。」
両者の戦意は急騰し、試合開始を今か今かと待ち構えている。
「始め!!」
教師の号令により、歩兵戦が始まった。
「うおおおお!!!!!」
紅白それぞれ約150名が駆け寄って行く様は、正に歩兵戦というべき圧倒的な迫力であった。
その中でもやはり観衆の目は、白チームの先頭を走るフリックと赤チームの後方でどっしり待ち構えたキーンに集中していた。
「Quick!!」
フリックは極短い詠唱で、速度強化を自身に付与した。
「はぁああ!!!!」
「な!!??」
フリックが目にも止まらぬ速さで駆け抜けたかと思うと、その手には4つの赤い帽子を掴み取っていた。
「ほら、君達ダメじゃないか。しっかり逃げないとこうなる、よっと。」
さらに奪取を狙ったフリックだったが、そこに見えない塊が飛んできた為回避する。
「キーン。無粋じゃないか!」
フリックは両手を広げ、いかにもキーンを非難している、というようなポーズを取った。
「開始数秒でグラつかせておいて良く言うわい。このまま負ける訳にもいかんからのう。」
キーンはキーンで顔には笑みを浮かべているが、目が笑っていない。
やる気満々である。
「これはフリックさんはワシが抑えな…ぬおっ!?」
フリックに向かい一歩踏み出そうとしたキーンを、炎の魔法が襲った。
「なんじゃ、お主。ワシとやろうっちゅうんか。」
キーンは炎を辛うじて避け、炎が放たれた元の方へ首を向けた。
「ああ。テメエが一番強そうだからな。日頃の憂さ晴らし。存分にさせてもらうぜ!!」
大半が静観していたフリックとキーンのやり取りに、進んで首を突っ込む人間がいた。
この介入により、歩兵戦は早速重要な局面を迎える事となった。
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