第79話 口説き

ケントとエルザは同じ村の中で、あっちへ行っては追い払われ、こっちへ行っては叩き出され、と散々な仕打ちを受けた。


「エルザさん、この村はもう良いでしょう。引き上げますよ。」


「……?」


エルザはもう心が折れていた。


これ以上同じ事を続けさせられるのであれば、コレアに泣きつく事すら視野に入れている。


「語弊がありましたね。ここからは普通に聞き込みです。こんな格好をする必要はありませんよ。」


ケントはそう言いながら右手を振り上げ、ケントとエルザについていた汚れを洗い落とした。


「では、行きましょう。」




それから2人は二つの街を周り、陽が落ちる頃には領主館へ帰ってきていた。


「これでひとまず住民の人口が割り出せそうですね。」


「そうですね。でもまだ三つですか…先が思いやられます…」


「いえ、私が言っているのは、ヤネン全体の人口ですよ。」


「え…?まだ三つしか周れていませんよ?それに全世帯を訪ねたわけでも無いですし…」


「まあ、そのへんはコツがありまして…」


ケントはエルザに説明をしていく。

今回説明したのはフェルミ推定のようなもの。人々の集落を貧富の差で三段階に分け、世帯平均人数を算出した上で概算の人口を割り出す方針だ。


ケントは実質ひと月で人口、面積、経済、その他の状況を把握しなければならない為、必要最低限の労力で動く必要があると考えていた。


「なるほど。しかし大雑把な計算で宜しいのですか?コレア様に報告するのに誤った数字では…」


「構いません。私達が実施するのは、政策の提案です。前提としての数字なので、精密である必要は無いのですよ。」


「そうなんですか?でも…」


エルザは納得し切れていない様子だ。


「エルザさん。今は納得できないかもしれませんが、ひとまず私を信用してください。私の仕事には、今後もエルザさんが必要です。」


ケントが真摯にエルザに助力を乞うた。


思案顔だったエルザはハッとしたような顔をし、慌てて頭を下げた。


「もちろんで御座います。私はあなたの手伝いをするよう、コレア様から申し付けられておりますので。大変失礼致しました。」


「いえいえ。むしろ疑問点は今後も言ってください。私が常に正しい訳ではありませんから。」


エルザにはケントが謙遜したように見えているが、これは全くの本心である。


ケントはボルクとの特別補講で、改めて自分の弱さを痛感した。


彼は、


今まではなまじ自分一人の力で出来てしまっていた為、磨いてこなかったスキルだ。


イルマに気づかされたコーチングスキル同様、ケントの中では優先課題となっていた。


「わかりました。何か気付き次第報告致しますね。」


「お願いします。ひとまず今日はこのあたりにしましょうか。初日からお疲れ様でした。」


「お疲れ様でした。」


挨拶を交わしてケントは領主館を出て行った。


エルザがケントを窓から見送っていると、後ろからコレアが声を掛けた。


「やあ、エル。どうだい、彼は。」


「凄まじいですね。着眼点が私とはまるで違います。」


エルザは振り返りながらコレアに返答した。


「そうか。私も彼と初めて会った時は驚いたものだ。なにせ街に入って数分でこの街の概況を一部言い当てていたからね。」


「今ではそれも納得です。しかも彼、対抗戦では闘技部門で出場したんですよね?」


「ああ。知勇兼備とはああ言った者を指すんだろうね。青田買いのつもりだったが、私では抱え切れないかもしれんな。」


コレアは首を振り、窓の外を見やった。


「彼がひと月後にどんな提案を持ってくるのか…私は今から楽しみでならないよ。」


「コレア様…」


エルザは複雑な表情で自分の仕える男を見つめるのだった。



————————————————



その後も調査は順調に進行した。

冒険者の出入り、物件を持たない人々の実態、ヤネン領の地理の把握。


エルザは疲労感を滲ませることも少なくなかったが、それ以上に期待感が大きくなっていった。


(これだけの調査をこの短期間で進められるなんて…この調査が終わった後、どんな改革ができるのかしら。)


そして食糧、経済の調査を終える頃にはおよそ2週間が経過していた。


今日からは獣の出没調査を行う予定だ。


「さて、獣に関してですが…エルザさん、これまでの調査を踏まえてどんな方法での調査が適していると思われますか?」


ケントは調査開始から1週間を過ぎた頃から、エルザに意見を求めるようになっていた。


「そうですね…ヤネン領外縁部の街での聞き込み調査が一番精度が高く、信憑性もありますが時間がかかり過ぎます。…冒険者ギルドで依頼の頻度を調査するのはいかがでしょう。依頼の頻度が高い地域では、獣の出没頻度も比例するのではないでしょうか。」


「なるほど。それは一理ありますね。今回はその方向で進めてみましょうか。」


「…!!」


エルザは顔には出さないものの内心で歓喜した。


自分の提案が採用されたのはこれが初めて。


短い期間ではあるが自分の認めた相手に承認された事で、心が浮き立った。


「エルザさん?では行きますよ。」


「はい!」


そして2人は冒険者ギルドを周り、結局約半月でヤネンの調査を終えた。

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