第87話 総取り
体育祭は無難に、しかし着実に進行していた。
ケントも綱引きの出番が近づき、今は軽く肩を回していた。
(大人数の種目とはいえ、取れるところで取っておかなくては…不特定多数の合算で勝敗が決まるというのは、何度参加しても難しいものです。)
ケントは全体の把握は難しいものの、体育祭の趨勢を意識しながら観戦を進めていた。
こういった不特定多数の参加者がいる形式の場合、得点が合算で大きな物になる為、参加者一人ひとりが全体に与える影響は軽微な物になる。
それにより責任の所在は不明確になり、勝敗に執着しづらい物だ。
しかしだからこそケントは、赤チームの、特に男子の執着心に着目していた。
(妙に士気が高いですね。ギリギリの所で粘り勝ちをする生徒が多い。これは一体…)
様々な方面から分析を試みるケントだが、その理由がチア部の華やかさに起因するものだとは最後まで気づけなかった。
————————————————
ややあって、ようやく綱引きが始まろうとしていた。
綱引きと言っても綱は長く、並んでいる生徒も50人程度いる。
また使用する綱も魔法で加工がなされており、緩んではいるものの切れたりする心配は無い。
ケントがふと白チームの方を見やると、生徒会の力自慢、ゲレラが最後方で綱をグルグルお腹に回している姿が目に入った。
その顔は正に意気軒昂。
一直線にケントの目を見て、不敵な笑みを浮かべていた。
(ゲレラさん…やる気に満ち溢れていますね。これは少し苦戦するかもしれません。)
本来であれば双方50人ずつの綱引きなど、一人の力でどうこうなる物ではない。
しかしこの世界では魔法が存在しており、魔法使用を前提として各競技が設計されている。
それを踏まえると、ゲレラとケントの2人の力量が勝敗を左右する可能性も充分にあった。
「構え!」
審判役の教師の号令により、双方が綱を握った。
得も言われぬ緊張感が、生徒達を襲う。
「はじめ!」
綱を引き合うギチッという音で、綱引きが開始された。
「「せーの!せーの!」」
両チーム共に掛け声に合わせて綱を引くが、綱はびくともしない。
ケントとゲレラは目を合わせたまま、直立不動で綱を抱えていた。
そのまま長期戦になるかと思われたその時、ゲレラが突如腰を落とした。
赤チームはある者は引きずられ、ある者は体勢を崩す。
『どうだ』と言わんばかりの顔でケントに視線をやったゲレラは、その瞬間、驚愕の表情を浮かべた。
ケントは腰も落とさず、少し体を後ろに傾けてゆっくりと後退していく。
それに合わせてゲレラの体ごと、綱が引き摺られていくのだ。
「ぐっ…ケントォおおお!!!!」
そのまま綱は引き摺られ続け、遂に勝敗がついた。
「赤チームの勝ち!!!」
会場内に歓声が響く。
ケントは額の汗を拭い、一息ついた。
(危なかったですね…理想角がもう少し見つからなければ、負けていたのはこちらだったかもしれない…)
ケントはゲレラが本腰を入れた後、徐々に後ろに体を傾けていき、地面と綱に効率的に力が伝わる角度を確かめていた。
結果として手繰り寄せた角度で勝利に導いたが、ケントが思っている通りギリギリの勝負であった。
バシッと背中を叩かれ振り返ると、そこにはゲレラが立っていた。
「ケント、お前やっぱりやるなあ!」
「いえいえ。ギリギリでしたよ。」
健闘を讃えあう2人。
しかし呑気な姉のせいで、このいい雰囲気は霧散する。
「ケントー!カッコよかったよー!!」
「ぐっ…」
応援席から聞こえて来たメグの声に、ゲレラは顔を顰めた。
ケントが突然のゲレラの変調に驚いていると、しかめ面のまま、ゲレラが口を開く。
「ケント、お前には負けん!!」
「もう綱引きは終わりましたよ?」
「な、なんというか…そう!男として!男として俺は負けんぞ、ケント!!」
「はあ…」
余計な敵を作ってしまったケントであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます