第42話 義憤

土煙がもうもうと立ち込めるフィールド上に、ケントは猛スピードで駆けて行った。


(フリックさん…!!)


視界が確保できないまま、感覚のみでケントは進んだ。

その表情は珍しく焦りを感じさせる物だった。


(恐らくこの辺りの筈なのですが…フリックさん…いた!)



地面に突っ伏したままのフリックを見つけ、ケントは駆け寄った。


息はしているが、かなりか細い。


それに逃げている最中に背後で火球が着地したのだろう。

背中が酷く焼け爛れており、このままでは一刻を争う。


(砂時計の魔法!)


躊躇なくフリックに両掌を向けて奇蹟の魔法を発動したケントは、来た時と同じ猛スピードで元いた席へと戻っていた。


やがて土煙が晴れ、フィールド上にいたのは立ち尽くすジャカ、地に伏したフリック、そして自前のシールドで身体を覆った審判。


審判はシールドから抜け出すと、恐る恐るフィールドを見渡し、戦闘が終わっている事をまず確認した。


そして気絶しているフリックを見て、


「第四学院の勝利!」


と宣言するのだった。



————————————————



「ジョン、ベアムース先生、少し宜しいでしょうか。」


「なんだ。」

「どうしたんじゃ?」


先鋒戦の後処理に時間が掛かっており、今は長めの休憩時間を取っていた。


フリックは気を失っているものの外傷は全くと言っていいほど見つからず、呼吸も安定している事から今は木陰で安静にしてもらっていた。


メグが看病しているので、目覚めたらまた感激して気絶するかもしれないが。


そんな中、ケントは毅然と切り出した。


「キーンさんには棄権頂きたいと考えているのですが、いかがでしょうか。」


「…!!」

「なぜじゃ?」


2人ともこの段階では意図が分からず、ケントの言葉を待つ。


「フリックさんは恐らく、魔法発動を阻害する何かを試合前に仕掛けられていました。

序盤は魔法を使えていたので、遅効性だったかあるいは一定水準以上の魔力使用を阻害する物でしょう。」


ケントの言葉に、2人が少しとはいえ気色ばんだのにケントは驚きつつも話す。


「…それで動きが急に止まったのか。」


「恐らく。そして、それが仕掛けられたのは…」


「なるほど。試合開始直前の握手じゃな?確かにあれは不自然じゃった。身体的接触がキーになると考えておるのか?」


「御明察の通りです。キーンさんの戦闘スタイルですと、どうしても相手に接触もしくは接近する必要があるので、危険ではないかと愚考しました。」


「なるほどのう。どうしたもんか…」


「大丈夫だ。キーンは負けない。」


ジョンの断言に、ケントもベアムースも少し意外な表情を見せる。


「魔法の阻害は確かに危険だが、分かっていれば対処できる。キーンは魔法よりも武術の方が得意だ。仮に魔法を封じられても勝てる。」


「それはそうかもしれませんが…危険ではありませんか?」


「ここは本人の意思を聞くべきかの。キーン、こちらへ。」


ベアムースの言葉と手招きに、遠巻きにこちらを伺っていたキーンが駆け寄ってきた。


「ワシに何か用ですかい?学院長。」


「キーンさん、実は…」


ケントが先程まで話し合っていた内容を伝えると、キーンは感情を消して俯き、背筋を伸ばした。



「…さ…」



「キーンさん?」



「許さん!!!!」



キーンは顔を真っ赤にしてブルブル震えていた。


「フリックさんの仇は必ずワシが討つ!卑劣な奴等に目に物見せてくれるわ!!」


「キーンさん、落ち着いてください。具体的な戦術などはあるのですか?」


「そんなものいらんわ!!黙って見ておれ!!」


そう言って、まだ呼ばれてもいないのにフィールド中央へ向かって歩き出した。


「ジョン…」


「大丈夫だ。あいつを信じろ。」


ケントにもキーンを信じたい気持ちはあるが、この世界の戦いは基本的に魔法ありきだ。


キーンが勝利した一回戦の試合でも、ケントが伝授した魔法が最後のトドメとなっていた。


(確かに勝てる見込みがない訳でもないのですが…

しかしあれだけ怒りを見せるキーンさんは初めて見ましたね。

これが吉と出るか凶と出るか…

しかしこうなってしまったら、私にはキーンさんとジョンを信じるしかありませんか。

いざという時にはすぐに飛び出せるように用意はしておくとしましょう。)


ケントは身体強化の魔法を発動しつつ、フィールド中央で仁王立ちするキーンを不安な面持ちで見つめるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る