第81話 報告

その後もヤネン領内で聞き込みを続け、一週間が経過した。


「さて、そろそろまとめに入りますか。エルザさん、ヤネンの問題点として思い浮かぶ物を挙げていってください。」


「かしこまりました。まずは…」


この頃になると、エルザはすっかり自分の頭で考えられるようになっていた。


ケントの思考法に良くいえば影響を受け、悪くいえば染められていた。


しかしその思考は的確で、調査と聞き込みにより裏付けもされている。


ケントの考える問題点とも大きく齟齬は無かった。


「やはり北の魔獣対策、税制の見直し、荒廃した土地の有効活用がメインになると思われます。それ以外にも細々した問題はありますが。」


「そうですね。私も同意見です。あえて付け加えるなら、それらの対策は一つにまとめられるのでは無いかと思っていますが。」


「一つに…」


エルザはここで思案に耽った。


これもケントの模倣だ。


何かの方向性を決める際、必ずと言っていい程ケントは思案にふける。


時間を掛ける事は悪ではないという事も、このひと月でエルザが学んだ事の一つだった。


「…冒険者の数と質、管理方法の変更で対策できないでしょうか。」


「続けてください。」


ようやく口を開いたエルザに、ケントは是非を問わず先を促した。


「まず魔獣対策について。冒険者の増加は、そのまま領地の戦力増強を意味します。しかし質が低くては魔獣に対応できません。冒険者の育成、管理を行い適切に配置する事ができれば、魔獣対策として有効だと考えます。」


ケントはエルザの主張に頷く。


「次いで税制。滞在費、もしくは領内に入る費用を課すのはいかがでしょう。今まで冒険者や旅行客には特別税金を課すということはしていませんでしたが、僅かばかりの費用でも課すことができれば全体としての税収は上がります。人頭税の代わりにすれば現住民は費用が下がり、税逃れも減るでしょう。」


ケントは口を挟もうとしたが、何か思うところがあったのか口をつぐんだ。


「最後に土地の有効活用。これも冒険者の増加で対応できます。住居を建設し、冒険者の定宿とする。定住してくれれば理想的です。いかがでしょうか。」


少し頬を紅潮させながら主張仕切ったエルザは、緊張の面持ちでケントの反応を待った。


「概ね同意見です。エルザさん、流石ですね。」


「……!!」


エルザは目を見開き、両手で顔を覆った。


良く見ると体も小さく震えている。


「…あ、ありがとうございます…」


エルザにとって、ケントは雲の上の人だった。


共に行動しているとはいえ、思想・思考・行動がすべて自分の想像の上を行く。


この約ひと月の間に、ケントに対する憧れはエルザの中で大きくなるばかりだった。


そんな相手に認められた。


心を揺さぶらない訳がない。


「さて、では細かい所を詰めていきましょうか。課税によって減るであろう流入客をどう確保するのか等、検討すべき点はまだまだありますからね。」


「…はい………はい!!」


先に歩き出すケントに、エルザは目を拭い笑顔を見せ、駆け寄った。




————————————————




「なるほどね。冒険者学校の新設か…面白いね。それに税制改革に冒険者ギルドの管理方法変更…良くこんなに色々調べたね。」


「エルザさんが協力してくれましたから。私だけでは不可能でしたよ。」


長期休暇も残すところあと3日。

ケントはエルザと共に領主館でコレアへ報告をしていた。


「まずは進路として冒険者という選択肢を魅力的に感じてもらう。その上で具体的なステップを示す事で裾野を広げていくというのが目下の目標です。」


「うんうん。」


「税制改革は一時的に旅行客や冒険者の流入減が見込まれますが、逆に定住者の増加が見込まれるので、住居さえ用意できれば安定的な領地経営に寄与するでしょう。」


「そうだね。」


「その住居や冒険者学校を荒廃した土地に建設できれば、有効活用はもちろん教育の一環として獣の駆除をさせることができます。

一つ一つの変革が全て繋がり、大きな変化となってこの街を豊かにすると考えます。」


「………」


ここでコレアは瞑目し口も閉じた。


やがて検討を終えたのか、目を開きケントとエルザに視線を送る。


「現状は反対意見も無い。前向きに検討しよう。」


「ありがとうございます。」


確定的な返事が聞けなかった事でエルザは若干不満げだが、ケントからすればそれは当然だ。


領主は比喩無しで領民の命を背負っている。


彼の判断で多くの人々の生き死にが左右される。


建設費や学校運営に係る人件費など、多くの費用とその効果に関して検証しなければならない。


あくまで提案に留まるこの報告で、明確な返答など得られる訳がないのだ。


しかしケントはそれで良いと思っていた。


なにせケントとコレアにとって、この提案はオマケでしかないのだから。

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