第60話 義兄

「チェンバロ、アンタねえ!」


「待って待って!勝ったじゃないすか!」


第六学院陣営に戻るやいなや、ナンナの熱烈な歓迎が待っていた。


「余計な事し過ぎなのよ!あの子来年また強くなっちゃうじゃない!」


「いや、俺はその方が楽しいっつーか…」


「来年もまたアンタが当たれるかは分かんないでしょ!第一学院はジョン以外来年もいるのよ!?」


「おお、確かに来年はメグとかキーンと当たれるかも知れないのか!

フリックも今日は負けたけど強そうだし、ケントなんて既に化け物だったし!早く来年なんねえかな!」


「バカ!まだ私とマテウスは戦ってもないわよ!」


「痛って!」


ナンナに頭を叩かれたチェンバロは痛がりつつ、近い未来に心を馳せた。


(ケント、強くなれよ。お前と戦うのはめちゃくちゃ楽しかったぜ。)




————————————————



余波の特に大きかった中堅戦の修繕も目処が立ち、間もなく副将戦が始まろうとしている。


そんな状況にも関わらず、メグの心中は乱れに乱れていた。


(どうしよう、フリックもケントも負けちゃった。私が負けたら優勝できなくなっちゃう。でもナンナさん強そうだし私じゃ勝てないかも。

どうしよう…)


「メグ、どうしました?」


明らかに様子のおかしいメグにケントが声を掛けるが、メグの耳には届いていなかった。


(あれ、どうやって戦えば良いんだっけ?火いっぱい出す?水?土?あれ?わかんない!どうしよう!!)


今にも泣き出しそうなメグにケントが近寄ろうとしたその時、明るい声が後ろから掛かった。


「メグ様!今日もその女神様っぷりを楽しみにしていますよ!!」


「フリック!!大丈夫なの!?」


ケントの後ろにはフリックが立っていた。


「大丈夫とは?メグ様の御姿をこんなに近くで拝見できるというのに、寝ていられませんよ。」


二回戦は気絶していてメグの試合を見られなかった事をケントは冷静に思い出していたが、流石に口に出す事は出来なかった。


「私は及びませんでしたが、メグ様なら大丈夫!余裕です!!」


「フリック…でも私魔法が…」


メグはフリックの回復を嬉しく思うものの、自分の状況が芳しくない為に曇った表情のままだ。


「魔法など、どうでも良いのですよ。」


「え!?」


フリックの突拍子も無い発言にメグが固まる。


「メグ様は、メグ様の思うように動き、望めば良いのです。世界はメグ様の思うがままです。」


「思うがまま…」


「メグ様が空を飛びたいと思えば飛べます。早く走りたいと思えば走れます。雨を降らしたいと思えば降らせますし、山を作りたいと思えば作れます。そして…」


フリックは一息ついて宣言した。


「勝ちたいと思えば、勝てます。」


メグは目を見開いた。


身体を震わせたかと思うと、唐突に天を仰いだ。


「アハハハハ!そんなのできる訳ないよ!フリック何言ってるの?」


「メグ様は、勝てます。」


なおも真剣な顔で、フリックは言葉を重ねる。


「そうだね、やってみないとね!うん、やってみる!フリック、ありがとね!!」


そう言って、全速力でフィールド中央に走っていった。


「フリックさん、あなたはすごいですね。」


「なんだ、ケント。今さら気づいてしまったのか。」


「ええ。私もメグの扱いには自信があったのですが…どうも今日は自信を無くしてばかりです。」


「なに。俺達はこれからさ。何度だってやり直せる。この兄と共にメグ様を盛り立てていこう!」


久しぶりに元気なフリックを見たケントは、フリックが本当に自分の兄になる未来を想像し、笑みを浮かべるのだった。



————————————————



砂埃を巻き上げてフィールド中央に到着したメグは、ナンナが来るのを待っていた。


(まだかな!早く色々やりたいな!)


先程までの表情とは一変して、試合開始を待ち侘びるような様子だ。


「待たせたわね。ちょっとウチのを懲らしめてたら遅くなっちゃったわ。」


「全然大丈夫だよー!よろしくね!」


メグはナンナと親しげに握手を交わした。


「あなたと戦うの、楽しみにしてたのよ?ずっと当たらないんだもの。」


「アハハ!それ私も!さっきまで忘れちゃってたけどねー!」


それは事実だった。


メグは元々ナンナと一度戦ってみたいと思っていたが、緊張と焦りで全て忘れてしまっていた。


それを思い出させてくれた存在に感謝して、両手を胸の前でぎゅっと重ねる。


「今日は勝つんだ!今年が最後なのに、ごめんね!」


「あら、構わないわよ。あなたこそ来年リベンジって訳にはいかないから、勝ち逃げになっちゃうけど許してね。」


「えへへ!」


「フフッ」


メグは何の気なしに、ナンナは確信犯で、相手を煽って笑い合う。



「決勝戦、第四試合を始める!

 礼!!」



メグは元気いっぱい、ナンナは優雅にたっぷりと時間を掛けて礼をした。



「両者離れて!

 始め!!」



こうして、いよいよ女子の頂上決戦が始まった。

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