第82話 押しつけ
「それでは、以上で報告を終わります。」
「ああ、ありがとう。お陰で実状をしっかり把握できた。」
そう、自分では動きづらいコレアの為に、ヤネン領内の情報を収集し分かりやすく報告する事こそが今回の主目的である。
特にコレアは普段から街中を歩き回るなど、市井の情報を欲していた。
ケントはその点も踏まえ、人口や面積などの基本情報に加えて住民への聞き込みまで実施したのだ。
「想定以上の結果だ。君に頼んで良かったよ。」
「いえ。私も勉強になりましたから。それに…」
ケントはエルザの方へ振り返った。
「今回の提案はほとんどエルザさんが作成したものです。なので今後もエルザさん中心に進めてください。」
「それは…良いのかい?」
「ええ。事実ですので。」
コレアが躊躇いがちに問うが、ケントは意に介さない。
「???」
エルザはやり取りの意味がわからず、ただ首を傾げていた。
「では、これが今回の報酬だ。一年くらいは遊んで暮らせるんじゃないかな?」
「ありがとうございます。それと…」
ケントが何か言おうとするのを、コレアが手を前に出して制止した。
「わかってるよ。第一学院には貢献度の報告をしておく。」
「お手数をおかけします。では、私はこれで。」
ケントはそう言うと、その場を辞する準備を始めた。
「ああ。お疲れ様。またいつでも来てくれたまえ。」
「ケントざん!お世話になりまじだ…」
コレアは飄々と、エルザは涙をいっぱいに溜めてケントに挨拶を投げかけてくる。
「お二人とも、大変お世話になりました。エルザさん、これから大変かと思いますがあなたならできます。応援していますよ。」
「…はい!」
このやり取りにコレアはご満悦だ。
「では、さようなら。また参ります。」
ケントはそう言って本当に去って行った。
「遂に行っちゃったね〜ケントくん。エルも元気出してよ。」
「…私は元気です…」
ケントが退出していった後、領主の執務室は沈鬱な雰囲気に支配されていた。
「ほんとに頼むよ?これからは君が判断を下していかなきゃいけないんだから。」
「はい……………?」
「やっぱり気づいてなかったか。ケントくんはホントに遣り手だなあ。」
コレアはここで改めてため息をつくと、空を仰いだ。
「エルザ、私が君にケントくんの手伝いをさせたのは何故だと思う?」
「それは、膨大な業務負担の軽減と勝手のわからない部分の補佐では…?」
「それは表向き。裏目的は、君のスキルアップだ。」
「え……!!」
エルザは予想もしていなかったコレアの言に驚きを禁じ得なかった。
「私の補佐として働いてくれている君には、少なくとも私と同等以上の思考や思想を持てるようになって欲しいと思っていた。
それに考えてもみたまえ。ケントくんは学生。長期休暇が終わったら学院に戻るんだよ?」
「あ……」
ようやくエルザの中で色々なパーツが繋がり始めた。
「つまり僕の中ではエルザ、君が時々学院にいるケントくんとやり取りをしながら代理の陣頭指揮を取る、という形がゴールだったんだ。
しかしケントくんはそれを超えてきた。」
「そ、それは…」
エルザは震えながらコレアを見るが、コレアは楽しそうに目を細めてエルザを見つめながら、言葉を続けた。
「ケントくんはこう言った。
『今回の提案はほとんどエルザさんが作成したものです。なので今後もエルザさん中心に進めてください。』
つまり、ケントくんは今後自分を通さなくて良いと言ったんだね。」
「わ、私は…」
「しかも、長期休暇が終わった後にもこちらの業務に残る、エルが草案を作っているのなら、わざわざケントくんとの擦り合わせも必要無い。
最速で実現まで駆け抜ける事が可能になる。」
エルザはなんとか逃げ道は無いものかと頭を巡らせ、その中でケントの最後の挨拶を思い出す。
『お二人とも、大変お世話になりました。エルザさん、これから大変かと思いますがあなたならできます。応援していますよ。』
嬉しい言葉だったが、もしかするとあれは業務負担を押し付ける事になるエルザへの懺悔も含まれていたのでは無いか。エルザはそんな事まで考え始めてしまった。
「いや〜これは責任重大だね。エルがどれだけスキルアップしたのか、楽しみだよ。」
いよいよ微笑を越えてニヤケ顔の域に達したコレアだったが、いつまでもオロオロとしているエルザを見てその顔を厳しいものに引き締め直し、大きな声で呼び掛けた。
「エルザ=ヤネン!!」
「は、はい!!」
「貴様の務めはなんだ!!」
「はい!ヤネン領民の生活向上であります!!」
「では何故、狼狽える!?降って湧いたこの大役、見事やり遂げてみせろ!!」
「はい!!」
「よろしい。では行け!!」
「失礼します!!」
領主の一家に生まれたコレアとエルザは、こう言った体育会系のやり取りの方が脊髄反射で対抗しやすい。
それを踏まえたコレアの判断は正しかった。
頭を冷やす為に外に出たエルザは、緑から黄色に変わりつつある木々の葉を見ながら、暫しの休息で心を休めるのであった。
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