入学編
第10話 手のひら返し
月日は流れ、ケントもジョンとメグに続き学校に出立する日が訪れた。
「ダディ、マム、行って参ります。」
「「行ってらっしゃい」」
「寂しくなるわね…」
「まあ、もうすぐそうも言っていられなくなるさ。」
ドリスはそう言って、大きくなったマリーナのお腹を撫でた。
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波乱もなく家を出立したケントだが、家から見えなくなった辺りで道を逸れ、淡々と林の中に入っていった。
(いつも空から見ていた街に、ようやく行ける日が来ましたか。
さて、そろそろこの辺りで良いでしょう。)
ケントはフワッと宙に浮き、そのまま空高く舞い上がった。
「それでは向かいましょうか。」
周囲には誰もいないこともあってか珍しく独り言を呟いたケントは、街のある方角へと飛行していった。
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魔法で障壁を張りながらの飛行でもなお身体が冷え始めた頃、ようやく目的の街が見えてきた。
(これがこの国の商業中心地、ヤネンですか。想像していたよりずっと栄えているようですね。)
空からの侵入は悪目立ちしてしまうと考え近くの林に降り立ったケントは、街の分析を始めていた。
(街の入口には検問、これは当然ですね。しかし堀や柵が見当たらないという事は、治安はかなり良いと見て間違いないでしょう。
それに人通りが多い。空から見た印象通り、一定以上には栄えているのでしょうね。)
外から見える範囲での分析を終えたケントは、検問の列に並んで順番を待った。
(しかし時間が掛かっていますね。顧客視点で考えれば、これだけ待たされてしまうと…)
「まだ待たせるの!?
私を誰だと思ってるの!!」
ケントのすぐ後ろに並んでいた女の子が、列から飛び出し叫んだ。
しかし検問係は慣れた事なのか、聞こえないフリをして作業を継続する。
「ちょっと!聞いてるの!?」
(はあ、どこにでもこの手合いはいますね。確かに時間が掛かり過ぎているのは確かですが…ここは係の人がどう対応するかによりますね。)
「はいはい、嬢ちゃん順番だから待っててね。」
検問係は子供のわがままだと相手にしない。
女の子はその言葉に怒り心頭でもう一度叫ぶ。
「私はセアナ領主の娘、ファムよ!良いから早く通しなさい!!」
その言葉に驚いた検問係の男は、ファムの胸元に光るバッジを見て青褪めた。
「失礼しました!すぐに手続きを行いますので、こちらへどうぞ!!」
「あの。」
ケントが急な手のひら返しを見せた係員に声を掛けた。
係員はケントを一瞥して今度はバッジをつけていない事を確認し、手を払う。
「なんだ!こっちは今忙しいんだ!」
「最初にあなたが仰った通り、順番は守らせるべきだと思いますが。」
ケントは係員の目をじっと見て話す。
「なによ!あんたアタシに文句があるの!?」
ファムがケントに矛先を向けるが、ケントは動じない。
係員の男に向かったまま続けた。
「あなたが今すべき事は権力者を優遇することではなく、作業の効率を上げて列を成して待っている人々を早く通すことでは?
お見受けしたところ、奥にいる係員の方ばかり忙しそうにされており、あなたは簡単なチェックをしているだけのようですが。」
「それはそうだろ!俺がここの長で、アイツは新米だ!アイツに負担がいくのは当たり前だろ!!」
長だと名乗る男が威圧的に叫ぶが、ケントは平気な顔だ。
「それは当たり前ではありません。負担を等分し分担をする事でしか、効率を上げる事はできません。」
「なんだと!?」
いよいよ係員の怒りが頂点に達したのだろう。
係員がケントに手をあげようとするが、元々ファムのさらに後ろに並んでいた背の高いスラっとした男性が先に割り込んだ。
「はい、そこまで。」
「なんだお前!邪魔立てするなら…!?
い、いや、貴方様は!?」
「こんな小さな男の子に正論を突きつけられて手をあげようとするなんて、悲しくなるね。」
「も、申し訳ございませんでした!!!」
係員の長は突然滝のような汗を流したかと思うと、行列に並ぶ多くの人の目の前で綺麗な土下座を披露するのであった。
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