第58話 指導

(緊張…?これが、緊張ですか。確かに考えが纏まらない…どう克服するのでしょう…まずい、このままでは…)


ケントが散り散りな思考を続ける中、チェンバロは一旦戦闘体勢を解き、ケントの近くに降り立った。


「お前なあ、緊張ってのは考えても解決しねーぞ?緊張してんのを自覚して力にすんだよ。緊張っつっても悪いことばっかじゃねーぞ?」


なぜかケントにアドバイスをしてきた。


「そう言われても…初めての経験ですし、自覚してからは更に身体が強張ってしまって…」


「まあ強えっつってもまだ一年だもんな。よし、わかった。とりあえずついて来い!」


と言っていきなりバックステップで離れていくチェンバロ。


理解できないものの敵を放置する事もできないケントは、ひとまず追う事にした。


しかし強張る身体と心身がチグハグな状態のせいで、すぐに息切れする。


「ほら、そこで止まんな!ついて来いっての!」


チェンバロは更に移動を繰り返し、ケントは息を切らしてそれについて行く。


決勝戦第三試合はおかしな方向に動き始めた。



————————————————



その頃、第六学院陣営では。


ナンナが頭を抱えていた。


「あんの、バカ!これ決勝戦なんだけど!?」


「ハッハッハ!まあそれがチェンバロです。一応試合中ですし、止められますまい!」


既に回復したグライザが、笑顔で言う。


「チェンバロは流石だ。試合中であろうと相手に目をかけるとは。これは俺も見習わなくては…」


「アンタは黙ってなさい、マテウス!アホな事言わないで!アンタまであんな事したら、引っ叩くわよ!!」


呑気なマテウスを、ナンナがギロリと睨みつける。


「でも、チェンバロさんは本当に教育者。私も世話になった。」


普段は無口なクリスも、恩義のあるチェンバロの擁護に回った。


「それは分かってんのよ!これが決勝戦の試合中じゃなきゃ私もこんなに言わないわ!アイツあんなに楽しそうな顔しちゃって…これで負けでもしたら許さないわ!!」


普段はチームメイトの試合など興味も示さない第六学院の代表者達は、それぞれ異なる表情でチェンバロの姿を見つめるのだった。



————————————————



「そろそろいいか?止まれ!」


チェンバロの静止の声に、ケントは足を止めた。


「どうだ?まだ強張ってるか?」


「そういえば落ち着いたような…」


ケントはあれだけ強張っていた身体が緩み、切れていた息も落ち着いてきている事に気付く。


「緊張してる時はまず身体を動かせ。最初は息も切れるが、続けてると身体が馴染む。そっからは、最高の時間だ。」


そう言ってにやりと笑うと、突然炎を放ってきた。


(突然なにを!?)


想定していなかった攻撃に、ケントは慌てて回避行動を取った。


無詠唱魔法で速度を強化し、サイドステップで炎を躱す。


「それだ、それ。緊張を味方にすると、心も体も一段上がる。大事な勝負前にはその状態に入んねーと、話にならん。」


チェンバロの指摘に、ケントは納得していた。


(確かに今、反応速度が心身共に通常以上のものになっていましたね。

なるほど、緊張を味方に…チェンバロさん、面白い方です。しかしここからは、私の番です。)


「お手数をおかけしました。これからが本番です。」


「おう。その為にわざわざ手ほどきしてやったんだ。退屈させんなよ!?」


そう言って激突した両者の顔には、本来この場には似つかわしくない笑みが溢れていた。



————————————————




「オラオラ、まだ緊張してやがんのか!?」


チェンバロが両の掌からケントに光弾を放つ。


連続で放たれたそれは狂いなくケントを襲うが、ケントは涼しい顔で全て躱し、逆に加減した風の魔法を放った。


(かまいたち!!)


「危ね!!なんつー魔法使ってきやがる!!」


「加減はしましたよ。」


「言うじゃねーか!!」


チェンバロは飛行速度を上げ、ケントに直接打撃を加えようとするが、周囲に張った空気の障壁によりそれは敵わない。


「うおお!?」


打撃を逸らされたチェンバロの身体が泳ぐと、ケントはその腹部に掌底を突き出した。


(花びらの応用!)


「ぐあっ!!」


ケントの打撃はチェンバロに当たるも、空中で放った為踏ん張りが効かず、大きなダメージを与えるには至らない。


「やるじゃねーか。こりゃ余計な事しちまったかな。」


チェンバロは地面に降り立ち、呟く。脳内には怒り狂うナンナの姿が再生され、一人冷や汗を垂らした。


(やべえ、これで負けたらぶっ飛ばされる…ナンナさん怒るとこえーんだよな…)


一人焦るチェンバロの前に、ケントが空から降りてきた。


「よし!次で最後だ!最後は景気良く、でかい魔法のぶつけ合いでいくぞ!」


チェンバロの提案に乗る必要は本来無いのだが、余計な体力を失い過ぎているケントにとっては渡りに船の提案だった。


(このままズルズルいくと、残存体力の差で負けてしまいそうですからね。ここは乗っておきましょうか。)


「わかりました。いきます。」


「おし、来い!!」


(お日様ドカン!!)

「炎よ!我が敵を穿て!!」


かくして、両者の最後の魔法がフィールド上で激突した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る