第33話 威圧

混沌とした闘技部門代表者の自己紹介を終え、学術部門の自己紹介がベアムースから促された。


マールが優雅に自己紹介を終えた後に立ち上がったのは、これもケントの知らない女子だった。


「…ギークです。5年1組です。よ、よろしくお願いします…」


黒い長髪を腰の辺りまで伸ばしたギークは、どことなく不気味な雰囲気を漂わせていた。


ケントが前世の世俗に興味を示すタイプであったなら、国民的ホラー映画の登場人物を思い浮かべたであろう姿だ。


チラチラとケントの方を見てくるので一度会釈をしてみたが、表情を変えず視線を逸らされた為になんとなく居心地が悪い。


そんなケントの内心にはもちろん誰も気付かないままにその後も進む。


スティーブ、ファムとお馴染みの2人が自己紹介をした後、遂に最後の1名となった。


ケントの目の前に座る栗毛の少年がゆっくりと立ち上がる。


「1年3組のヨハンと言います。皆さん宜しくお願いします…と言いたいところだけど、そうもいかないんだよね。ベアムース先生、少し良いですか?」


「ああ、構わん。なんじゃヨハン?」


ベアムースに突然問いかけをしたヨハンに、先生方がざわつき始めた。


「コイツ、おかしくないですか?」


ヨハンはそう言ってケントを指し示す。


その目は完全にケントを蔑んでいた。


「なんでこんなひょろっとしたやつが対抗戦メンバーに選出されたんだろう、って思っていたんですがね。

わかりましたよ、流石に。こいつは贔屓で選ばれたんでしょ?

闘技部門は兄、姉、それぞれの信者と自分で5人のチーム。こんな偶然あります?」


ヨハンは部屋をゆっくりと歩き回りながら、教員達の顔を眺めながら語っていた。


しかし謎の時間はまだまだ終わらない。


ヨハンはケントの方へ向き直ると、荒っぽい言葉で問い詰めてきた。


「そもそも俺は自分の模擬戦が終わるたびに他の戦いを見てたが、お前みたいなのが戦ってる姿は見なかった。

まあ兄の最後の対抗戦を一緒にって気持ちはわからんでもないけど、それで他人を押し退けるのはダメだ。そこまでされちゃあ黙っていらんねえって。」


言いながらケントの方へ向き直る。


「今からでも辞退しろ。兄の晴れ姿が見たいなら余計にな。」


ケントは突然降り掛かった火の粉に、払う事すらしなかった。


なにしろそんな真似をすれば、闘技部門の誰かが殺人者になってしまう。


それどころか学術部門の半数以上ともケントは面識がある為、立場が怪しくなってきている事にヨハンはまだ気づいていない。


「ほら、どうした。ケントとか言ったか?色々バレちまったなあ。

さっきも言ったが、辞退するなら今のうちだぞ。」


「辞退はしませんよ。理由が無い。」


ケントの当然といえば当然の言葉に、ヨハンの勝ち誇った表情が憤怒の表情に様変わりした。


「テメエ、こっちが気を回してやってんのがわかんねえのか!?俺がぶっ殺してやろ…」


ブワッ



長テーブルの端から猛烈な殺気が飛んだ。


ジョンだ。


隣に座っているメグも、先程までは怒りに我を忘れてはジョンに止められて、を繰り返していたが、怒りなど忘れて動きを止めていた。


動きを止めていたのはメグだけではない。


この会議室にいる人間はほぼ全てがその活動を停止していた。


その中にはもちろんケントも含まれ、先程まで威勢の良かったヨハンも、身体中から冷や汗が噴き出し顔色も悪い。


そんな中、噴火寸前の火山のような男がその巌のような声を響き渡らせた。


「ヨハン、何と言おうとしたのか聞かせてくれ。」


「…ぃぁ………」


「聞こえない。もう一度だ。」


「……ぁ…ぉぇ……」




「ジョン、威圧を解いてやれ。そやつでは一生お前の威圧は解けんじゃろ。」


唯一動けたベアムースの言葉にジョンは頷くと、警戒しながら威圧を解いた。


「ハァッ…ハァッ…テ、テメエ…」


「俺は容赦をしない。もしお前がケントやメグに危害を加えようとするなら、何度でも立ちはだかる。

俺はその為に強くなった。」


「ジョン、それぐらいにしておいてやってくれんかの。

さて、今日のところはこれで良いじゃろ。お開きじゃ。

ああ、教職員はそのまま残るように。」


ベアムースの言葉で生徒達は席を立ち、波乱尽くしの顔合わせは終了した。



————————————————



「さて、スニーク。何か申し開きはあるかの。」


生徒達のいなくなった会議室で、ベアムースが口を開いた。


「わ、私は優秀な生徒を推薦しただけで…」


1年3組の担任であるスニークは、顔を青褪めさせていた。


「ワシの思う優秀と君の思う優秀とには乖離がありそうじゃな。君が強く推薦する生徒にワシも期待しておったのじゃが…」


「学院長!しかしヨハンの言い分ももっともではないですか!模擬戦には私も途中から合流しましたが、ケントが戦っている所は見ておりませんぞ!」


ヨハンに問題があったとなれば責任を追及されるスニークとしては、なんとしてもケントを悪者にする必要がある。しなければならない。


「君もか…ケントは模擬戦に参加しておったし、戦ってもおった。3戦目までの段階でケントの魔法が強力過ぎて危険と判断し、ワシが止めたのじゃ。」


「そ、そんな…じゃあ…」


「そもそも序列3位だったんじゃぞ?贔屓も何も無いじゃろうが。

スニーク。まさかとは思うが、ヨハンに何か吹き込んだりしておらんじゃろうな。」


「わ、私は……」


「…もう良い。出て行け。2度とワシの前に姿を見せるんじゃないぞ。」


「クッ…」


そして項垂れながら会議室を後にするスニークを見送り、ベアムースは深く深く溜息をつくのであった。

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