第18話 あなた何してんのよ

ゆっくりするはずだったテスト前日にも色々な事があったものの、ケントは無事入学前テスト当日を迎える事ができた。


(まずは筆記テストですか。学院側は楽なのでしょうが、読み書きが出来ない優秀な生徒が見落とされてしまう可能性がありますね。これは苦言を呈しておきましょうか。)


前世で社会人まで経験しているケントにとって、筆記テストは流石に簡単過ぎた。


しかし性格上解答後の時間を無駄にできないケントは、解答用紙の余白に学力診断の方法に関する改善案を書き連ねていった。



学力テストが終わると、昼食の時間になり生徒達は食堂へと流れていった。


ケントが食堂に入ると、ある一角に人だかりができている。


「さすがにそろそろ止めないと…」

「じゃあお前行けよ!」

「嫌だよ!お前が…」

「はあ…可憐っス…」


ケントが人だかりの上から向こう側を覗き込むと、その原因となっていた人物がたまたまこちらを見たため目が合った。


「ケントさん!」


「セレサ。何をしているのですか?」


ケントが呆れ顔でセレサに声を掛けた。呆れるのも当然だろう。


セレサの前には空になった丼の山ができており、今も丼片手に何かを掻き込んでいる。


「ケントさん、聞きました?

 ここ、食べ放題なんですって!

 お腹いっぱいにしなきゃ!!」


「それは知っていますが、視線を集めていますよ。その辺りにしてはどうですか?」


「でもあの人みたいになるには、いっぱい食べなくちゃ!

 その為には周りの目なんか気にしてられません!」


もっと弱気な少女かと思っていたが、昨日会った時には空腹で元気が無かっただけのようだ。


目標達成の為なら脇目も振らないその姿勢には好感が持てた。


「そうですか。まあほどほどにしてくださいね。」


「はーい!」


ケントは軽く注意をするだけに留めてその場を離れ、注文待ちの列の最後尾に加わった。




しばらくして日替わり定食を受け取ったケントが空いている席を見つけ腰を下ろすと、今度は前の席に座っていた人物から声を掛けられた。


「ケント、あなたもこの学院の新入生だったのね。」


「やはり、あなたもそうでしたか。ファム。」


声を掛けてきたのは2日前に知り合ったばかりの隣町セアナ領主の娘、セアナ=ファム。


口調が大人びた物になっており、ケントは少し驚いていた。


検問で怒鳴り散らしたりパフェを食べて年相応にはしゃいだり、今回は大人びた口調になったり。


しかしケントはその違和感を表情に出したりはしない。


むしろこの口調が堂に入っているので、検問やカフェでの姿がイレギュラーだと捉える事にした。


「あなたの提案、お父様に伝えたわ。かなり乗り気で、すぐに動き出しているみたい。面倒な事になるかと思って私が思いついた事にしておいたけど、良かったかしら?」


「ええ、構いませんよ。とはいえ面倒な事には既にいくつか巻き込まれていますが…」


ケントの返答にファムは苦笑する。


「あなたらしいわね。

 学力テストはどうだったの?

 あなたにとっては簡単過ぎたかしら?」


「いえ、まずまずといったところでしょうか。

 もう少し時間があれば書き切れたのですが…」


ケントが珍しく、若干悔しそうな表情を見せる。


「意外ね。あなたなら余裕で終わりそうなものだけど。

 何が書き切れなかったの?」


「余白に学力診断方法の改善案を記入していたのですが、筆記テストと口頭試問の比較の説明が途中になってしまいまして…」


「あなたテスト中に何してんのよ」



ファムは呆れた。




————————————————



セレサ、ファムとの思いがけない邂逅もあり、昼食の時間はあっという間に過ぎ去った。


食堂から出て行く人の流れに逆らわず進んでいくと、先日入学手続きを行った広いホールに到着した。


しばらくその場で待機していると、一人の体格の良い壮年男性が前に立ち、声を張り上げる。


「これより、魔法のテストを行う!俺は、試験官のベムだ!

全員、良く聞け!」


(あの男…まあ、今は話を聞きましょうか。)


ケントは何かに気づいたが、テストの説明を優先させる事にした。


「今から順番にお前達の名前を呼ぶ!

次々と呼んでいくから、呼ばれた者は速やかにそこにある扉から試験会場へと移動する事!

試験の詳細は扉の向こうで説明する!

以上だ!」


(なるほど、一定の秘匿性は守られる訳ですか。それに受験生同士で相談もできない。問題は扉の向こうがどんな場所なのか、ですね。)


ケントが思案している間にも最初の受験生が呼ばれ、その後も次々と名前を呼ばれた受験生が扉の向こうに消えて行く。



ファムやセレサは先に呼ばれた。


しかしケントはなかなか呼ばれない。


かなりの時間が流れ、とうとう500人近くいた受験生が全員扉の向こうに消えたが、なんとケントは最後まで残されてしまった。


「これは手続きの順番かと思っていたのですが、何を基準にして順番を決めたのですか?」


最後まで名前を呼ばれなかったケントが試験官に声を掛けた。


「ハッハ!の魔法を見破るような子にテストなんかいらんじゃろ。」


試験官はそう答え、その場でくるっと回った。


試験官がケントの方に向き直ると、そこにいたのは白髪の老人であった。

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