第59話 学問のすすめ

2人の大魔法は衝突し、互いに押し合いの様相を呈した。



その様子はさながら、流星同士の衝突。



衝突の余波により周囲の木石は薙ぎ倒され、芝生が捲れ上がる。



そんな台風にも優る暴風の中、ケントとチェンバロは互いの意地を掛けて力を込め続けていた。



「うおらああああ!!!!!」

「……!!」



しかし徐々に片側が押されていく。



(負ける訳には…ここで負ける訳にはいかないのに…!!)



やがて片側の勢いが弱まり、押し合いに決着がついた。



「うあああ!!!!」



ケントが炎に吹き飛ばされ、ブスブスと煙を燻らせて倒れ込む。



対するチェンバロは肩で息をしているものの、無事。



しっかりと両の足で立っていた。



こうして、長かった戦いに終止符が打たれた。



「第六学院の勝利!!」



————————————————



会場が歓声で包まれる中、ケントに素早く駆け寄る姿があった。


「…よし。これで大体治ったろ。大丈夫かー?」


「…はい。ありがとうございます。問題ありません。」


チェンバロに回復魔法を掛けてもらったケントは、身体の状態を確認しつつゆっくりと立ち上がった。


「お前、勿体ねーなあ。ちゃんと魔法教わった事あるか?」


「…いえ。基本的には独学ですね。」


振り返ると、ケントは誰かにしっかりと魔法を教わったことが無かった。


幼い頃にメグの感覚的な指導を受けた事はあるが、そこで概念を理解しただけで、基本的には独学だった。


「だと思ったぜ。まあお陰で勝ちを拾えたんだけどよ。」


「どういう意味でしょう。侮辱ですか?」


若干憮然とするケント。

流石のケントでも、生まれて初めての完全敗北に、感情を隠し切れなくなっていた。


「あ、わりいわりい。どうも俺はその辺のきび?がわかってねえらしい。」


チェンバロは首を振って笑う。


「お前最後、無詠唱で魔法出したろ。」


「ええ。それが何か?」


ケントは怪訝な顔でチェンバロを見返した。


「それが俺の勝因だっつってんだよ。無詠唱で詠唱魔法に勝てる訳ねーだろ。」


「え…?」


「やっぱ知らなかったか。お前らんとこの発表でも言ってたろ。無詠唱は詠唱魔法の省略版だ。いざっつー時にイメージ力で敵う訳ねーだろ。」


(そうか…!無詠唱は詠唱の省略…明確にイメージして魔法を発現するなら、詠唱の方が強いに決まっている…なぜ私はこんな事にも気付かなかったのか…)


「まあこれでお前も次からは気をつけんだろ。良かったな。」


チェンバロはそう言って引き上げようとする。


「な、なぜ!」


ケントにはどうしても聞いておきたい事があった。


チェンバロが足を止める。


「なぜ、あなたはこんなにも…私は敵だったのでは!?」


「知らねーよ。」


「??」


「いちいち理由なんかねーよ。なんとなくだ、なんとなく。」


ケントは腑に落ちない表情だが、チェンバロは第六学院陣営へと去っていく。


「じゃあな。機会が会ったらまた会おうぜ、ケント。」


ケントは人生初の完全敗北を喫したこの相手を、深く心に刻み込むのであった。



決勝戦第三試合

ケント対チェンバロ

勝者 チェンバロ。



————————————————



「すみません、負けてしまいました。」


どことなくすっきりした表情のケントに、第一学院の代表者達は戸惑いつつも出迎えた。


「ケント!大丈夫!?怪我は!?」


「メグ、大丈夫です。チェンバロさんに回復してもらいました。」


「あのチェンバロという男は良くわからんのう。試合というより指導と言った方がしっくり来るわい。」


「そうですね。私も良くわかりません。」


メグ、キーンがケントに話しかけてくる中、ジョンは無言でケントを見つめていた。


「ジョン、申し訳ありません。勝たねばならない試合とは自覚していたのですが。」


「…こちらこそ、すまない。」


唐突に頭を下げるジョンに、ケントは目を丸くする。


「な、なぜジョンが謝るのですか?負けたのは私、未熟だったのも私ですよ?」


ケントの言葉に顔を上げたジョンは、首を振って口を開く。


「いや、俺の責任だ。お前は良く頑張ってくれた。」



「……違います!!」



珍しいケントの大声に、ジョンはもちろん、近くで話を聞いていたメグもキーンも、動きを止めていた。


「緊張に呑まれたのも。最後の攻防で無詠唱魔法を使用したのも。

もっと遡るなら、準備運動が不足したのも、対戦相手の情報収集を怠ったのも、対戦順を承認したのだって私です。

これだけ怠慢な敗者の責任は、本人だけのものです。

ジョンが被るべき責任など、ありません。」


そう言うと、ケントは俯いた。


「そうか。」


ジョンは力強くケントの頭を撫でた。


「後は任せろ。」


そう言って、眼光鋭くフィールドの向こう側を見つめるのだった。

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