第78話 裏切り

ケントはエルザの案内で帳簿の保管室へ着くと、目ぼしい資料を集めて目を通していった。


そのスピードは恐るべきもので、エルザが読み終わった資料を元あった場所に戻してケントが座る机に戻ると、既に次の資料が置かれている程だ。


お陰でエルザは棚とケントの間を往復し続ける事になり息を吐く暇もない。


ケントが全ての資料に目を通して一息ついた頃、目の前には恨みがましい目でケントを見つめるエルザが立っていた。


「ふむ…これはほぼ一からになりそうですね…」


「…な、何がでしょうか?」


エルザは普段上司にこちらから声を掛けることなど無いのだが、不穏な空気を感じた為つい口を挟んでしまった。


「人口調査です。この帳簿では信憑性に欠ける。」


「え…!?お、恐れ入りますが、信憑性が欠けるというのはどの点で…?」


まさか領主の作成した資料に不備があると言われるとは思ってもみなかったエルザは、ケントに恐る恐る問い掛けた。


「この帳簿はどういった方法で作成されたかが冒頭に記載されています。エルザさんはその方法がわかりますか?」


「それは…やはり一つ一つの家を回って人数を確認するのでは…?」


「では、その確認の結果、その家では何が起こりますか?」


「それは…」


ケントの問い掛けには色々な返答ができる為、エルザは少し迷った。


しかしその末に、今の文脈に沿った答えを用意した。


「納税…ですか?」


「素晴らしい。その通りです。領主側からの人数確認の結果、領民への短期的・直接的な影響の最たるものは納税です。それがこの人口調査が信憑性に欠ける所以です。」


ここまで言われれば、エルザにもケントの言わんとするところが見えてきた。


「なるほど。税逃れの為に誤魔化されている部分があると。しかしそれはごく少数なのでは?無視して良い範囲なのではないでしょうか。」


「いえ、それだけではありません。先程エルザさんは、一つ一つの家を回る、と仰いましたね。」


「はい。それが何か?」


現状ではそれ以外の方法が思い浮かばないエルザは、ケントに先を促す。


「住民の調査であればそれで良いでしょう。しかし私の仕事はこの街の改善です。実際にどれだけの人がこの街にいるのかを把握しなければなりません。」


「そうですね。」


「では、冒険者や旅行者、孤児はこの街にどれだけいるのでしょう。」


「!!!!」


エルザは目から鱗が落ちる思いだった。確かにそうだ。

領地経営とは、家を持つ住民の管理だけでは無い。

その街を利用する全ての人に、不自由なく暮らしてもらう為の仕事だ。


その為の調査で冒険者や旅行者、孤児の人数が把握できていないのであれば、確かに信憑性に欠けると言われても仕方ない。


「言われてみればその通りですね。領民の虚偽報告に冒険者や孤児を中心とした家を持たない人々の数が合わさると…経営に支障をもたらすレベルの数になりそうです。」


「仰る通りです。ですので、一から始めなければなりません。エルザさん、ご協力願えますか?」


「はい。仰せのままに。」


この時点でエルザは予感していた。

この少年について行けば、面白い事に出会える。

この短時間で自分の視野を広げてくれたこの少年に、期待で胸を高鳴らせた。



————————————————



「こんな筈では…」


「さて。行きますよエルザさん。」


「はい…」


ケントとエルザは帳簿を確認したその足で、ヤネン領内のある村へと足を運んでいた。


しかしその服は汚れ、美しかったエルザの髪も土汚れでみすぼらしくなっていた。


すっかり元気を無くしたエルザが、慣れた様子で民家の戸を叩く。


「すみません、どなたかいませんか?」


ややあって、民家から体格の良い女性が肩を怒らせて出てきた。


「なんだい、このクソ忙しい時に!」


「ごめんなさい。私たちはこの村に着いたばかりなんですが、何か食べるものを恵んで頂けないでしょうか…」


「知らないやつらに渡す食べ物なんかないよ!ただでさえ食い盛りが4人もいて大変だってのに!!」


女性の勢いにエルザが後退りするが、一瞬ケントの目が光ったような気がした。


「とにかく帰んな!あんたらにあげるもんなんかないよ!!」


女性はそう言うと、戸を勢いよく閉め、家の中に入って行ってしまった。


「うう…世間は冷たいですね…」


エルザは肩を落とすが、ケントは淡々としていた。


「今の家が少なくとも子供4名、母親がこの時間家にいると言う事は恐らく外で働く夫がいる。それも含めると6人家族…この村の世帯平均人数は約4人ですから、2人も多いですね。これが例外なのかそうではないのか…エルザさん、次はあちらの家にしましょう。」


「…はい。」


エルザは先程の期待感を全て忘れ、ただただこの時間が早く過ぎ去る事を願うのであった。

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