第80話 目的

「さて、ようやく下拵えが終わりましたね。エルザさん、お疲れ様でした。」


「いえ、私はケントさんのお手伝いをしたまでですから。それで、これからいかがされますか?」


「そうですね…いくつか気になっている点はあるのですが…」


ケントはそこまで言うと語尾を濁した。


「ケントさん?」


「エルザさん、少し街を歩きませんか?」


「…?は、はい…」


唐突な申し出にエルザは面食らったが、ケントの提案を呑んだ。


これからは領主館に篭ることになると想定していたエルザは、戸惑いながらも好奇心を隠し切れない。


(また想定外の動き…何をするつもりなのかしら。)


特段会話するでもなく歩き始めた二人。


間もなく街の喧騒に入っていった。


「ヘイらっしゃいらっしゃい!

 今日は良い野菜が入ってるよ!」


「そこのお兄さん、連れの綺麗なお姉さんにプレゼントでもどうだい?」


「この匂いでわかるだろう!

 噂の料理店とはウチの事だ!!」



「色々な店がありますね。エルザさんも何か買いたい物はありますか?」


「い、いえ。特には…」


「そうですか。何かあれば言ってくださいね。」


ケントはそう言ってスタスタと歩き続ける。


(ここへは何をしに来たのかしら?昼食にはまだ早いし…)


エルザが疑問を浮かべながら追随していくと、ケントはある所で立ち止まった。


「ヘイらっしゃい!」


先程威勢の良い声をあげていた店だ。店頭には色とりどりの野菜や果物が所狭しと並べられている。


「はい、こんにちは。ここでは果物も扱っているんですね。」


「おう!新鮮でうまいぜー!?」


ケントは店主と簡単に言葉を交わし、今度はエルザに向き直った。


「エルザさん、何か気づくことはありませんか?」


「そうですね…葉物の野菜が若干高いような…」


「ゔっ!」


店主が痛い所を突かれたような声を上げる。


「そうですね。ただ、これはこのお店が悪い訳ではありませんよ?」


「そうなんですか?」


「ヤネンの葉物野菜の畑は北にあります。北と聞いてピンと来る情報はありますか?」


ケントは矢継ぎ早にエルザへ問いを投げかける。


「北といえば………!!魔獣の出没頻度が上昇している地域…!!」


「そうですね。恐らく魔獣被害を受けた、もしくは受けないために護衛をつけた結果、価格が高騰したのでしょう。」


「坊ちゃんやるなあ。なにもんだ?」


ケントの推測が的中したのだろう。

青果店の店主が脱帽していた。


「その坊ちゃんの言う通りだ。北の方では最近魔獣がよく出るらしくてな。護衛をつけた訳じゃ無いが、被害を受けた畑もあって供給量が落ちてんだ。」


「なるほど…」


店主の話を聞いてエルザは腑に落ちた。


同時に自分の着眼点が徐々に鋭くなっている、ケントに近づいている実感が湧き、喜びを感じていた。


エルザの感情の機微までは察せないケントは、店主に礼を言った。


「お話ありがとうございました。このお店のオススメの果物を一通り頂けますか?」


「あいよ!ちょっと待ってな!!」


そう言うと、店主は紙袋に幾つかの果物を詰め込み、戻ってきた。


「坊ちゃん若いのに気風がいいねえ!こりゃ大物になるわ!!」


「ありがとうございます。」


支払いを済ませてその場を去る。


少し歩くと道端にベンチを見つけた二人は、腰掛けて果物を齧った。


「ケントさん、先程のやり取りは流石でしたね。元々予測されていたのですか?」


「そうですね、獣の発生頻度から考えると市井に少なからず影響が出ているだろうと予測していました。」


エルザはやはり、とケントを見直した。


「しかし、それならわざわざ確かめる必要は無かったのでは?推測に至る根拠もありますし、それだけでもコレア様へ報告できると思いますが…」


「エルザさん。」


ケントはエルザの言葉を遮った。


ここまではエルザの意見を尊重してくれていたケントにしては珍しく、エルザは多少なりとも驚いていた。


「私達は何のためにこの仕事をしているのですか?」


「それは…ヤネンの街を繁栄させる為に…」


「では繁栄とは何を指すのですか?」


「…やはり領地の収入が増加する事ではないでしょうか。」


エルザの意見を尊重しつつ、ケントは異なる主張をする。


「そうですね。そういった形でも貢献はできます。しかし、大前提はこのヤネンに住まう人々の生活を向上させる事にあります。これは決して揺るぎません。」


「………!?」


「私達がこれまで行ってきた調査は、その前提となる環境的要因を把握するためのものです。住民にどんな影響が出ているのか、どんな不平不満を抱えているのか。この解決の為に私達は対策を練らなければならない。」


言われてみれば当たり前の事であるが、エルザはそんな当たり前の事すら思い至らなかった自分に何より驚いていた。


エルザはケントとここまで調査をしてきて、自分が何者かになれた気がしていた。


しかしそうではない。そうではなかったのだ。自分達の仕事はヤネンに関わる人々の幸福を求める仕事。そこにやり甲斐を感じていた筈だった。


「ケントさん、ありがとうございます。私は何かを見失っていたようです。」


「そうですか。ではこれからお願いしますね。」


「はい!!」


エルザは手に持っていた果物を口に詰め込み立ち上がると、足取り軽く歩き始めた。


ケントはその姿にため息をこぼしつつ、顔には微笑を浮かべていた。

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